2006-11

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伊蔵、飛騨路を巡る(その1・荘川へ)

この『飛騨行き』の計画は飲み会の席でかなり突発的に決まった。
しかも11月25日、26日当日出発まで一ヶ月もない状態であった。
最終的参加メンバーは・・・

●takeさん
●たいがぁ氏
●アキラ氏
●伊蔵

のいつもの飲み仲間四名と決まった。
ルートの候補・計画のメンバーへの伝達・宿泊施設検索をtakeさんより命ぜられた伊蔵は出発当日までの数週間、調整に明け暮れた。週末はtakeさんの店に出掛け計画案を練り直したり詰めたり結構大変であった。また『飛騨』方面は25日・26日は紅葉シーズンに当たっており、ギリギリになっての宿の予約は出来ない危険性を多分に孕んでおり何度も宿の事ではtakeさんと話し合った。いくつもの宿の候補を挙げて、takeさんにシラミつぶしに宿に電話をしてもらい、何とか『下呂温泉(げろおんせん)』に宿を確保した。

今回の旅は岐阜県高山市荘川町にある『里山茶屋 むろや』というカツと蕎麦と郷土料理が美味しい店で食事をするという事と高山散策、下呂で温泉と美味しい食事を頂くという簡単にいえば『食いしん坊・満腹ツアー』という名目。takeさんにとってはお店で出す食材収集と美味しい物発見と勉強の旅という事もある。全て岐阜県内の道を回るコースだ。
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当日、takeさんは自ら『ホンダ スーパーカブ90カスタム』を駆り全行程を走破する。『何を無謀な・・』と思われる方もいるだろうがこれが結構走れてしまうのである。実際にtakeさんは先日この『カブ』とともに名古屋から神戸までの往復ツーリング(一泊二日)に成功している。高速道・自動車道等を走行する事が出来ないのは難点だが、ゆっくり景色を楽しみながら経済的にツーリングを楽しむにはこれほど良い乗り物はない。

たいがぁ氏と伊蔵はアキラの運転する車に同乗する事になった。当日はそれぞれ別々に出発し、荘川の『里山茶屋 むろや』でお昼前に落ち合う事にした。

『岐阜県』という県は日本列島のほぼ中央部分にありかなり面積も大きく、県内は山地が大部分を占める。県内の地域は南部の『美濃(みの)』と北部の『飛騨(ひだ)』に分ける事が出来る。今回伊蔵らが出掛ける荘川・高山・下呂というのは岐阜県の飛騨地方にあるため、名古屋方面からはひたすら北を目指して走る事になるのである。

先程も書いた通りtakeさんの『カブ』は当然一般国道のみしか走れない為、必然的に出発時間も早くなる。一方伊蔵らは『東海北陸自動車道』を使い、白鳥インターで降り、国道156号を走り『蛭ヶ野高原(ひるがのこうげん)』を登り荘川に至るルートを採った。

道中、車の車窓から眺める山の風景は紅葉で赤錆色に染まっていた。まさにシーズン真っ盛りの様相であった。しかし蛭ヶ野高原くらいの高い標高まで登ると木々の葉はすでに八分目位散ってしまっていた。荘川の牧戸地区で高山方面に右折、荘川インター方面へと進路をとる。『里山茶屋 むろや』へ手っ取り早く辿り着くには荘川インターで降りるのがいいのだが、せっかくなので紅葉を楽しみたかった我々はちょっと手前の白鳥インターで降りたという訳なのだ。
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『里山茶屋 むろや』の店先に午前10時半頃に到着した。計画していた時間よりかなり早く着いた。だが先に到着しているはずのtakeさんの姿はここにはなかった。予想はしていたがtakeさんは荘川インター出口脇の道の駅『桜の郷荘川』の売店に寄っていたのだった。携帯で連絡をとり、無事むろやさんに到着した事を伝えるとすぐにそちらに向かうという返事。

『里山茶屋 むろや』の開店時間は午前11時からなのでたいがぁ氏、アキラ氏、伊蔵の三人は店外の駐車場で開店とtakeさんの到着を待つ事に。そしてしばらくすると西方から一台の小さなバイクがこちらへ向かって疾走して来た!まぎれも無くtakeさんだっ!!
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キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
防寒装備万全のtakeさん参上だ!(笑)到着をいまや遅しデジカメを構えていた我々を見たtakeさんは『ハッハハハハハ・・』と変に高笑いしながらむろや駐車場へと『カブ』を停めたのだった。とりあえず皆無事に集合場所に到着したところで『むろや』さんが開店。
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『里山茶屋 むろや』さんに実は伊蔵は以前に一度訪れた事がある。takeさんのお店のお客さんがこの荘川に別荘を所有しており、その方達とともに飛騨を訪れた時に立ち寄ったのだ。その時に食べたカツと蕎麦の味は今でも脳裏に焼き付いており、いつかまた立寄りたいと思っていた。『むろや』さんのお店の構えは、この地方独特の勾配の浅い屋根が特徴の古民家。古い建物のはずだが綺麗にリフォームしている感じ。
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『お待たせしました。どうぞお入り下さい。』

お店の入口から顔を出した店員さん(女将さんかな?)の声に促されて我々4名は早速店内へ。入口から中に入るとすぐに目に付いたのが『薪ストーブ』。お店の外に積んであった多くの薪があったのも頷ける。入口左手には勘定場と厨房、右手にはテーブル席が並んでいる。民家でいう『土間』の部分がテーブル席が並ぶ場所といえるかもしれない。その土間を挟んで高い場所に二間の和室があり、そこが座敷席となっている。
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座敷は民家の一室の佇まいそのままの感じであり、田舎のおばあちゃんの家に訪れたような安心感がある。木製の武骨な箪笥や屏風、巨大な壁掛時計、また『むろや』さんのご主人のご先祖なのだろうか古い顔写真が額縁に入れられ鴨居に掲げられていた。これらのものが違和感無く置かれている。そんな店内に我々は数時間の移動行程を終えて腰を降ろしたのだった。

『スーパーカブ』で寒い中を身体剥き出しで走行してきたtakeさんは緊張感がやっと解けたという感じであった。
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早速注文をする事にする。ここ『むろや』さんの名物は『手打ち蕎麦』とジューシーさが売りの『トンカツ』だ。元々『むろや』さんは『トンカツ』のお店として始まったとの事。それがなぜ『手打ち蕎麦』も始めたのか。これは説明不要であろう。この荘川辺りは『蕎麦街道』といわれるほど蕎麦屋が多いし、こういう良い環境なので水も旨く蕎麦も旨いから合わせて出しているのだろう。さて我々が注文した品は・・

●温蕎麦とヒレカツのセット(takeさん・アキラ氏・伊蔵)
●ざる蕎麦とヒレカツのセット(たいがぁ氏)
●ロースカツ単品ふたつ(皆で分け合う)

以上の品にビールが付くと最高だがこればっかりは断念するしかあるまい(笑)注文時におしぼりとなかなかに持ち心地の良い『御箸(竹箸)』が運ばれて来る。この御箸は『むろや』さんが蕎麦と御飯を食べやすくする為に『小関工芸/やまご箸店』に特に注文して造らせたもので不思議と手にフィットする。希望するなら500円にて分けて頂けるとの事。
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ここ『むろや』さんでまず最初に出されるのが『どぶ汁』だ。荘川の郷土料理だという。これはすり潰した大豆を水に溶かして溜り醤油で味付けしたいわゆる『豆汁』の事。『どぶ汁』の“どぶ”とはその見た目が白く、濁り酒の『どぶろく』に似ている事に由来する。ここ荘川では古くからある郷土料理で、特別な席などで振舞われるごちそうだったという。材料が大豆だけに栄養価も高く、最近の健康ブームでこの『どぶ汁』は再評価されているという。

お味の方はというと醤油の味が効いている為か豆汁というより『茶碗蒸し』の汁のような感じがする。ホッと一息つける郷土料理といえる。こういうホッと一息出来る品を一番最初にお客さんに出すという『むろや』さんの心使いは素晴らしい。
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さてお待ちかねの『ヒレカツ』と『ロースカツ』が我々の目の前にやって来た。以前に訪れた時にこれを食した時の衝撃がまた甦って来た!このお肉は味噌、カラシ、ソースをつけて頂くのもいいが、その旨さを味わうのなら何もつけない方が肉本来の旨味というものを驚きと感動を持って感じる事が出来る。外部をサクサクパリパリとした衣が包んでいて香ばしく内部の肉に至ってはアツアツジューシーで、口の中で咀嚼し続けるにつれいよいよ肉の旨味が出て来るという感動モノの美味しさなのである。というか食べていて『幸せ』を感じるといった方がいいかもしれない・・・。

『旨い!』
『旨いなこれ・・』
『旨いだろ?ははははは・・これを君達に食べさせたかったのだよ!』

たいがぁ氏、アキラ氏そしてtakeさん、伊蔵はそんな感想を述べながらひたすらに感動し続けたのだった。
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次に『温蕎麦』も運ばれて来た。冷たい蕎麦もいいがこの温かい蕎麦もなかなかのお味であった。まずはダシが美味しい。透き通っており味もしつこくなく非常にアッサリしているのだがしっかりと主張する『何か』を伊蔵は感じた。ダシがしつこいとせっかくの蕎麦の味をころしてしまうからアッサリ味なのだが、このバランスを保つのは難しいところだろう。

『むろやさん、このお味感服つかまつりました!』

そんな感想を持って全ての品を平らげたメンバー四名であった。
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腹の心地も良くなったところで我々メンバー達は『むろや』さんを後に。食事の最中にもこれからの進行コースについて話し合ったのだが、計画より早めに荘川に到着した事からこのまま『高山』へ向かう事となった。先日の『京都』では紅葉時期を外してしまった伊蔵だっただけに『小京都・高山』の紅葉は一体どうなっているだろうか・・そんな一抹の不安を抱えながら出発したのだった。<つづく>

●『里山茶屋 むろや』
 ・所在地: 高山市荘川町三尾河
 ・アクセス: 東海北陸自動車道荘川IC右折国道158号線沿い車で約4分
 ・営業時間: 午前11時~午後2時まで 午後5時~午後8時まで
 ・休日: 毎週月曜日
 ・電話:05769-2-2056
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伊蔵、上洛す(その18・最終回)

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今回の京都の旅で最後に伊蔵が訪れた場所は『貴船神社』。貴船川の袂の山の斜面にあり『貴船神社』は、貴船川の袂の山の斜面にあり鴨川の水源という事で古くから水の神様として信仰が厚い。水を司るという『タカオカミノカミ』という神様を祭神としている。
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二の鳥居をくぐると境内に至る石段を登る。石段の両脇には『春日灯籠』が並んでいる。紅葉していればさぞかし綺麗だろうが、今回は残念としか言いようが無い・・。
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本殿と拝殿の見える場所までやって来た。以前にこの神社を訪れた時より随分建物が新しくなっていた。平成17年に建て替えられたようだ。境内の隅には水の神様に相応しく清水が沸き出している。水質も良質だという事で長期観水を保存しても腐らず変質もしないらしい。
また、この水を利用しての『水占(みずうら)』も観光客に人気だ。200円でおみくじを購入し、それをこの清水に浸すと吉凶の文字が浮かび上がるというもの。
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この神社での御利益は心願成就・えんむすび・家内安全・商売繁盛などなど。水の神様という事で『水』に関係した職業に就く人々からの信仰も厚いという。この『貴船神社』は縁結びの神でもあるので『丑の刻参り』や、また『絵馬』発祥の地として知られている。『丑の刻参り』というのは『ワラ人形に五寸釘』のあれである。

『貴船神社』には『奥社』というお社がさらに上流に存在するのだが今回は時間の関係上、見て回る事を断念した。伊蔵は貴船川沿いの道を下流に向かって下って行った。この先には叡山電鉄の『貴船口駅』があるので、そこから京都市街へ帰る算段だ。
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貴船川沿いにはところどころ紅葉している樹木がわずかながらあった。
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貴船川は夏のシーズンだと川沿いの料理店で『川床料理』が楽しめるのも有名だ。伊蔵はまだ一度も頂いた事がないが、暑い夏に涼しさと美味しい料理を川床という『涼』を楽しめるのは贅沢という他ない。
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『貴船神社』から貴船川を歩いて下る事約2キロで叡山電鉄『貴船口駅』に到着。この2キロの区間にはバスも走っているが観光客でスシ詰め状態になる。鞍馬山越えを終えた多くの観光客の足腰は限界を越えてしまっていて歩くのが億劫らしくバスを利用し駅までやって来るパターンが多いのだ。スシ詰め状態のバスの車窓から外の景色を眺めても何も楽しくないので伊蔵は歩いた。
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伊蔵は叡山電鉄と京阪電車を乗り継ぎ『JR京都駅』へと戻り、早速新幹線の切符を購入した。出発時間まで時間があるので駅構内を見て回った。この『京都駅』の建物の構造は変わっていて駅ビルとはいっても中は空洞のようになっている。駅構内を天井の高い巨大な屋根が覆っているような構造である。
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構内には早くもクリスマスツリーが設置されていて、ピアノコンサートが行なわれていた。

今回の伊蔵の京都行きは紅葉が目当てだったが時期を外してしまったようでこの点については失敗だったが、久しぶりに訪れてみてやっぱりよかった。気分的なものだがこの街に訪れるとなんだか不思議と落ち着くのである。伊蔵の住んでいる地域から新幹線を使えば短時間で到着出来るのも大きな魅力だ。

二日間みっちりと歩いた旅であった。
(かなり局地的にしか回れなかったが・・)<完>

伊蔵、上洛す(その17・鞍馬山~貴船)

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『鞍馬寺仁王門』をくぐってしばらく山道を登って行くと、正面に古びた神社と三本の巨木が姿を現わす。『由岐神社(ゆきじんじゃ)』という。天慶三年(940年)鞍馬寺が御所から鎮守社として勧請した神社だという。天下の泰平と万民の幸福を祈念して建てられた。
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神社の拝殿の屋根の骨組は人体の肋骨を思わせる。その門をくぐると先程見えた三本の巨木が目の前に圧倒的な大きさを持って目に飛び込んで来る。末社『大杉社』の御神体である。これほど巨大な木(杉の木)を眺めていると確かにどこか神々しく感じて来るから不思議だ。高さは50メートルを越え、樹齢は八百年だという。
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この神社では毎年10月22日には京都三大奇祭といわれる『鞍馬の火祭』という祭礼が行なわれる。大松明が灯されてなかなか勇壮な祭らしい。
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こちらが『由岐神社・本殿』。御祭神は『大己貴命(おおなむちのみこと)』。なかなか立派なお社だ。伊蔵はさらに山道を登る。
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この鞍馬山の山道は甘く見ると痛い目にあう。特に運動不足の現代人には相当キツイ山道である。伊蔵も例外では無くちょっと急ぎ足で登るとすぐに息が上がってしまう。面白い事にこの山道を登っている観光客はその年齢が高い人程スタスタ登って行ってしまうのである(笑)若年層になる程、クタクタに疲労してしまっており息が荒い・・・。情け無い事だ。
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息が上がろうとも負けじと伊蔵はダラダラ登る観光客を次々に追い越して山頂にある鞍馬寺本殿を目指した。やがて石垣と急な勾配の石段が現れた。これを登るとようやく『鞍馬寺本殿金堂』である。
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この石段に至って多くの観光客の歩く動きがモノ凄く緩慢になっていて面白かった。まさに疲労困憊って感じである(笑)ここへ訪れるには履いて来る靴等もそれなりのものが必要だし水分補給の用意もしておいた方がよい。
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やっと『鞍馬寺本殿金堂』の境内に到着。ここからの洛北の山々の眺めは素晴らしい。しかし観光客達はまず景色を楽しむよりも疲労回復の方が大切らしく、境内はさながら疲れきった人々の避難所のような様相を呈していた(笑)この『鞍馬寺本殿金堂』がある場所の標高は410メートルでかなり高い場所だが伊蔵が期待していた程の紅葉は見られなかった・・。ちなみに鞍馬寺の入口の『仁王門』から『本殿金堂』までの標高差は160メートルであり、歩いて来た距離はたったの1キロ弱でしかないが、かなり疲れた。
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『鞍馬寺本殿金堂』から鞍馬山を越えて向側の『貴船』に至るにはさらにここから400メートル程を歩かないと頂上に達する事は出来ない。伊蔵は本殿脇に続く道を進む事にした。
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この先には鞍馬寺の『奥の院』がある。鞍馬山の最奥地という事になる。ますます観光客達の歩くスピードは落ちて来ているようであった。それに伴い山道が渋滞する事もしばしば。
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鞍馬山頂上付近には上の写真のような『木の根道』というものが見られる。岩盤が硬くて根が張れ無い杉の根が地表に現れたもので山道に網の目のように根が出ているという珍しい場所だ。しかしこれは歩くのが難しい(笑)下をよく見て歩かないとつまずいてコケかねない・・。この『木の根道』を過ぎると『貴船』まではずっと下り道となる。
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しかし下りだからといってラクだとは必ずしもそうは言えないのである。なぜならばここまで登ってくるまでに大腿部や脛の筋肉はかなりの疲労状態となっており、急いで下ろうものなら足の筋肉が笑ってしまいこれまたコケる危険性が大なのである。伊蔵は極力ゆっくり下る事にする。
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しばらく下ると『僧正ガ谷・不動堂』が見えて来る。ここ僧正ガ谷は牛若丸(義経)が天狗を相手に剣術の修行に励んだといわれる場所である。またこの『不動堂』で初めて牛若丸と鞍馬の天狗が出会ったのだという伝説がある。杉の森に囲まれたとても静かな場所だ。
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不動堂からさらに下ると同じようなお堂が見えて来る。これが鞍馬寺の『奥の院・魔王殿』といわれるものである。650万年前、金星より地球の霊王として天降り地上の創造と破壊を司るといわれる『護法魔王尊』を祀ってある場所。説明を読んでると宇宙人ぽいのだが(笑)
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魔王殿を越えると山道はいよいよ急勾配で下るようになる。足元に気をつけながらさらに伊蔵は下って行った。しばらく下り川のせせらぎの音が聞こえる様になればこの一種の修行のような鞍馬山越えも終わりが近いという事である。川の音は『貴船川』の流れの音だ。
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貴船川に架かる赤い橋が山越えの終点だ。貴船側からの参拝出発点がこの場所になる。どちらかというと貴船側からの登りの方がキツイと思われる。そろそろ伊蔵の京都の旅も最後に近付いて来た。旅の最後に『貴船神社』へと向かう事にした。<つづく>

伊蔵、上洛す(その16・鞍馬へ)

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伊蔵はひたすら『鴨川』の遊歩道を北上し、ようやく叡山電鉄『出町柳駅』に辿り着いた。叡山電鉄は鞍馬方面に向かう『鞍馬線』と比叡山方面へ向かう『叡山本腺』の二路線がある。今回伊蔵が向かう路線は勿論『鞍馬線』だ。何年か前の秋、伊蔵は京都に訪れた時、この叡山電鉄に偶然乗ってみたくなり鞍馬へ向かった事があった。その時電車の車窓から眺めた美しい『紅葉』がいまだに忘れられない。今回は訪れた時期が少し早かったようだがちょっとは色付いているだろう・・と期待に胸を膨らませながら切符を手に入れる。

『出町柳駅』~『鞍馬』間の料金は410円。所要時間役30分の電車の旅だ。紅葉シーズンにこの電車に乗ると『市原駅』と『二ノ瀬駅』の間に『もみじのトンネル』と呼ばれる区間があるのだが車窓から外を眺めると息を飲む程に紅葉が美しい。伊蔵が以前に見たのもこの場所からの眺めだったのだろうと思う。

切符を購入し改札を抜けホームに向かうと、電車はまだ到着していなかったが鞍馬に向かう観光客の列がすでに出来ていた。やがて電車が到着し伊蔵は乗り込んだ。運良く席に座る事が出来たが車両は観光客で満員になってしまった。伊蔵が乗り込んだ叡山電鉄の車両は『デオ810形』という二両連結の電車だった。以前に訪れた時はもっと古い車両でベージュとグリーンのツートンカラーのレトロな感じのいい電車だった憶えがある。

電車はしばらく北を目指して走り、『宝ヶ池駅』を通過すると今度は緩やかに西へと向かう。レールの進路にはいよいよ山塊が迫ってくる。山の手前にはちょっとした平地が広がり、住宅地となっている。この辺りは『岩倉』と呼ばれる地名で、『岩倉具視(いわくらともみ)』が5年程幽凄した場所として知られている。幽凄した建物も残っている。

『岩倉』の平野を過ぎると路線の両側は山に囲まれ森の中を走る様になる。伊蔵は注意深く山の紅葉を眺めていたが、ところどころ紅葉はしているもののまだまだといったところであった。山の方にさえ来ればとは思っていたがどうやら甘かったようだ。車内の観光客はちょっとでも色付いているモミジを見つける度に歓声をあげていたが、本当のシーズンになると綺麗過ぎて溜息が出るのが普通だ。
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電車に揺られて約30分後、伊蔵は終点の『鞍馬駅』へと降り立った。京都市街地とは違ってやはりヒンヤリとして空気が違うようだった。駅の駐車場には巨大な天狗の頭が鎮座しているのだが残念ながら撮影を忘れてしまった・・(笑)
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駅から少し歩くと『鞍馬寺』の山門が見えて来る。山門前には様々な土産物屋や旅館、料理屋が軒を連ねており、非常に活気がある。
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伊蔵の目の前に鞍馬山の入口『仁王門』が迫って来た。要するにこの門が俗界と浄域との境となるわけである。
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鞍馬寺、正確には『鞍馬弘教総本山鞍馬寺』という。
『千手観世音菩薩』『毘沙門天王』『護法魔王尊』の三位一体を本尊(鞍馬寺では尊天と称している)とする。しかしそういった事よりこの寺を有名にしているのはやはり『牛若丸(源義経)』ゆかりの寺だという事であろう。『源義経』は河内源氏の棟梁『源義朝(みなもとのよしとも)』の九男で『平清盛』と戦った義朝が『平治の乱』で敗れた為、幼くしてこの『鞍馬寺』に僧となるべく預けられた。しかし同じく伊豆に流されていた義経の腹違いの兄『源頼朝』が平氏を討つべく挙兵すると一緒に源氏再興の為に戦う事となる。
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伊蔵は『仁王門』をくぐり入山した。ここ鞍馬山では『愛山料』として200円を徴収される。『仁王門』をくぐると道は二つに別れる。歩いて山道を行く道とケーブルカー方面への道である。伊蔵は歩く道を登る事に。こういう場所はやっぱり歩くべきであろう。
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鬱蒼とした鞍馬山の森は残念ながら紅葉していなかった。シーズンともなれば燃えるような赤色にモミジが染まっていることだろう。非常に残念だった。伊蔵は急な山道を息を切らしながら一歩一歩登って行った。<つづく>

伊蔵、上洛す(その15・高瀬川一之舟入/錦市場)

『京都ホテル』の裏手に伊蔵が今日朝から歩いて来た『高瀬川』の源流というべき場所がある。この場所から鴨川の水を引き込んでいるという訳だ。
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その場所は現在『高瀬川一之舟入』という史蹟となっている。この場所には大きな舟溜りといわれる池があり、その池の脇に感じの良い料亭が数軒建ち並んでいる静かな場所だ。
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『高瀬川一之舟入』のすぐ近くにはこの高瀬川を造った『角倉了以(すみのくらりょうい)』の別邸跡もある。この別邸跡は明治期には『山県有朋』の第二無鄰庵として使われていた。邸内には立派な庭園があり、高瀬川の最上流の流れが楽しめる。この庭園を通って高瀬川として京都の町を流れていくのである。現在この別邸跡には『がんこ 高瀬川二条苑』という懐石料理をいただけるお店となっている。

この別邸の向かいには『島津創業記念資料館』もある。創業者・初代島津源蔵はこの場所から世界の『島津製作所』の礎を築いたわけである。
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史蹟『高瀬川一之舟入』には水運の往時を偲ばせる『高瀬舟』が繋がれている。文豪『森鴎外』が書いた『高瀬舟』はまさにこれの事である。またこの付近には桂小五郎と芸奴幾松ゆかりの料理旅館『幾松』もある。現在でも二人が潜伏したという部屋が残っているとのことだ。
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次に伊蔵が向かった先は寺町通を少し南へ戻って『錦市場』を散策した。『錦市場』は錦小路通の寺町から高倉通までの東西約400メートルにおよぶ小売市場で生鮮食料品をはじめ、缶物、揚物、京漬物まで様々な物が手に入れられる『京の台所』と呼ばれている市場である。
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伊蔵は『錦市場』に今回初めて訪れたのだが通りの狭さに驚いた。もっと広いと思っていたのだがこれは意外であった。しかし実に沢山の物が売られておりブラブラ歩いて見て回るだけでもとても楽しかった。
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ただでさえ京都の町には旅館やホテル、料亭などが多いのでそういった場所で働く料理人にとってこの『錦市場』の存在意義は大きいだろう。伊蔵は市場を見て歩き寺町通まで戻って来た。錦市場の東の端にあたるがここに『錦天満宮』という神社があった。
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寺町のアーケード街に無数の堤灯に飾られたこの天満宮は繁華街唯一の鎮守社だという。この天満宮も元々は別の場所に建てられていたのだが豊臣秀吉の行なった都市計画によってこの寺町に移された。
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境内を覗いて見た。ビル群に囲まれて少し窮屈そうな天満宮ではあったが建物はとても立派だった。天満宮という事で御祭神は菅原道真公、御利益は学問・商才・知恵・招福・厄除け・災難除けに霊験あらたかだそうである。

ちょっとブラブラし過ぎた伊蔵は今日の本来の目的地である『鞍馬』への道を早歩きで急ぐ事にした。取りあえず鴨川に出て遊歩道を北へと向かう事に。
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鴨川と平行に流れている『みそそぎ川』を見ながら伊蔵は叡山電鉄『出町柳駅』へと向かったのだった。<つづく>

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プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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