今回で横浜OFFの報告も最終回。もうしばらくお付き合い下さいm(_ _)m
横浜市営地下鉄で横浜駅へと向かった草加君と伊蔵、果たしてもうひとりのメンバー『珍念さん』と相見える事は出来るのであろうか・・。横浜駅近辺というのは桜木町駅の辺りとは違って観光出来る場所が無く、駅に着いても何処へ行こうという目的も無かった。結局、横浜高島屋の地下にある『地下街』の喫茶店に入る事に。
二人とも結構疲れていたのだ(笑)
何度か草加君の携帯には『珍念さん』からの連絡は入っているようだが、どうも京都を出る時間が遅くなったらしく御対面出来る見通しが怪しくなって来ているようであった。喫茶店で草加君と伊蔵は昨夜のOFF会の思い出等、談笑しながらゆっくりと休憩していた。
ところで『鎖骨さん』はあれから無事に家に帰宅出来たのであろうか・・・。
彼女にメールを送ってみると無事に帰宅出来たとの返事が返ってきた。う〜んちょっと心配だっただけに伊蔵と草加君はひと安心した。結局この喫茶店で昼頃まで過ごしてしまった。その後喫茶店を出た我々は横浜駅西口側にあたる地上に出て見る事に。
丁度『ヨドバシカメラマルチメディア横浜』の建物が見えたので入って見た。少し前に伊蔵は秋葉原のヨドバシカメラに出掛けたのだが、そこと同じ位に活気があり、賑わっていた。
デジタルカメラ、携帯電話、パソコン等のコーナーを一通り見て回って外に出た。

『ヨドバシカメラマルチメディア横浜』の入口近くの交差点の休憩ベンチで足を休めた。残念ながら『珍念さん』との対面は絶望的となってしまった・・。時間は午後1時を回っていた為、今後の予定を草加君と話し合った。草加君は今夜11時半に新宿発の高速バスに乗って名古屋に帰るので、都心方面へと向かうとの事であった。一方伊蔵は夕方までに名古屋に帰りたかったので草加君とは、ここ横浜で別れる事に。
先程の『地下街』に戻り、草加君はJR線方面、伊蔵は市営地下鉄方面へ通路が枝分かれする付近で別れる事となった。こんな場所で同じ出身地同士が別れるのも何だか不思議な感じがしたが(笑)今夜またネット上のBarで会う事を約束した。
伊蔵は市営地下鉄で新幹線駅のある『新横浜』へと向かったのだが、折角なので新横浜にある『新横浜ラーメン博物館』へ立ち寄ってみる事にした。新横浜駅からラーメン博物館までは徒歩で行ってもそんなに時間がかからないはずであったが、伊蔵は道を間違えてしまい『横浜アリーナ』方面へ迷い込んでしまった(笑)ガイドブックを確認しておくべきだった。

『新横浜ラーメン博物館』は1994年にオープンした。各地の有名店を厳選して展示・販売するというフードテーマパークの元祖的存在である。入場料300円を支払い、伊蔵は中へと入った。ラーメン博物館は大きく三つのゾーンに分かれており、入口を入ってすぐの1階フロアは『プロローグゾーン』と呼ばれている。

このゾーンでは毎回イベント内容が変わる展示スペースとラーメングッズ(お土産・ドンブリ・レンゲなど沢山販売)等を販売しているスペースとなっている。この日の展示は『北海道・旭川ラーメン』についてのイベントが開かれていた。


ここではラーメンに関する基本的な知識や各地の有名ラーメンに関する紹介が分かりやすく展示されており見ていると非常に面白い。『ラーメン』は誰でも気軽に食せる庶民的食べ物の代表だが、ラーメンを作る職人や原材料を選ぶ厳しさ、味へのこだわりと飽くなき探究心等はとても奥が深く、食べる事だけが楽しみの伊蔵や多くの普通の人々にとってはなかなか足を踏み込んで行く事の出来ない領域である。『ラーメン』は中国から日本へ伝わった事に間違いは無いところだが、本場の中国ですらこの日本独特のラーメンのバリエーションの多さは無い事は誰もが認める事であろう。


このバリエーションの多さはなぜなのだろうか。
ひとつには日本にはラーメンを作る上での素材に『美味しいモノが多い』ということがあるのだろう。日本列島北から南まで各地にその土地独自の名産物があり、これらを素材とし、いくつかの素材を巧くミックスしその店独自の味としている事が要因としてあるのではないかと伊蔵は思う。そうでなければこのバリエーションの多さは説明がつかない。
日本人で初めてラーメンを食した人物は江戸時代の水戸藩二代目藩主『徳川光圀(とくがわみつくに)』とされている。光圀とは水戸黄門として有名な人物なので御存じの方も多いだろう。徳川光圀は好奇心の強い学者肌で変わり者な藩主であり、1665年長崎に亡命していた明国の儒学者『朱舜水(しゅ しゅんすい)』を招いて儒学を学んでいた。その朱舜水から光圀が接待を受けた時に『ラーメン』を食したのだという。この時の接待に出された食事の記録は文献として残されており、茨城県水戸市のあるラーメン屋さんがこの文献を参考に当時光圀が食したであろうとされる『日本最古のラーメン』の復元に成功しており、実際にメニューとして食べる事が可能だ。
伊蔵は1階の『プロローグゾーン』を後にしてB1階、B2階にある『体感ゾーン』に通じる地下へと続く階段を下って行った。

階段の途中の踊り場には掲示板と壁掛け時計があり、時計の針が凄い勢いで逆まわりに回っていた(笑)なぜ逆回りに回転しているのか。これには意味がある。B1階、B2階にある『体感ゾーン』の展示コンセプトが『昭和33年の街並』だからだ。駅前商店街・飲食店などが忠実に再現されており、その中に有名ラーメン店のほか、カフェバー、駄菓子屋等が展示されているというわけ。

入口は『鳴戸駅(なるとえき)』という架空の駅。ラーメンのナルトとカケているのだろう。その駅からは昭和の街並が見渡せるようになっている。


再現された街並は伊蔵は納得出来たが、この人込みには納得出来なかった(笑)これはラーメンを食する事は不可能だな・・と瞬時に伊蔵は思ったので、とにかく街並を一通り回ってみようと行動を開始した。


どこのラーメン屋の店先も行列また行列であった。施設の広さに対して訪れる観光客の方が圧倒的に多くてかなり歩き難かった。街並は流石に郷愁を誘うといった感がある。

しかし昭和33年頃というと伊蔵が生まれる10年前という事となるので生まれる前の景色を見て懐かしいというのは厳密には間違っているのだが・・・。


ここでこの『新横浜ラーメン博物館』に現在軒を列ねているラーメン店を紹介しておこう。
●和歌山 井出商店
ご当地ラーメンブームで一躍有名になったラーメン店
(和歌山県/トンコツ醤油/創業:昭和27年/店主:井出紀生さん)
●支那そばや
素材厳選・旨味凝縮・麺に対する徹底的なコダワリ「ラーメンの鬼」の店
(神奈川県/醤油/店主:佐野実さん)
●札幌 すすきの けやき
全国的にも珍しい味噌ラーメン専門店。一見濃厚に見えるが実際はまろやかなスープ
(北海道/味噌/店主:似鳥栄喜さん)
●山形 赤湯からみそラーメン 龍上海本店
山形県赤湯の地で45年間、お客様に育まれた「赤湯からみそらーめん」
(山形県/からみそ/創業:昭和33年/店主:佐藤晴美さん)
●旭川 蜂屋
どんぶり一面をおおう焦がしラードとアジの風味、クセになる味
(北海道/醤油/創業:昭和22年/店主:加藤直純さん)
●東京荻窪中華そば 春木屋
戦後の東京ラーメンの礎となった老舗中の老舗、煮干の香り漂うラーメン
(東京都/醤油/創業:昭和24年/店主:手塚英幸さん)
●博多 ふくちゃんラーメン
ラーメンにうるさい博多っ子を虜にするキレとコクのあるトンコツラーメン
(福岡県/トンコツ/店主:榊伸一郎さん)
●熊本 こむらさき
マイルドなトンコツラーメンと秘伝ニンニクチップが食欲をかきたてる
(熊本県/トンコツ/店主:山中禅さん)
など8店舗のラーメン店が入っている。どの店も全国的に知られている有名店だけあって、ラーメンもとても美味しそうだ。この文章を打ち込んでいるだけでラーメンが食べたくなって来た・・(笑)


しかしなぜ我々日本人はこれほどラーメン好きな民族なのであろうか・・。
『ラーメン』・・・一見単純だがこれほど複雑で奥が深く難しい食べ物は他には無い。ラーメンのみを生業とする者には日本人にとっての人気の食べ物という事でお客に対して作り手側は気が抜けず、味覚に肥えたお客もいるし、ラーメン評論家と称する人も多く存在する為に下手な誤魔化しもきかない。大勢のお客の味覚に合わないような店は容赦なく閉店の憂き目に遭う。これほど恐ろしい飲食店商売は無いといえよう。


伊蔵の街並巡りは続いていた。う〜んセットとはいえ実によく出来ている。狭い路地にはラーメン店に入る為に長い行列が出来ていた。伊蔵はこういう長過ぎる行列に並ぶのは苦手なので真似は出来無い。だが行列に並んでも旨いラーメンが食べたいと思う人達の気持ちが分からない訳ではない。


先程も書いたが街の中には「駄菓子屋さん」もあり賑わっていた。しかしこういった駄菓子屋さんは『造られたセット』の駄菓子屋さんでは無く、実際に街を歩きまわって発見する駄菓子屋さんの方が伊蔵は好きだ。



飲み屋街の路地を通って伊蔵は施設を一周し、『鳴戸駅前』へと帰って来た。ラーメンを食せ無かったのは残念だが来て見て良かった。こういったフードテーマパークはともすると寂れがちになる危険を孕んでいるものだが、『新横浜ラーメン博物館』はその心配は無用だろう。ラーメンが持つある種の『魔力』は完全に日本人の心を掴んでいるからである。


ラーメンは食べなかったが見学だけで満腹した伊蔵は『新横浜ラーメン博物館』を後にして東海道新幹線『新横浜駅』へと向かった。新横浜駅は新しく駅ビルを建設中のようであった。こうして伊蔵は新幹線に乗り、名古屋へ夕方には到着したのだった。移動距離は長い今回の『OFF会』の旅だったが新幹線のおかげで快適な旅が楽しめた。またネットで知り合った友人達との『OFF会』はとても楽しかったし、次回も是非集まりたいと思えるような会合であった。<おわり>
これで『OFF会』の報告は終わりです。
今回も必要以上にレポが長文になってしまい読んで下さっている方々には
ご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。
伊蔵