2006-10

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蟹を食す

先週末、友人の『アキラ氏』の風邪の全快祝いを兼ねてtakeさんの店で飲んだ。
今夜はロシア産だが蟹があるという。
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ババ~ン!!かなり巨大な蟹ではないか!
(画像が何だか変な効果処理されているようですがデジカメの故障によるものです・・)
早速takeさんのオペが始まる。腹部の『フンドシ』と呼ばれる部位をべリッ!と剥がし捌かれて行く蟹さん・・。takeさんは蟹を捌きながら伊蔵にこう叫んだ!
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『伊蔵君!これはプレデターではないよ!一応言っておくけど(笑)』
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う~む確かに蟹の硬そうでゴツゴツしたところは似ている・・・。しかしプレデターは多分食べても美味しくはないだろう・・と伊蔵は思いながら、蟹はアイツにも似ているなぁと思った。
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映画『エイリアン』に登場する『フェイスハガー』だ!こいつに顔面を塞がれてたが最後、エイリアンの卵を体内に植付けられてしまう。どう見てもこの『フェイスハガー』も美味しそうには見え無い。しかもこの生物の体液は強酸性である為、takeさんのように包丁で捌けば厨房のまな板やステンレス製の料理台はたちまち溶解してしまい、次の日からtakeさんのお店は営業不能の事態に陥ってしまう。これは伊蔵にとっても痛手だ(笑)つまり『フェイスハガー』はどうやっても料理出来ない困った奴なのである。
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やっぱり食べるなら『蟹』である(笑)
捌いた『蟹』の脚を軽く火で炙ってお皿に盛り付けてもらった。甘い香りが何ともいえなかった・・。このロシア産の蟹には残念ながら『カニミソ』が搭載されていなかったが脚の身の御味はなかなかイケました。次回は是非苦味の利いた『カニミソ』で一杯呑みたいと願う伊蔵であった。
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地元のラーメンを食す

なかなか地元のラーメン屋さんに出向く機会が無い伊蔵だが、先日あるラーメン屋へ行く事が出来た。伊蔵の地元には多くのラーメン屋が存在するはずだが、地元に居る時間が絶対的に短い為にどこにどんなラーメン屋があるのかよくわからない・・。

今回伺ったラーメン屋さんは伊蔵が自転車で町中を走っていた折りに偶然見つけたお店。しかしいろいろ調べてみると結構前から営業されているみたいである。大きい通りから一本奥に入った場所にあるので今まで見落としていたのだ。

店内はごく普通。カウンター席とテーブル席があり結構広い。
伊蔵は『味噌四川ラーメン』を注文した。四川というからには辛いという事なのだがこの辛さも3段階から選ぶ事が出来る。『辛さ・中』を伊蔵は選んだ。チャーシューに関してもそのままか焼きを入れるかを選ぶ事が出来たので伊蔵は『焼き』を入れて頂く事にした。
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注文の品を待つ間、小さな器に入った胡麻を擂粉木でゴリゴリすり潰して待つ。このすった胡麻をラーメンのスープに投入し食べるわけだ。
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『味噌四川ラーメン』がやってきた。味噌の香りと焼いたチャーシューが食欲を誘う。特にチャーシューのぶ厚さには驚いた。食感はとても柔らかく「焼き」が入れてあるので香ばしさもある。スープは味噌の濃厚さも勿論だがピリリと程よく辛くて旨かった。伊蔵的にはもっと辛くてもよかったのだが味噌の味と香りを味わうにはこれくらいの辛さの方が良いのかもしれない。麺はストレートの細麺。麺量もそこそこ多い感じがした。値段は少々高めの940円也。でも美味しかったので満足した。ここの味噌ラーメンも『また食べに行きたい』というクセになりそうなお味であった。

他にもラーメン通に取り上げられているお店が地元にいくつかあるので機会があれば出掛けて行って食して報告したいと思います。

しかし食べ物の旨さをうまく伝える文章を書くのは難しい・・・

港・横浜OFF会(その14・最終回/麺に取り憑かれた人々)

今回で横浜OFFの報告も最終回。もうしばらくお付き合い下さいm(_ _)m

横浜市営地下鉄で横浜駅へと向かった草加君と伊蔵、果たしてもうひとりのメンバー『珍念さん』と相見える事は出来るのであろうか・・。横浜駅近辺というのは桜木町駅の辺りとは違って観光出来る場所が無く、駅に着いても何処へ行こうという目的も無かった。結局、横浜高島屋の地下にある『地下街』の喫茶店に入る事に。

二人とも結構疲れていたのだ(笑)
何度か草加君の携帯には『珍念さん』からの連絡は入っているようだが、どうも京都を出る時間が遅くなったらしく御対面出来る見通しが怪しくなって来ているようであった。喫茶店で草加君と伊蔵は昨夜のOFF会の思い出等、談笑しながらゆっくりと休憩していた。

ところで『鎖骨さん』はあれから無事に家に帰宅出来たのであろうか・・・。
彼女にメールを送ってみると無事に帰宅出来たとの返事が返ってきた。う~んちょっと心配だっただけに伊蔵と草加君はひと安心した。結局この喫茶店で昼頃まで過ごしてしまった。その後喫茶店を出た我々は横浜駅西口側にあたる地上に出て見る事に。
丁度『ヨドバシカメラマルチメディア横浜』の建物が見えたので入って見た。少し前に伊蔵は秋葉原のヨドバシカメラに出掛けたのだが、そこと同じ位に活気があり、賑わっていた。

デジタルカメラ、携帯電話、パソコン等のコーナーを一通り見て回って外に出た。
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『ヨドバシカメラマルチメディア横浜』の入口近くの交差点の休憩ベンチで足を休めた。残念ながら『珍念さん』との対面は絶望的となってしまった・・。時間は午後1時を回っていた為、今後の予定を草加君と話し合った。草加君は今夜11時半に新宿発の高速バスに乗って名古屋に帰るので、都心方面へと向かうとの事であった。一方伊蔵は夕方までに名古屋に帰りたかったので草加君とは、ここ横浜で別れる事に。

先程の『地下街』に戻り、草加君はJR線方面、伊蔵は市営地下鉄方面へ通路が枝分かれする付近で別れる事となった。こんな場所で同じ出身地同士が別れるのも何だか不思議な感じがしたが(笑)今夜またネット上のBarで会う事を約束した。

伊蔵は市営地下鉄で新幹線駅のある『新横浜』へと向かったのだが、折角なので新横浜にある『新横浜ラーメン博物館』へ立ち寄ってみる事にした。新横浜駅からラーメン博物館までは徒歩で行ってもそんなに時間がかからないはずであったが、伊蔵は道を間違えてしまい『横浜アリーナ』方面へ迷い込んでしまった(笑)ガイドブックを確認しておくべきだった。
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『新横浜ラーメン博物館』は1994年にオープンした。各地の有名店を厳選して展示・販売するというフードテーマパークの元祖的存在である。入場料300円を支払い、伊蔵は中へと入った。ラーメン博物館は大きく三つのゾーンに分かれており、入口を入ってすぐの1階フロアは『プロローグゾーン』と呼ばれている。
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このゾーンでは毎回イベント内容が変わる展示スペースとラーメングッズ(お土産・ドンブリ・レンゲなど沢山販売)等を販売しているスペースとなっている。この日の展示は『北海道・旭川ラーメン』についてのイベントが開かれていた。
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ここではラーメンに関する基本的な知識や各地の有名ラーメンに関する紹介が分かりやすく展示されており見ていると非常に面白い。『ラーメン』は誰でも気軽に食せる庶民的食べ物の代表だが、ラーメンを作る職人や原材料を選ぶ厳しさ、味へのこだわりと飽くなき探究心等はとても奥が深く、食べる事だけが楽しみの伊蔵や多くの普通の人々にとってはなかなか足を踏み込んで行く事の出来ない領域である。『ラーメン』は中国から日本へ伝わった事に間違いは無いところだが、本場の中国ですらこの日本独特のラーメンのバリエーションの多さは無い事は誰もが認める事であろう。
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このバリエーションの多さはなぜなのだろうか。
ひとつには日本にはラーメンを作る上での素材に『美味しいモノが多い』ということがあるのだろう。日本列島北から南まで各地にその土地独自の名産物があり、これらを素材とし、いくつかの素材を巧くミックスしその店独自の味としている事が要因としてあるのではないかと伊蔵は思う。そうでなければこのバリエーションの多さは説明がつかない。

日本人で初めてラーメンを食した人物は江戸時代の水戸藩二代目藩主『徳川光圀(とくがわみつくに)』とされている。光圀とは水戸黄門として有名な人物なので御存じの方も多いだろう。徳川光圀は好奇心の強い学者肌で変わり者な藩主であり、1665年長崎に亡命していた明国の儒学者『朱舜水(しゅ しゅんすい)』を招いて儒学を学んでいた。その朱舜水から光圀が接待を受けた時に『ラーメン』を食したのだという。この時の接待に出された食事の記録は文献として残されており、茨城県水戸市のあるラーメン屋さんがこの文献を参考に当時光圀が食したであろうとされる『日本最古のラーメン』の復元に成功しており、実際にメニューとして食べる事が可能だ。

伊蔵は1階の『プロローグゾーン』を後にしてB1階、B2階にある『体感ゾーン』に通じる地下へと続く階段を下って行った。
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階段の途中の踊り場には掲示板と壁掛け時計があり、時計の針が凄い勢いで逆まわりに回っていた(笑)なぜ逆回りに回転しているのか。これには意味がある。B1階、B2階にある『体感ゾーン』の展示コンセプトが『昭和33年の街並』だからだ。駅前商店街・飲食店などが忠実に再現されており、その中に有名ラーメン店のほか、カフェバー、駄菓子屋等が展示されているというわけ。
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入口は『鳴戸駅(なるとえき)』という架空の駅。ラーメンのナルトとカケているのだろう。その駅からは昭和の街並が見渡せるようになっている。
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再現された街並は伊蔵は納得出来たが、この人込みには納得出来なかった(笑)これはラーメンを食する事は不可能だな・・と瞬時に伊蔵は思ったので、とにかく街並を一通り回ってみようと行動を開始した。
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どこのラーメン屋の店先も行列また行列であった。施設の広さに対して訪れる観光客の方が圧倒的に多くてかなり歩き難かった。街並は流石に郷愁を誘うといった感がある。
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しかし昭和33年頃というと伊蔵が生まれる10年前という事となるので生まれる前の景色を見て懐かしいというのは厳密には間違っているのだが・・・。
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ここでこの『新横浜ラーメン博物館』に現在軒を列ねているラーメン店を紹介しておこう。

●和歌山 井出商店
 ご当地ラーメンブームで一躍有名になったラーメン店
(和歌山県/トンコツ醤油/創業:昭和27年/店主:井出紀生さん)

●支那そばや
 素材厳選・旨味凝縮・麺に対する徹底的なコダワリ「ラーメンの鬼」の店
(神奈川県/醤油/店主:佐野実さん)

●札幌 すすきの けやき
 全国的にも珍しい味噌ラーメン専門店。一見濃厚に見えるが実際はまろやかなスープ
(北海道/味噌/店主:似鳥栄喜さん)

●山形 赤湯からみそラーメン 龍上海本店
 山形県赤湯の地で45年間、お客様に育まれた「赤湯からみそらーめん」
(山形県/からみそ/創業:昭和33年/店主:佐藤晴美さん)

●旭川 蜂屋
 どんぶり一面をおおう焦がしラードとアジの風味、クセになる味
(北海道/醤油/創業:昭和22年/店主:加藤直純さん)

●東京荻窪中華そば 春木屋
 戦後の東京ラーメンの礎となった老舗中の老舗、煮干の香り漂うラーメン
(東京都/醤油/創業:昭和24年/店主:手塚英幸さん)

●博多 ふくちゃんラーメン
 ラーメンにうるさい博多っ子を虜にするキレとコクのあるトンコツラーメン
(福岡県/トンコツ/店主:榊伸一郎さん)

●熊本 こむらさき
 マイルドなトンコツラーメンと秘伝ニンニクチップが食欲をかきたてる
(熊本県/トンコツ/店主:山中禅さん)

など8店舗のラーメン店が入っている。どの店も全国的に知られている有名店だけあって、ラーメンもとても美味しそうだ。この文章を打ち込んでいるだけでラーメンが食べたくなって来た・・(笑)
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しかしなぜ我々日本人はこれほどラーメン好きな民族なのであろうか・・。
『ラーメン』・・・一見単純だがこれほど複雑で奥が深く難しい食べ物は他には無い。ラーメンのみを生業とする者には日本人にとっての人気の食べ物という事でお客に対して作り手側は気が抜けず、味覚に肥えたお客もいるし、ラーメン評論家と称する人も多く存在する為に下手な誤魔化しもきかない。大勢のお客の味覚に合わないような店は容赦なく閉店の憂き目に遭う。これほど恐ろしい飲食店商売は無いといえよう。
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伊蔵の街並巡りは続いていた。う~んセットとはいえ実によく出来ている。狭い路地にはラーメン店に入る為に長い行列が出来ていた。伊蔵はこういう長過ぎる行列に並ぶのは苦手なので真似は出来無い。だが行列に並んでも旨いラーメンが食べたいと思う人達の気持ちが分からない訳ではない。
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先程も書いたが街の中には「駄菓子屋さん」もあり賑わっていた。しかしこういった駄菓子屋さんは『造られたセット』の駄菓子屋さんでは無く、実際に街を歩きまわって発見する駄菓子屋さんの方が伊蔵は好きだ。
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飲み屋街の路地を通って伊蔵は施設を一周し、『鳴戸駅前』へと帰って来た。ラーメンを食せ無かったのは残念だが来て見て良かった。こういったフードテーマパークはともすると寂れがちになる危険を孕んでいるものだが、『新横浜ラーメン博物館』はその心配は無用だろう。ラーメンが持つある種の『魔力』は完全に日本人の心を掴んでいるからである。
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ラーメンは食べなかったが見学だけで満腹した伊蔵は『新横浜ラーメン博物館』を後にして東海道新幹線『新横浜駅』へと向かった。新横浜駅は新しく駅ビルを建設中のようであった。こうして伊蔵は新幹線に乗り、名古屋へ夕方には到着したのだった。移動距離は長い今回の『OFF会』の旅だったが新幹線のおかげで快適な旅が楽しめた。またネットで知り合った友人達との『OFF会』はとても楽しかったし、次回も是非集まりたいと思えるような会合であった。<おわり>

これで『OFF会』の報告は終わりです。
今回も必要以上にレポが長文になってしまい読んで下さっている方々には
ご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。  

伊蔵

港・横浜OFF会(その13・馬車道散策)

大成功の内に終了した『横浜OFF会』の次の日、伊蔵は結構昨夜に焼酎を飲んだにも関らず、心配された二日酔いもなくちょっとだけ気怠い朝を迎えた。まだ午前7時を回ったところだったので二度寝する事に(笑)

午前8時に起床し、昨夜OFF会が終了した帰りにコンビニに寄って購入した朝飯を食べ、シャワーを浴びてから午前9時前に宿をチェックアウトした。草加君と桜木町駅の出口での待ち合わせは午前10時。1時間早いわけだが、これは伊蔵が昨日の散策で見れなかった所を朝の時間を利用して回ってみようと思ったからである。昨日の内にかなり見て回ったつもりだったが、夜の内に宿で横浜のガイドブックを改めて検証したところまだまだ回るべき所が沢山出て来たという訳。

『横浜』は幕末に開港して以来、日本で最も早い時期に外国文化がどんどん流入した街という事もあって『日本初の○○』というものが多い街として知られている。これについては後ほど話そう。
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宿を出た伊蔵は桜木町駅近くの歩道橋を渡り『馬車道』方面へと向かった。『馬車道(ばしゃみち)』とは赤レンガ倉庫のある港から万国橋を経て外国人居留地のあった『関内』まで続いている道の事で、その昔は外国人が港から居留地までこの道を馬車で往来していたといい、これがこの通りの名の由来になっている。
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まず伊蔵が見たかった建物が『神奈川県立歴史博物館』。元々は『横浜正金銀行本店』として明治37年に建てられた(日露戦争の頃だ)建築様式は『ネオ・バロック様式』を基調としている。バロック様式の代表的建築物としては、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂やフランスのルーブル宮やヴェルサイユ宮殿などが有名だ。
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この建物は横浜繁栄のシンボル的存在で国の重要文化財にも指定されている。夜間はライトアップされるらしく、とても綺麗で幻想的だという。夜に訪れてみたかった・・。
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上の画像の道が『馬車道』。何の変哲もない小さな通りだ。しかしこの小さな通りから日本の『文明開化』が始まった事を思うと感慨深いモノがある。先程も話したが外国文化がいち早く日本に流入した場所という事で『日本で初めて』という謂れのあるものがこの馬車道付近には数多くある。いくつか有名どころを挙げてみると、

●『あいすくりん(アイスクリーム)』が日本最初に販売される
1869年(明治2年)馬車道通り常盤町五丁目に於いて、町田房造氏が「氷水店」を開業

●『日刊新聞』が日本で初めて発行される
1870年(明治3年)「横浜活版社」より『横浜毎日新聞』が日本初の日本語の日刊新聞を発行

●日本最初の『ガス灯』点灯
1872年(明治5年)日本人実業家高島嘉右衛門の中区花咲町に「日本ガス社中」という会社を作り馬車道通り沿いに『ガス灯』を設置・点灯した。

その他、電気・電信・鉄道など現代では当たり前になっているもののほとんどが横浜が発祥の地だ。上記したものの中で伊蔵は『ガス灯』の発祥の地にある記念碑を見る事が出来た。
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この記念碑は横浜市市民文化会館(関内ホール)の玄関先にある。二本のガス灯が並んで建っており、間に記念碑が据えてあった。興味深かったのは、その当時の(時代は多少下っていると思われるが)この場所の写真が記念碑と一緒に掲げられていた事だ。
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この写真をよく観察して見ると馬車道沿いに電信柱が建っている事がわかるし、街路樹等も植っている。家々は瓦葺きの屋根が多いが、そんな屋根の向こうに見えているのは、まぎれもなく先程伊蔵が見てきた『神奈川県立歴史博物館(当時は横浜正金銀行本店)』相違ない。では今現在ではこの場所はどうなっているか、伊蔵なりに撮影してみたので御覧頂きたい。
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当たり前だが凄い変わり様(笑)一番の違いは高層の建物が増えてしまい、視界が狭くなった事だろう。昔の写真では『神奈川県立歴史博物館(当時は横浜正金銀行本店)』の建物が一番大きく映っているのだが、現代ではビルの影になってしまって少ししか見る事が出来ない。上の二枚の写真の時代の差はわずか約百年・・。随分様変わりしたものだ。

『ガス灯』発祥の地の記念碑は伊蔵はすぐに見つけられたのだが『あいすくりん』の記念碑が一向に見当たらないので馬車道界隈を必要以上に歩き回ってしまった。結局見つけられなかったのだが、このブログを書く為にいろいろ調べてみたところ、意外な事実が!
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『ガス灯』記念碑の前を少し西に進むと馬車道沿いに上の画像の『太陽と母子像』という像があるのだが、このすぐ脇に『アイスクリーム発祥』の記念碑があった事が判明・・・・。伊蔵はこの『太陽と母子像』は目にしていたのだが、一見アイスクリームとは関係の無いこの像に惑わされ発見する事が出来なかったのだ!今さらながら悔やまれる出来事であった。
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歩き回っていると『横浜公園』にぶつかった。この公園の歴史は古く明治9年に開園したのだという。園内西端には『横浜スタジアム』や北側には噴水や広場、池など緑も勿論多く都会の真ん中のオアシスとなっている。今日も朝から良い天気で、歩いているだけで汗ばむほどだった。青い空に公園の緑が映えてとても綺麗だった。
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おおお!そうこうしている間に草加君との待ち合わせの時間が迫って来ている!伊蔵は早足で桜木町駅方面へと向かった。桜木町付近で『野毛小路』という商店街に迷い込んだ。
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朝早い時間なので商店街は閑散としていたが、この港の下町『野毛(のげ)』には600軒もの飲食店がひしめいているらしい。夜ともなれば勤め帰りの人達で賑わうという。夜はきっと違った風景がこの商店街を彩っているのだろう。

待ち合わせ時間の午前10時を少し回ってしまった。草加君はもう待っていた。伊蔵は1時間歩き詰めだった為その場で珈琲を購入、喉を潤した。草加君はその間、本日会えるかもしれないメンバーのひとり『珍念さん(京都在住)』に携帯で連絡をとっていた。

草加君と伊蔵は話し合い、『とりあえず横浜駅まで出向こう』という事になった。『珍念さん』は横浜駅近くで行われる友人の結婚式に出席する為に関東にやって来る事になっていたからだ。草加君と伊蔵はそんな訳で横浜市営地下鉄のホームへと続く階段を降りていった。<つづく>

港・横浜OFF会(その12・飲み屋にて/後編)

『宴もタケナワ』といった感じでメンバー4名の『OFF会』は続行していた。

それぞれ自己紹介はしたものの、こういった『OFF会』ではネット上のハンドルネームで呼び合うのが普通なのか、皆その名で呼び合いながら飲んでいた。本名で呼び合って飲むというのは何だか違和感があるからだ(笑)

この『くいもの屋 わん』には伊蔵の好きな焼酎も米・蕎麦・麦・芋、それぞれ豊富な種類が揃っており、これは嬉しかった。種類の違う焼酎をそれぞれロックで注文し伊蔵は飲んでいた。酔いもメンバーそれぞれ心地良く回って来て『マッタリ』した良い状態になってきたようだ。

名古屋名物『ういろう』の話に始まって、本日はどうやってここまで来たのか、何処を回って来たのか、普段の生活、家族の事、職場での出来事等、様々な話題が出た。世代が違うオジサン達3名の仕事の話は鎖骨さんにとって興味があったらしく、また鎖骨さんの就職活動の参考になったようだ。若いなりの悩みもあるらしく、斜さん、草加君、伊蔵らが社会人になる前の就職活動の内容について聞きたがっていた。

しかし伊蔵らが就職活動をしていた当時と現在とではかなり社会状態が異なっており(当時はバブル景気の時代)あまり参考にはならなかったのではないかと思ったが、鎖骨さんにとっては異なっていようが構わない感じであった。とにかく世代の違った人達の社会人としての考え方と自分の考え方の比較を楽しい会話で酒を飲みながら聞いていたい・・伊蔵にはそんな風に感じられた。前日朝まで飲んでいた事と今夜ハイピッチでお酒を飲んでいたせいか鎖骨さんは少々悪酔い気味であったが、こういう世代が違う人達と飲むのは我々オジサン達にとってもとても楽しいひとときだった。

楽しい時間というのはすぐ過ぎてしまうようで、斜さん、鎖骨さんの終電の時間がそろそろ来てしまったようだ(悲)6時間程飲んで話していたわけだが、半分くらいの時間にしか感じなかった・・・。う~んもっと話していたかった。
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ビルの外はすっかり暗くなっていて『宴』の終わりを感じさせた。『OFF会』の終了を4名は惜しみつつ駅までの道を酔って覚束ない足を引きずって歩いた。
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駅方面には終電に間に合う様にと家路につく大勢の人々が歩いていた。斜さんは草加君の名古屋土産『ういろう』をまるまる一本、胸ポケットに差し込んで歩いている様がカッコ良かった(笑)斜さんとはJRの改札口にて別れる事となった。

『今日はとても楽しかったです。また集まれるといいですねぇ』

斜さんは最後にこう言っていた。本当にそうしたい。今回残念ながら参加出来なかったメンバー達も集めて『OFF会』を是非挙行したいものである。そして斜さんは『ういろう』とともにJR改札口の向こうへと去って行った・・・。

鎖骨さんは横浜市営地下鉄にて帰るらしい。彼女はかなり酔っていた為、心配になった草加君と伊蔵は地下まで付き添う事に。市営地下鉄ホームへと下って行くエスカレーターまで見送った。

『気をつけて帰れよぉ~またなぁ~』

草加君、伊蔵の見送りの言葉が鎖骨さんに聞こえていたかどうかはわからないが彼女は無事にエスカレーターで下って、改札口方面へと消えて行った。(大丈夫だろうか・・)鎖骨さんの家路に一抹の不安を覚えながらも草加君と伊蔵は地上への階段を登って行き、地上出口部分までやってきた。草加君の今夜の宿は桜木町駅近くにあるホテルで伊蔵の宿とそんなに離れていない。明日もしかしたら京都から横浜に出向いてこられる『珍念さん』に会えるかもしれない事もあり、明日も行動を共にする事にした。草加君と伊蔵はこの出口で午前10時に待ち合わせする約束をし、各々の宿へ向かって別れる事に。
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今回メンバーで初めておこなった『OFF会』は出会った当初はぎこちなかった雰囲気だったが結果的に大成功!とても面白かった。そして良い思い出にもなった。メンバー全員がそう思っている事だろう。頻繁に会う事は出来ないだろうが、定期的にこれからも開催したいと思う。宿に戻った伊蔵は今夜の『OFF会』の興奮がさめなくて、なかなか寝付く事が出来なかった・・・・。<つづく>

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プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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