『シルバーウィーク横浜オフ』/その5

アキラ氏と伊蔵は横浜横濱中華街の『南門シルクロード』の通りにある超中華的派手さの八角形の寺院建築物『横濱媽祖廟(よこはままそびょう)』へ。

中国での護国救民の女神“媽祖(まそ/北宋時代の福健省の実在の人物)”を祀る寺院である。元々この中華街にあった『関帝廟』の建築もド派手だが、派手さならこちらの『媽祖廟』も同じくらい派手である。日本の寺社建築はその材料である木の地肌を見せつつ全体の建築美を強調するものが多いのに対して、中国の建築物は材を派手な色彩で塗り固めてしまう感じのものが多い。

『横濱媽祖廟』については以前にもこの『伊蔵通信』にてレポした事があるので紹介はこの辺で終わりとします。以前のレポが読みたい方は以下のリンクからどうぞ。
◆伊蔵通信/横浜散策編/その1・フカヒレラーメンを求めて
http:///moriizou.blog39.fc2.com/blog-entry-331.html
アキラ氏と伊蔵は『南門シルクロード』から『天聴門』をくぐり『関帝廟通り』へ入った。この通りもいつもながら混雑している。以前、takeさんから紹介された激安フカヒレラーメンを食べさせてくれる『まるた小屋』という小さなお店もこの通り沿いにある。ちなみにアキラ氏へ紹介ついでに『まるた小屋』の店頭に行ってみたが11時30分開店前なのにすでに人が群がっていた(笑)小さい店だが繁盛しているようだ。

『関帝廟通り』をまっすぐ西へ向かうと程なく右手に先程の『媽祖廟』に劣らず派手な『関帝廟』が見えて来る。

今日はどうもお祭りらしく『関帝廟』のすぐ隣にある『横濱中華學院』入口付近では学生らしき子供達が打ち鳴らす激しい銅鑼と太鼓の音が鳴り響き、その音に合わせる様にこれまた派手な“中華的獅子舞”がクネクネと猛り狂っていた(笑)『関帝廟』へ行く前にそのお祭り会場になっている『横濱中華學院』のグラウンド内に行ってみる事にした。

『横濱中華學院』は日本で初の中華学校で清朝末期の革命家で辛亥革命を起こして中華民国を建国した『孫文(そんぶん)』によって横浜市に設立された学校である。
日中戦争後には中国共産党を率いる毛沢東と国民党軍率いる蒋介石との対立によって中国本土に中華人民共和国が建国され、一方の国民党軍は台湾島に国民党政府を建て中華民国という国を樹立するとこの学校も中華人民共和国指示派と中華民国指示派二つに分かれ、中華人民共和国指示派は結局新しく学校を他に作ってしまった。現在この『横濱中華學院』は中華民国指示派の学校になっている。実際にお祭りのこの日、學院の校舎の壁には巨大な中華民国の国旗『青天白日満地紅旗』が掲げられていた。

學院のグラウンド内には露店も出ていて様々な台湾グッズや中華系の食べ物等を販売していた。そんな中を先程の中華的獅子舞がクネクネと子供達の頭を噛みながら練り歩いて行くのであった。

日本の素朴で質素な獅子舞とは違ってこの中華的獅子舞は見た目がもはや獅子というよりも別の惑星からやって来た宇宙怪獣という容貌に近く、学生達が打ち鳴らす太鼓や銅鑼に合わせて目蓋をパチパチと見開きつつクネクネと迫って来るとこの中華的獅子舞の異様な姿を見慣れていない日本の子供達の何人かは泣き叫んでしまうという事態に陥っていた(笑)

しかしこの中華的獅子舞。二人一組で練り歩いているのだが頭部分を操作する人はともかく、後ろの尾部担当の人の体勢はかなりツライのではないか・・・と思ったりした(笑)
そんな祭りの様子を見物しながら歩いているとアキラ氏が“中華なおばさん”と何か話しているではないか。何かを薦められているらしい。しばらくするとアキラ氏が紙コップをおばさんから渡され伊蔵の方へやって来た。その紙コップは何だね??という風に覗き込むと、

中身はちょっと辛そうな水餃子であった。水餃子を入れる器として紙コップは果たしてどうなのか?とツッコミを入れたくなったがアキラ氏はその水餃子の味に満足していた様だった。

『関帝廟』の階段を上がって行くと境内には三国志で有名な『蜀』の国の『劉備』『関羽』『張飛』らの三体の人形が龍を象った船の上に置かれていた。ちなみに『関帝廟』に祀られているのはこの内の『関羽』である。その時本堂に向かう階段の上で伊蔵の携帯メールに着信が不意にあった。メール送信して来たのはtakeさんであった。その内容は・・・
『箱根でこけた、、、今、病院。』(午前11時15分メール履歴)
アキラ氏と伊蔵が青ざめたのは言うまでもない。<つづく>
『シルバーウィーク横浜オフ』/その4

引き続き横浜見物を続けていたアキラ氏と伊蔵だったが、一方東海道をひたすら横浜に向かって東進中のtakeさんは一体今頃どの辺りを走っているのであろうか?。フト我に返った伊蔵は携帯メールを確認してみた。はたしてtakeさんから一通のメールが届いていた。
『今、沼津。』(午前9時26分メール履歴)
おお!順調に早朝連絡のあった静岡県掛川市内の道の駅から島田、藤枝、焼津、静岡、清水、由比、富士と順調に東西に長い静岡県内を東に進んでいるらしい。沼津市を抜ければすぐに三島市。箱根の山を越えればいよいよ神奈川県、関東圏に突入という事になる。このままの調子で進めばほぼ出発前にtakeさんが予測していた通りの時間で横浜に到着しそうだ。

気になるのは三島市を抜けてからの東海道国道1号最大の難所といわれる天下の嶮『箱根峠(標高846m)』越えだ。この峠を越えるには少々非力な感のあるtakeさんのスーパーカブ。だが無事に越えて欲しいものだ。takeさんは東海道にある箱根峠に次ぐ難所である『鈴鹿峠(標高357m)』をすでに何度も大阪に行く度に越えている実績がある。鈴鹿峠の二倍以上の標高がある箱根峠であっても越えれぬはずはない。
かくいう伊蔵も四半世紀弱前(ハイスクール時代・・かなり前だな・笑)にこの『箱根峠』を三島側から小田原側へ友人二人とともに自転車で越えた経験がある。三島市から峠までは約20kmずっと急な上り坂で自転車に乗ったり降りては歩いたりしながらの苦しい峠越えであった。しまいには脚の脹ら脛が痙攣する始末。結局三島市街から箱根峠頂上まで約3時間半も掛かってしまった。それほどに急峻な峠道なのである。社会人になってからは逆コースで箱根側から三島へバイクで走った事もあった。
とにかくtakeさんのメールを見る限りでは大丈夫そうなのでアキラ氏と伊蔵は横浜見物を安心して続行する事にした。『赤レンガパーク』を一通り見て回った後、海沿いの『山下臨海線プロムナード』という歩行者専用道を歩き『山下公園』へ。山下公園では日向ぼっこする人、観光客、犬の散歩をする人、大道芸の準備をする人らで賑わっていた。

以前にも撮影した『赤い靴はいてた女の子像』。あまりにも有名な童謡をテーマにした像なのにこれがが山下公園に立っていると知る人は案外少ないのかこの日は記念撮影する人は皆無であった。

横浜港に係留され遺されている昔の客船『氷川丸』。その船体と錨を繋ぐ鎖の上には同じ方向に向いて羽根を休めるカモメが群れていた。

一羽くらい反対方向を向いているひねくれたカモメはいないものかと探してみたがいなかった。みんながみんな行儀が良いカモメどもなのであった(笑)。氷川丸の船尾前を通り過ぎ、アキラ氏と伊蔵は山下公園から公園通りの大きな道路を越えて『横濱中華街』方面へと足を延ばす事にした。

予想通りシルバーウィークという秋の大型連休という事で中華街入口にあたる『中華街東門(朝暘門)』付近の交差点は人また人で溢れ返っていた。東門通りをそのまま進むと三叉路にぶつかる。右手が『開港通り』中央が『中華街大通り』、左手が『南門シルクロード』という通りになっている。

やはり圧倒的に人で混雑しているのは『中華街大通り』。この通り沿いには“シウマイ”の『崎陽軒』や聘珍樓横濱本店、萬珍樓、大珍樓などの大きな中華料理店が多く軒を連ねている。観光客相手に店員が甘栗や肉鰻などを売りに勧めて来る姿を多く見かける。

一方『南門シルクロード』には中華料理店も多いがアジアン雑貨、中華系雑貨のお店も多い。でもやはりこの通りで人気なのは『招福門』の“飲茶食べ放題”で今日も長い行列がお店の前に出来ていた。沢山の出来たてアツアツの点心メニューを時間無制限で好きなだけいくらでも食べる事が出来る(大人2,625円/2名様から)とあって今日も『招福門』は満員御礼状態だ。横濱中華街の通りを人の波に圧倒されつつも見物するアキラ氏と伊蔵であった。<つづく>
『シルバーウィーク横浜オフ』/その3

アキラ氏と伊蔵の横浜巡りは続く。JR桜木町駅まで足をのばし今夜のオフ会仲間との集合場所となっている駅構内の本屋さんを下見しアキラ氏に『いつもここで集合するのだよ。』とガイド(笑)。その後の散策コースは毎回横浜に来ていると大体決まって来てしまう。

まず桜木町駅からすぐの“動く歩道”を使って『ランドマークタワー』の方面へ向かう。右手にすぐ白い帆船『日本丸』が見えて来る。まず先に『ドックヤードガーデン』を見てから日本丸のすぐ脇を通って海の真ん中の遊歩道『汽車道』を歩いて行く。この『汽車道』をどんどん歩いて行くと港町横浜の代名詞となっている『赤レンガパーク』。そんな順番で見て廻っていく。『赤レンガ倉庫』は横浜に来るに先立ちアキラ氏から是非立ち寄って見てみたいとの要望があったのだ。この日は横浜開港150年記念『開国博』の期間中で赤レンガパークの一画にはイベント会場が設けられかなりの数の人で賑わっていた。

むむ!そのイベント会場の一画に妙な生物が!?。おお!これはいつか雑誌で見かけた巨大クモ型ロボットではないか。イベント会場に入らなくても外から十分見れるぞ(笑)アキラ氏と伊蔵はこの巨大メカが見えやすい場所へそそくさと移動してみた。

このビックリドッキリメカを造ったのはフランスのナント市に拠点に活動を続ける『ラ・マシン』というスペクタクルアート劇団である。造り上げた数々の巨大メカを使って各地でアトラクションの演出を手掛けているという。ちなみにこの巨大なクモ型のメカには『レ・メカニック・サヴァント(博識な機械)』という名が付けられている。

動力はディーゼルエンジンで全高12m、重量37t。このメカ1体をなんと14名で操作するのだという。8本ある脚は油圧で動き、まるで骨のような形状をしている。よくみるとその8本の脚で自立している訳ではなく小型のクレーンののようなものによって胴体を支えられているようだった。かなり騒々しい音を発てながらクモ型メカは動いていた。

そしてアキラ氏が行きたいと望んでいた『赤レンガパーク』へ。赤レンガ倉庫周辺はまだ朝早い時間とあって人もまばらで露店も少なく倉庫内の店もオープン前だった。桜木町からここまで歩いて来たが今日は何だか暑い・・。もっと涼しいと思っていたのだが甘かったようだ。左右二棟の赤レンガ倉庫の真ん中の広場を歩いて横浜港を一望出来る海のそばまで行くと“大桟橋”に巨船が碇泊しているのが見えた。

外航クルーズ客船『飛鳥II』であった。いつもなら大桟橋の巨大な突堤が見えるはずのその場所は『飛鳥II』のその巨体でほぼ隠れてしまっていた。それほどに大きな客船だ。全長240.8m、全幅29.6m、総トン数は50,000トンを越える巨船である。これほどの大きさの船になると丸ごとマンションか小さな街がひとつ海に浮かんでいる様なもの。そんな優雅な豪華客船を見ながらも伊蔵はすぐ近くにある海上保安庁の施設(横浜海上防災基地)に保管され無料で見学出来る北朝鮮の『工作船』をアキラ氏に見せてやりたくなり、工作船展示館へと向かった。伊蔵はこの工作船を見るのは二度目である。

しかし朝早かった為か工作船展示館は開館前のようだった。が!伊蔵が入口付近まで歩いて行くと係員のおじさんがいままさに入口の扉を開けるところであった。計らずも北朝鮮工作船見学本日一番槍となってしまった伊蔵であった(笑)<つづく>
◆伊蔵通信/前回『工作船展示館』を訪れた際のレポ
http://moriizou.blog39.fc2.com/blog-entry-345.html
『シルバーウィーク横浜オフ』/その2

無事に22日の朝に横浜に到着したアキラ氏と伊蔵。宿に荷物を預かって貰い早速横浜見物に出掛けた。これまでに伊蔵は何度か横浜を訪れているのでアキラ氏の為にガイド役をする事に。まずは今夜の宿のすぐ近くにある“野毛商店街”へ。

その昔、アゴヒゲアザラシの“タマちゃん”も出没したという大岡川の淀んだ黒い流れに程近いこの野毛商店街付近はその数300店を下らないという飲食店が軒を連ね、サラリーマンや酒飲みオヤジ達の一種のパラダイスの様になっている。平日の夜ともなれば会社帰りのサラリーマンや学生などで大変賑わう結構名高く、歴史も古い繁華街である。
“千円札一枚あればベロベロに酔える”ことから『センベロ』このような飲食店街が集まっている地区を『センベロエリア』と最近は呼ぶらしい。伊蔵も横浜に来る度に好きでこの野毛の繁華街を一通り歩いてしまう。必然的に気になっている店がいくつかあり、是非店に入ってみては何軒もハシゴなどしてみたいと思うのだが横浜に訪れる機会が休日ばかりな為、閉まっている場合が多いのが残念なところ。

過去の横浜OFFのレポでも何度も紹介している野毛の繁華街の中でも一際異彩を放っている店構えの『ラーメン三陽』さんにもいまだに入店出来ていない(ここは大概店は開いているが人気店の為にいつも席は満席になっている)。三陽さんの隣のこれまた狭そうでかなりくたびれた雰囲気をかもしだす焼鳥屋『若竹』さんがある。ここにも是非入ってみたいと思うのだ。

ちなみにこの『若竹』さんにはあのなぎら健壱さんも横浜に訪れた際にはよく足を運ぶらしい。下町の飲み屋で飲んでる姿がしっくりくるなぎらさんに似合い過ぎな店だ。きっと『チンカチンカの冷やっこいルービー頼むよ☆』(カチンカチンに冷えたビールの意)とお店の御主人に注文している声が聞こえて来そうだ(笑)。(しかしなぎら健壱さん本人いわく、こう言って注文した事は一度も無いとのこと。)。
はっきりした場所は分らないが『あしたのジョー2』の第26話『チャンピオン…そして、敗者の栄光』で登場したキャラクター全日本ライト級チャンプの経歴を持つ“村上輝明”がメキシコに武者修行しに出掛け、路地裏で開かれていたストリートファイトで当時は無名のボクサーであった若き“ホセ・メンドーサ”に1Rで敗れてボクサーを続ける自信をなくし引退、その後しばらくは何も手が付かなかった彼が、自分に懐いた野良犬に自分が敗れた相手“ホセ”と名付け、一緒にほそぼそと屋台の焼鳥屋を始めたのがこの横浜という設定だった。
ホセ・メンドーサとのバンタム級世界戦を間近に控えていた矢吹丈を『ホセと戦ったことのある日本人ボクサーが横浜にいる。』と情報屋の須賀に連れられて村上の営む屋台の焼鳥屋へ丈は顔を出しに行ったのであった。たしか川沿いに掛かる鉄道橋のガード下の様な場所に彼の焼鳥屋台がある設定だったのでひょっとしたらこの野毛の辺りなのかもしれない・・・。
『ホセとの世界戦、楽しみにしてますよ矢吹さん!』
と言いつつ、よ〜し!今日は特別だ!と自分の屋台の日本酒をコップに注ぎぐいっとあおる元・全日本ライト級チャンプ村上輝明。落ちぶれながらもほそぼそと日々の商売に頑張る元プロボクサーのどこか悲しみが滲み出るその姿が何だかこの野毛の街と妙にマッチするのは気のせいか・・・。<つづく>
『シルバーウィーク横浜オフ』/その1
信州の旅の途中でありますが挟ませて頂きます。

朝マックである。しかも早朝マックだ。伊蔵が朝飯を食べるというのは珍しい事だがそれにもまして朝マックを食べるというのもこれまた大変珍しい事である。さて伊蔵はこの朝マックをどこで食べているかというと・・・。実は静岡県御殿場市の東名高速道路上り線『足柄サービスエリア』内に入っているマクドナルドなのであった。

今回の旅のお供もこのブログではお馴染みとなった伊蔵の友人アキラ氏。なぜ我々は今しかも早朝に御殿場市内にいるのか?。今年にわかに発生した秋の大型連休を利用してネット上の『BARギコONLINE』で知り合った仲間達と再び横浜でOFF会を開く事になった為、我々は横浜へ向かう途上なのであった。アキラ氏は名古屋OFFにはたびたび参加していたが関東でのOFF会にはこれまで参加していなかったので今回同行して貰う事になったのだ。

横浜でのOFF会はシルバーウィーク中の9月22日の晩に開催される事に決まっていた為、我々は高速道路の渋滞を避ける為に前日の晩に東海地方を出発し、真夜中の午前1時30分頃にこの御殿場市内の『足柄サービスエリア』に到着したのだった。

この『足柄サービスエリア』には高速道路のサービスエリアとしては珍しい宿泊施設(レストイン足柄)と“足柄金時湯”という風呂、仮眠室が設けられている。その風呂と仮眠室を利用して就寝、早朝5時半に起床、早朝マックとなった訳であった。
今回の横浜OFFの開催決定はにわかに決まった。
友人のtakeさんが関東で開催されるOFF会に自分の駆るバイク、スーパーカブ90カスタムで東海道を走って伺いたいという積年の想いを果たすべくメンバーの召集を行ない、今回のOFF会が決定されたのであった。takeさんはOFF会当日までに様々な準備をしていたが一週間程前に身体に変調が現れた。右足親指関節部に激痛が発生したのである。そこで病院に行って診察を受けた結果、彼は“痛風”になっていた事が判明。OFF会への参加が危ぶまれたが痛み止めの薬を処方し当日までに彼は復活した。
足の痛みは取れたもののバイクでの参加がどうしても心配だったアキラ氏と伊蔵はクルマで一緒に行かないかとtakeさんに申し入れたが彼の東海道をバイクで走り横浜入りしたいという想いはことのほか強く、横浜行きは我々とは別行動となった。22日当日早朝に名古屋を出発しているであろうtakeさんは今頃は東海道のどの辺りを走っているのだろうか・・・

朝マックを食べ終えたアキラ氏と伊蔵は駐車場に停めてあるアキラ氏の愛車通称『ホワイトベース』へと歩を進めていた。と、その時takeさんから通信が入ったのだった。彼の声は初めての東海道ツーリングに興奮していた感じであった。
『今、静岡県の掛川市内の道の駅で休憩中だて』
との報告であった。えりゃ〜ハイペースではないか?と伊蔵が問い返すと彼は前日初めての旅へ出発する興奮からあまり寝られず名古屋を予定より早めの午前2時半頃に出発したらしいのだ。その後順調に名古屋市内から豊明、知立、安城、岡崎、豊橋、浜松、磐田、袋井を東海道を走り掛川市内に入ったという。安全運転で走り無事に横浜市内で再会しよう!と会話を交わして電話を切ったのだった。

午前6時50分アキラ氏と伊蔵は『足柄サービスエリア』を出発した。ここから順調に走る事が出来れば1時間半〜2時間程で横浜の桜木町まで辿り着けるであろう。とにかく東名高速の『横浜町田インター』を目指して早朝の高速道路を走る。
前日の晩は足柄サービスエリアから先の『大井松田インター』から厚木、横浜までの区間は断続的な渋滞の情報が電光掲示板で記されていたが早朝には渋滞は解消されていたようで快調に進む事が出来た。箱根の外輪山をグルリと迂回する形で東名高速を走り神奈川県へと入る。長く続く坂道を下り大井松田インター、厚木インターを通過大きな海老名サービスエリアを横目に見ながら進むと目指す『横浜町田インター』が見えて来た。
インターを降り、関東平野を環状する国道16号の一部である『保土ヶ谷バイパス』に入り横浜市街方面へ。この道はかなり広くて大きく高速道路のようなバイパスだった。やがてこの先で横浜新道という有料道路と交差するという地点に来てどこからこのバイパスを降りてよいのか分からず道に迷ってしまった。明らかに勉強不足・・・。取りあえず一番最寄のインターでバイパスを降りる事に。
ここでアキラ氏のホワイトベースに搭載されてあるナビが役に立った。そのナビが示す通りの道を辿って桜木町に向かう事にした。この辺りは保土ヶ谷区(ほどがやく)と呼ばれる町だが山手を無理矢理に開発して町が出来ている様な感じで狭い路地や坂道、山の斜面にもびっしりと隙間なく住宅やマンションが建っているという一種異様な景観をかもし出していた。
アキラ氏のクルマのすぐ前をノロノロ走る市バスに閉口しながら保土ヶ谷区内を走ると急に景色が開けてJR東海道線と平行して走る道に出た。国道1号に合流したのだ。国道1号をJR保土ヶ谷駅の手前、保土ヶ谷橋交差点で右折し国道1号からはずれしばらく鎌倉街道沿いを走り、京浜急行『井戸ヶ谷駅』のガード下をくぐった先の井戸ヶ谷交差点を左折した。このまま真っ直ぐ進めばJR桜木町駅であった。今回は迷ってしまったが、迷った道は旅から帰ってから一度地図を見て辿り直してみるという癖が伊蔵にはある。次回からは迷わないであろう。
今回横浜で予約した宿はもはや横浜での伊蔵の常宿となっている『ホテル東海』さん。見た目は古いホテルなのだが部屋がシングルでも広い事とオーナーのご夫婦の心使いの良さ、どこへ出掛けるにもアクセスが良く便利な立地が気にいっていてこれまでに三度程利用させてもらっている。JR桜木町駅に程近い『ホテル東海』さんへ我々は午前8時15分に到着。フロントに顔を出して駐車場の手配と荷物を預かって頂く事にした。駐車場はホテル提携のパーキングへ入れる事になった。

なんとか予定通りに無事に横浜へ辿り着いた我々であった。
takeさんは今頃どの辺りを走っているであろう・・。<つづく>

◆ハイウェイホテル レストイン足柄
・住所/静岡県御殿場市深沢1801
東名高速道路足柄サービスエリア(上り線)
・ホームページ
http://www.c-exis.co.jp/hotel/index.html

◆ホテル東海
・住所/神奈川県横浜市中区宮川町3-65
・電話番号/045-242-3557
・ホームページ
http://www.hotel-tokai.co.jp/

朝マックである。しかも早朝マックだ。伊蔵が朝飯を食べるというのは珍しい事だがそれにもまして朝マックを食べるというのもこれまた大変珍しい事である。さて伊蔵はこの朝マックをどこで食べているかというと・・・。実は静岡県御殿場市の東名高速道路上り線『足柄サービスエリア』内に入っているマクドナルドなのであった。

今回の旅のお供もこのブログではお馴染みとなった伊蔵の友人アキラ氏。なぜ我々は今しかも早朝に御殿場市内にいるのか?。今年にわかに発生した秋の大型連休を利用してネット上の『BARギコONLINE』で知り合った仲間達と再び横浜でOFF会を開く事になった為、我々は横浜へ向かう途上なのであった。アキラ氏は名古屋OFFにはたびたび参加していたが関東でのOFF会にはこれまで参加していなかったので今回同行して貰う事になったのだ。

横浜でのOFF会はシルバーウィーク中の9月22日の晩に開催される事に決まっていた為、我々は高速道路の渋滞を避ける為に前日の晩に東海地方を出発し、真夜中の午前1時30分頃にこの御殿場市内の『足柄サービスエリア』に到着したのだった。

この『足柄サービスエリア』には高速道路のサービスエリアとしては珍しい宿泊施設(レストイン足柄)と“足柄金時湯”という風呂、仮眠室が設けられている。その風呂と仮眠室を利用して就寝、早朝5時半に起床、早朝マックとなった訳であった。
今回の横浜OFFの開催決定はにわかに決まった。
友人のtakeさんが関東で開催されるOFF会に自分の駆るバイク、スーパーカブ90カスタムで東海道を走って伺いたいという積年の想いを果たすべくメンバーの召集を行ない、今回のOFF会が決定されたのであった。takeさんはOFF会当日までに様々な準備をしていたが一週間程前に身体に変調が現れた。右足親指関節部に激痛が発生したのである。そこで病院に行って診察を受けた結果、彼は“痛風”になっていた事が判明。OFF会への参加が危ぶまれたが痛み止めの薬を処方し当日までに彼は復活した。
足の痛みは取れたもののバイクでの参加がどうしても心配だったアキラ氏と伊蔵はクルマで一緒に行かないかとtakeさんに申し入れたが彼の東海道をバイクで走り横浜入りしたいという想いはことのほか強く、横浜行きは我々とは別行動となった。22日当日早朝に名古屋を出発しているであろうtakeさんは今頃は東海道のどの辺りを走っているのだろうか・・・

朝マックを食べ終えたアキラ氏と伊蔵は駐車場に停めてあるアキラ氏の愛車通称『ホワイトベース』へと歩を進めていた。と、その時takeさんから通信が入ったのだった。彼の声は初めての東海道ツーリングに興奮していた感じであった。
『今、静岡県の掛川市内の道の駅で休憩中だて』
との報告であった。えりゃ〜ハイペースではないか?と伊蔵が問い返すと彼は前日初めての旅へ出発する興奮からあまり寝られず名古屋を予定より早めの午前2時半頃に出発したらしいのだ。その後順調に名古屋市内から豊明、知立、安城、岡崎、豊橋、浜松、磐田、袋井を東海道を走り掛川市内に入ったという。安全運転で走り無事に横浜市内で再会しよう!と会話を交わして電話を切ったのだった。

午前6時50分アキラ氏と伊蔵は『足柄サービスエリア』を出発した。ここから順調に走る事が出来れば1時間半〜2時間程で横浜の桜木町まで辿り着けるであろう。とにかく東名高速の『横浜町田インター』を目指して早朝の高速道路を走る。
前日の晩は足柄サービスエリアから先の『大井松田インター』から厚木、横浜までの区間は断続的な渋滞の情報が電光掲示板で記されていたが早朝には渋滞は解消されていたようで快調に進む事が出来た。箱根の外輪山をグルリと迂回する形で東名高速を走り神奈川県へと入る。長く続く坂道を下り大井松田インター、厚木インターを通過大きな海老名サービスエリアを横目に見ながら進むと目指す『横浜町田インター』が見えて来た。
インターを降り、関東平野を環状する国道16号の一部である『保土ヶ谷バイパス』に入り横浜市街方面へ。この道はかなり広くて大きく高速道路のようなバイパスだった。やがてこの先で横浜新道という有料道路と交差するという地点に来てどこからこのバイパスを降りてよいのか分からず道に迷ってしまった。明らかに勉強不足・・・。取りあえず一番最寄のインターでバイパスを降りる事に。
ここでアキラ氏のホワイトベースに搭載されてあるナビが役に立った。そのナビが示す通りの道を辿って桜木町に向かう事にした。この辺りは保土ヶ谷区(ほどがやく)と呼ばれる町だが山手を無理矢理に開発して町が出来ている様な感じで狭い路地や坂道、山の斜面にもびっしりと隙間なく住宅やマンションが建っているという一種異様な景観をかもし出していた。
アキラ氏のクルマのすぐ前をノロノロ走る市バスに閉口しながら保土ヶ谷区内を走ると急に景色が開けてJR東海道線と平行して走る道に出た。国道1号に合流したのだ。国道1号をJR保土ヶ谷駅の手前、保土ヶ谷橋交差点で右折し国道1号からはずれしばらく鎌倉街道沿いを走り、京浜急行『井戸ヶ谷駅』のガード下をくぐった先の井戸ヶ谷交差点を左折した。このまま真っ直ぐ進めばJR桜木町駅であった。今回は迷ってしまったが、迷った道は旅から帰ってから一度地図を見て辿り直してみるという癖が伊蔵にはある。次回からは迷わないであろう。
今回横浜で予約した宿はもはや横浜での伊蔵の常宿となっている『ホテル東海』さん。見た目は古いホテルなのだが部屋がシングルでも広い事とオーナーのご夫婦の心使いの良さ、どこへ出掛けるにもアクセスが良く便利な立地が気にいっていてこれまでに三度程利用させてもらっている。JR桜木町駅に程近い『ホテル東海』さんへ我々は午前8時15分に到着。フロントに顔を出して駐車場の手配と荷物を預かって頂く事にした。駐車場はホテル提携のパーキングへ入れる事になった。

なんとか予定通りに無事に横浜へ辿り着いた我々であった。
takeさんは今頃どの辺りを走っているであろう・・。<つづく>

◆ハイウェイホテル レストイン足柄
・住所/静岡県御殿場市深沢1801
東名高速道路足柄サービスエリア(上り線)
・ホームページ
http://www.c-exis.co.jp/hotel/index.html

◆ホテル東海
・住所/神奈川県横浜市中区宮川町3-65
・電話番号/045-242-3557
・ホームページ
http://www.hotel-tokai.co.jp/




