2006-12

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伊蔵の『いざ鎌倉!』(その7・さらば江の島)

伊蔵の『江の島散策』もいよいよ終わりに近付いてきた。小さな島ではあったが予想以上に楽しめた。ゆっくり回ったにもかかわらず全ての名所を見る事が出来なかったのは残念な事ではあるが・・・。
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どんどん江の島の山の斜面の道を下った伊蔵は『児玉神社』の脇へと出た。この神社は明治時代の陸軍大将『児玉源太郎』を祀ったものである。
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●児玉源太郎(こだまげんたろう)1852~1906
日露戦争で東郷平八郎、乃木希典とならび英雄視される陸軍軍人。日露戦争時は満州軍総参謀長を務めていた。乃木が長期間に渡って攻めるのに苦労していた二〇三高地を乃木の指揮権に介入する事により攻撃・作戦の変換を迅速に行ない、たった半日でこの高地を陥落させた。この児玉の霊を祀った『児玉神社』は1918年(大正7年)に創建された。
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陽の当たらない島内はもうかなり薄暗く参道の堤灯が灯されていた。伊蔵の今日の計画ではこの後、鎌倉の街を散策する予定なのだがこの陽の沈み方の速さではちょっと難しくなって来た。とにかく先を急ぐ事にする。
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行きの道でも見た『江島神社』の入口、『瑞心門』が見えて来た。麓まで戻って来た事になる。この門の形ちょっと竜宮城の様な感じだ。折角なので門前の階段を上へと上り、門をくぐって見た。
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そこには石造りの『弁財天像』があった。この島に弁財天が祀られる様になったのは鎌倉幕府を開いた『源頼朝』が弁財天をこの江の島に勧請して奥州藤原氏に対する戦勝祈願を行なった事に始まるそうだ。
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『瑞心門』の上から下の参道を眺める。いかんっ!ますます暗くなってきている!先を急がねばならない。伊蔵は石段を下って参道方面へと足を進めた。
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空はまだ夕方の様相なのだが参道は狭い為か非常に暗い(笑)心なしか寒くもなって来た。歩き疲れていた伊蔵は『江の島アイランドスパ』の前の海に面した広場のベンチに座ってタバコを一服ふかしながら休憩した。
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この広場の片隅には『龍』をかたどったモニュメント?がありトグロを巻いた胴体部分が電光掲示板となっている。また口からは炎まで吐き出すという凝ったもの。モニュメントのすぐ裏手は『江の島アイランドスパ』の本館となっている。
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この『江の島アイランドスパ』本館の建物の形はどこかで見た記憶があるなぁ~と伊蔵はしばらく考えていたところ、ローマ式浴場をかたどった物だという事に気が付いた。ローマ帝国の人々は様々な場所に大規模な浴場を造って入浴を楽しんだ民族だった。この『江の島アイランドスパ』はその事ににあやかって建てられたものなのだろう。

伊蔵は『江の島』に別れを告げ、島内から江の島弁天橋を歩いて本土へと向かったのだった。行きにここを歩いた時に閉まっていたおでん屋の屋台、飲み屋の屋台が帰り道では店開きしており狭い空間に丸椅子を詰めて並べて猫背でおでんや干物等をつまみにお酒を楽しんでいる人々を見かけた。こういう光景を見ていると伊蔵もその仲間に入れさせてもらいたい衝動にかられる(笑)

伊蔵は次の目的地へと向かう為、江ノ島電鉄『江ノ島駅』方面へと続く商店街を北へと向かって歩いて行ったのだった。<つづく>

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伊蔵の『いざ鎌倉!』(その6・中津宮/江の島展望灯台)

“天国へと続く自動階段”のような『エスカー』二区間目を登りきると『江島神社/中津宮(なかつみや)』だ。先程見て来た『辺津宮』の社殿とは違い、朱色が鮮やかに目に飛び込んで来る社殿だ。
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『中津宮』の御祭神は『市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)』。創建は853年(仁寿3年)と古いが、社殿は1996年に全面改修されたもの。『江島神社』は庶民の信仰だけでなく商人、芸人の神様として信仰されている為、境内には歌舞伎関係の『奉納石』や『石灯籠』が見られる。静かな境内を歩いて行くと最後の三区間目のエスカー乗り場が見えて来た。これに乗ると江の島の最も高台部分へと達する事が出来る。
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(画像/クリックにて拡大)
江の島の上には様々な施設があった。とりあえず展望が利く休憩所兼レストランの先へと伊蔵は歩いて行った。そこから眺める相模湾(太平洋)はとてもでかかった。
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冬の季節らしく早くも陽が傾きかけていて大きな水平線に太陽の光が反射して眩しい。山と川しかなく海というものが無い県に住んでいる伊蔵にはなかなか見る事の出来ない風景である。しばしその雄大さに心を奪われた。
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この場所からの眺めも素晴らしいが、さらに眺望がよい場所がある。それが『江の島展望灯台』である。
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この『江の島展望灯台』は『江の島サムエル・コッキング苑』という施設の一部に属している。『江の島サムエル・コッキング苑』は元々江の島植物園という施設であったが平成15年に江ノ島電鉄の開業100周年記念事業により、展望灯台の建て替えに合わせて整備されたものである。施設名の“サムエル・コッキング”とはイギリスの貿易商の名前からつけられた。彼は明治ニ年に日本にやって来て横浜で貿易商として成功、この江の島の頂上に和洋折衷の庭園を造ったのだという。

『江の島展望灯台』は展望台と灯台を合わせた鉄骨造のタワーである。
●避雷針頂上部高さ・・・59.8m(海抜119.6m)
●灯台部高さ・・・・・・46.8m(海抜106.6m)
●光達距離・・・・・・・46km(民間灯台では国内最大級)
●展望フロア高さ・・・・41.7m(海抜101.5m)
ざっとこんな規模のタワーだ。そこから眺める眺望は素晴らしい。タワー自体の構造はほとんどガラス張りでタワーの中のどこからでも眺望が利く様になっている。伊蔵はタワー下からエレベーターに乗り込み展望フロアを目指した。
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おおおお!先程見た景色よりタワーに登って見た方が全然眺めた景色の雄大さが違う!う~ん素晴らしい・・・。このタワーから西側を望めば富士山も見えるはずだったがこの時は残念ながらガスっていて見る事が出来なかった。
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こちらは藤沢の境川河口方面を眺めた景色。タワー自体の高さは大した事はないが、江の島の高台に建っている為にかなりの高さから景色を眺めている事になる。
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こちらは江の島海岸と腰越方面の景色。江の島の周りにはこれほどの高台が他に存在しないので360度景色が開けていてどの方向を眺めても素晴らしい。タワーからは多数の『鳶(とんび)』の飛ぶ姿を間近に見る事が出来た。上昇気流を上手く捉えて羽ばたきもせずに宙を舞っている。高い場所から地上の獲物を狙っているのだろう。
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タワーのすぐ下の景色も眺めて見た。上の画像は江の島の南側の磯である。画像を見て頂くとわかるが、海面に見え隠れする多くの“磯”がこの辺には多い。『しらす問屋 とびっちょ』さんの店名の由来になった“跳磯(とびっちょ)”という磯もこの付近にあるのだ。こういった多数の磯は元々は海中に没していたのだろうが、関東大震災の際に海底が隆起した名残りなのだろう。

今回の旅では残念ながら足を運ぶ事が無かったが、このタワーの西にしばらく進むと『江島神社/奥津宮』がある。さらに島の南側の絶壁には『岩屋(いわや)』といわれる海の波の侵食によって崖に穿たれた洞窟が二つあり、洞窟の中に入って見学する事が可能だ。
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伝説ではこの『岩屋』は富士山の『風穴』と繋がっているという噂もある。タレントの『とんねるず』の石橋貴明氏は昔、バラエティ番組でこの江の島の『岩屋』をどんどん進んで行くとハワイの有名ホテル『ハレクラニ』のプールへ続いていると言っていた事があった(笑)

『江の島展望灯台』からの素晴らしい景色を堪能した伊蔵はタワーの下へと戻った。
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江の島には先程述べた様に『鳶(とんび)』も多いが野良猫も多かった(笑)どこの観光地に住む猫に対しても共通している事は“人を怖がらない”という事だ。この江の島の猫達も全くのんびりと暮らしている。餌にも困らず温暖なこの島の気候も手伝って猫達にとってはこれほど住みやすい所はないだろう。

江の島の登りに活用した『エスカー』を逆走する事は不可能なので(笑)伊蔵は島の麓へと続く細い道を下って行ったのだった。<つづく>

伊蔵の『いざ鎌倉!』(その5・辺津宮~中津宮)

『エスカー』の一区間目を越えた所にあるのは『江島神社』の『辺津宮(へつみや)』だ。
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社殿の脇にある池に賽銭箱がありお賽銭を投げて入れるような場所があったので伊蔵は10円を投げてみたが見事にハズレ10円は放物線を描いて池に落下してしまった(笑)まわりの観光客もしきりにお賽銭を投げていたがなかなか賽銭箱の中に入らないものだ。
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これが『江島神社/辺津宮(へつみや)』の社殿。この『辺津宮』の御祭神は三姉妹の女神の内の『田寸津比売命(たぎつひめのみこと)』。江島神社の中では一番下に位置する為、下の社とも呼ばれる。創建は1206年(建永元年)に源実朝によって建てられたという。現在の社は1976年に再建されたものなのでかなり新しくて立派な社だ。
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『辺津宮』の横には奈良の法隆寺にある『夢殿』のような建物、『奉安殿(ほうあんでん)』がある。この中には『八臂弁財天(はっぴべんざいてん)』と『妙音弁財天(みょうおんべんざいてん)』等の木造坐像が安置されている。どちらも鎌倉時代の坐像でちなみに奉安殿に入るには入場料が必要だ。

『八臂弁財天』は源頼朝が文覚上人に命じて造らせたもので八臂(八本の手)それぞれに宝具を持っている。頼朝がこの像を造らせたのは当時奥州(現在の東北地方)で勢力を誇っていた奥州藤原氏を調伏せしめる(祈祷や呪いで敵を下すこと)為で21日間祈祷させたらしい。『妙音弁財天』は岩の上に琵琶を抱えた裸体の弁天様。こういった坐像の中でも珍しいものの内に入るといってよいだろう。音楽や芸能の上達を願う人々の信仰を集めているという。伊蔵は結局『奉安殿』に入ることはなかった。
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景色が開けた場所があったので眺めてみると眼下に江の島大橋と弁天橋が綺麗に見えた。湘南に到着してから思っていた事だがこの辺りはカラスも多いが『鳶(とんび)』が異常に多く空を優雅に舞っている。観光客に被害も与えるらしく注意の看板を沢山見かけた。鳶は山で多く見かけるものだとばかり思っていた伊蔵には意外な光景だった。

『辺津宮』の奥へと続く道を歩いて行くとまたまた『エスカー』乗り場が見えて来た。二区間目のエスカーである。
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なんだか社殿と社殿を結ぶこの『エスカー』が“天国への自動階段”のように思えて来る不思議な感覚に襲われていた伊蔵であった(笑)<つづく>

伊蔵の『いざ鎌倉!』(その4・江島神社参道とエスカー)

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『しらす問屋 とびっちょ』さんで美味しい昼食を頂いた後、伊蔵は再び江の島大橋方面への道を歩き、『江島神社』の青銅製の鳥居をくぐって緩やかな坂道になっている参道を登って行ったのだった。この参道は狭く両側には様々な土産物屋や宿がひしめきあっている。当然観光客も多い為、狭い参道は混雑気味だ(笑)驚いたのはこの混雑の中を原付をたくみに操る業者さんがいて走り去って行くのである。以前に三河湾に浮かぶ『日間賀島(ひまかじま)』に訪れた際もそうであったが、『原付』という乗り物は島での移動手段として非常に便利な乗り物となっている。ここ『江の島』でも例外ではないようだ。

参道沿いには老舗旅館『恵比寿屋』さんなど感じのいい宿があり伊蔵の興味を誘った。特にこの『恵比寿屋』さんは江の島の宿でもかなり古く、創業は江戸初期350年以上の歴史を誇る。明治の元勲達にも愛された宿だという。
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参道は先へ進むにつれ勾配もきつくなって来て『江島神社』の赤鳥居前に突き当たる。
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『江島神社』は日本三大弁財天(広島県:厳島神社・滋賀県:竹生島宝厳寺・神奈川県:江島神社・・・なぜかもう一ヶ所奈良県:天河神社も数えられている)を祀る。『辺津宮(へつみや)』『中津宮(なかつみや)』『奥津宮(おくつみや)』三つの御社殿からなる。御祭神は三姉妹の女神様だそうだ。また江の島のシンボルとして『八臂弁財天(はっぴべんざいてん)』と『妙音弁財天(みょうおんべんざいてん)』が有名だ。
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赤鳥居から先は階段が山中へと続く。歩いて登る事も可能だがこの江の島では歩かなくてもある方法を使って登る事が可能なのである。その方法とはすっかり江の島の名物となってしまった感のある『江の島 エスカー』を活用して登る方法である。エスカー乗り場は赤鳥居前から左折してしばらく歩いた場所にある。
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最初に説明してしまうとこの『エスカー』は何のことは無いただの“エスカレーター”の事なのである(笑)これが原因で観光客の中には『エスカー』という得体の知れない乗物(大概ロープウェイと間違えるらしい)の乗り場へと続く途中のエスカレーターと思ってしまう方がいるらしい(笑)伊蔵は『エスカー』と『江の島展望灯台』のセット券を自販機で購入し、その不思議な乗り物『エスカー』へと乗り込んだのだ。
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これが『エスカー』の全貌である・・・。先程も書いたがこれはまさしく“エスカレーター”だ(笑)間違えてしまう観光客がいるのも分かる気がする。『エスカー』の両側の壁には企業の広告が貼られている。特に特徴的な面もない。
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ちなみにこの『エスカー』は江ノ島電鉄が経営する“上りのみ”のエスカレーターの事。しかも日本で最初に設置された由緒あるエスカレーターなのである。頂上までは三区間(四連のエスカレーター)で結んでいる。料金350円(ちと高い・笑)で江ノ島展望灯台とセットだと750円だ。“上りのみ”なので帰りは徒歩で帰って来るほかない。

石段を一番下から登る事を考えると観光客にとってかなりキツイ。ただのエスカレーターだとはいえこの『エスカー』の役割はバカには出来ないの乗り物なのである。伊蔵はまずこの『エスカー』の一区間目(ニ連)に乗って登り切り、『江島神社』の『辺津宮(へつみや)』の脇へと辿り着いたのだった。<つづく>

伊蔵の『いざ鎌倉!』(その3・しらす料理を堪能)

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次の伊蔵の目的地は『江の島』である。
この島は本土と地続きで『江の島大橋』が架けられている。元々海の干潮時のみ地続きとなったらしいが関東大震災の時に島全体が隆起して常時地続きの島となったのだという。
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江の島大橋の隣に沿って架かる『江の島弁天橋』を伊蔵は歩いた。その道沿いには古びたおでんの屋台が何店かあったがまだ早い時間の為、開店はしていなかった。またこの橋のそばには江の島の南側にある景勝地『岩屋』へと運んでくれる船の発着場があり、年輩のおじさんが観光客相手に客引きしている姿も見えた。橋の西側の海上ではジェットスキーを楽しむ若者がいてエンジン音が喧しかったがこれも一つの湘南名物といったところなのだろう。
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今回伊蔵は初めて『江の島』の土を踏む。本土から眺めた事は何度もあったが今まで足を踏み入れるには至らなかった。その為今回の旅では非常に楽しみにしていた場所である。
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江の島弁天橋を歩いて数分、伊蔵は江の島へと辿り着いた。橋の袂には『江の島アイランドスパ』という天然温泉が涌く入浴施設がある。別館の二階では『廻転寿司十代目まぐろ問屋三浦三崎港 江ノ島店』が入っていて新鮮な寿司ネタを楽しむ事が出来る。まぐろ問屋という事もあってお得な価格で食べられるそうだ。
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それらの施設の先は『江島神社』の参道となっていて青銅製の鳥居が見える。この参道はあとで歩く事にしてとりあえず昼飯を食べる為、島内のお店を物色しながら歩く事に。江の島には様々な飲食店があるが、やはり海産物を取り扱った店が多い。魚はもちろん岩海苔や牡蠣、栄螺などもあった。その中で特に牡蠣は最近の『ノロウイルス』の報道の影響で多くの数が売れ残ってしまっているようであった。

この相模湾で有名な海産物として挙げられるのはなんといっても『しらす』であろう。『しらす』とはカタクチイワシやイカナゴ、ウナギ等の稚魚の総称。加工方法で商品名が違う。穫れたてのしらすを茹で揚げた物は『釜あげしらす』天日に干したものは『ちりめんじゃこ』板状の形ににして干したものは『たたみいわし』といわれる。
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そんな美味しい『しらす料理』を唯一この江の島で食べさせてくれる専門店を偶然伊蔵は発見した。その名も『しらす問屋 とびっちょ』さん。この変わったお店のネーミングは、江の島の南面にある磯のひとつ『跳磯』が由来。“とびいそ”が訛って“とびっちょ”となったのだろうか。『とびっちょ』さんのしらす料理はその日に穫れたしらすのみを使って料理としてお客さんに提供するだけあってかなり有名らしく店の外には席と毛布が貸し出されて客が行列となっていた。

行列が苦手な伊蔵ではあったが土地の美味しいものを頂かなくては遠くまで旅をした意味が無いと思い今回は店頭の順番待ち用紙に記名し、行列に並び待つ事にした。店頭ではしらすを主体とした土産物を漁師家族である『とびっちょ』さんの店員さんが元気良くお客さんに声をかけて売り込んでいた。生のしらすやちりめんじゃこ、手作りの岩海苔、塩辛、佃煮などが売られていた。中でも珍しかったのが『しらすチップス』や『しらす青のり豆腐』といわれるもの。
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特に『しらす青のり豆腐』はこの『とびっちょ』さんでしか手に入らない品で毎日限った数しか作らない為、人気の品の一つになっている。豆腐の中に青のりとしらすが混ざっているだけのシンプルな品だがそれぞれ味の相性が良く美味しく頂ける。

30分程寒風の中を外で待っただろうか。『伊蔵さん』と店員さんの呼ぶ声が聞こえた。やっと店内に入って食事が頂ける!外からお店を眺めると普通の一戸建住宅という感じだったので店内もかなり狭いだろうなと思っていたのだが、はたしてそうであった。一階はカウンターとテーブル席が狭い空間の中に並んでいた。店員さんの誘導で伊蔵は階段を登り二階へ。

二階は本当に住宅の二階という感じで一部屋がフローリングの上に座布団とテーブルを置いただけの座敷席となっており、さらに部屋の外には大きなバルコニーがあっ何席かのテーブル席があった。伊蔵は部屋の中の座敷席に座った。早速メニューを開いてみる。しらすを使った様々な丼物と一品料理が載っていた。すると定員さんがそばに来て本日のお勧めの品を一通り紹介してくれた。

結局伊蔵が数あるメニューの中から選んだ品は『釜あげしらすイクラ丼』と『しらすのかき揚げ』。しらすを一番美味しく頂ける品だと思ったからだ。
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まずは『しらすのかき揚げ』が伊蔵の前に現れた!そのあまりの大きさに伊蔵は驚いてしまった(笑)しかもこの円盤状の特大かき揚げは一人前で二枚重なっているのだ。メインの丼もかなりの大きさが予想される為、食後の伊蔵の腹は『メタボリック状態』になる事が必至であろう・・。このかき揚げは極細にきざんだニンジンをカラリと揚げてあり、その上に生しらすとネギがまぶしてある一品。生姜、大根おろしを天つゆに投入しかき揚げをつけて早速頂く。パリパリのサクサクでとてもウマイ!揚げ物という事でかなりモタれるかと思われたが具が極細に刻まれたニンジンなので案外どんどん食べれる。
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さぁメインの『釜あげしらすイクラ丼』が伊蔵の前にやってきた。盛り付けの色合いがとても綺麗な一品であった。この丼にはセットで『岩海苔の味噌汁』もついてくる。何だかとっても健康に良いメニューだ。

『玉子の殻の中にお好みで醤油かポン酢を入れてかき混ぜて丼にかけてお召し上がり下さい。』

と若い店員さんが丁寧に説明してくれた。伊蔵は『とびっちょ」さんの自家製ポン酢を玉子に投入しかき混ぜ丼にかけて頂く事にした。この丼も大きくて直径が25センチ程もある。釜あげしらすに色が鮮やかなイクラ、ワカメ、ネギ、生姜に大根おろし、ワサビ、ふんだんに盛られた野菜がのる。玉子をかけて適当にかき混ぜながら伊蔵はこの品を味わった。まさに海の丼に相応しい。ちらし寿司の様に味は濃くなくて、しらすの味を壊さずさっぱりとした仕上がりが嬉しい。なかなかイイ感じの丼だった。
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ちなみにもう一つ『とびっちょ』さんには名物丼がある。それが上の画像のその名も『とびっちょ丼』。こちらは海の幸をふんだんに使った丼でちょっとした“よくばり丼”とでもいってよい品である。こちらの画像はたまたま相席となった方に無理を言って撮影させて頂いたものである(笑)

全てを平らげた伊蔵、あまりの満腹感にしばし身動きが取れなくなってしまった・・(笑)
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行列に並んで待ったとはいえ、結果的に食事をしてみて待った甲斐があった。『とびっちょ』さんにも感謝!美味しいしらすを頂きました☆

伊蔵は食後お店の名物『しらす青のり豆腐』一丁を購入し『とびっちょ』さんを後にした。少々満腹気味の伊蔵は江の島をさらに歩いて消化を促す事にしたのだった。<つづく>

●『しらす問屋 とびっちょ』
 所在地:神奈川県藤沢市江の島1-6-7
 営業時間:A午前11:00~ラストオーダー午後20:00
 定休日:不定休
 電話番号:0466-23-0041
 ホームページ:http://www.tobiccho.com/index.html
『とびっちょ』さんの江の島ニ号店『海料理 たこ島』さんも好評!

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プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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