2008-01

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世界における『日本ブーム』と日本の文化の独自性について

う~ん忙しい。なかなかブログ更新が出来ませぬ。

先週の木曜日の晩、伊蔵は友人の“ばってんさん”のお店にいた。案外早く仕事が終わったためである。いつものように伊蔵は職場から歩いてばってんさんの店に向かった。店につくとお客さんはまだ居なくてばってんさんがテレビを見ていた。

伊 蔵・・・・・・『こんばんは』
ばってんさん・・・『まいど~いらっしゃいどうもどうも』

いつもの挨拶の後、伊蔵はカウンターの一番奥の席へ座った。大概L字型のカウンターの端に座るのである。伊蔵は“端っこ”好きなのだ(笑)それにしても最近の寒さは厳しい。伊蔵はばってんさんに味噌ラーメンと鳥飯のセット、瓶ビールを注文。寒い日は味噌ラーメンに限る。ばってんさんのお店の一番奥の壁には薄型テレビが掛けられている。それを見ながら伊蔵はアサヒスーパードライをグラスに注ぎ飲みながら味噌ラーメンを待っていた。

『伊蔵さん、ロシアではなんだか日本ブームらしいよ』

ばってんさんが言うのでテレビを見てみるとちょうど“モクスぺ”放送されているようだった。この日モクスぺで取り挙げられていたのは、

『世界で発見!こんなのアリえねぇ日本大賞!!大誤解?日本のモノが世界でヘンテコ大流行』

という特集であった。なかなか面白そうな特集だったのでしばし見ているとばってんさんの言う通りお隣の国ロシアでは日本ブームのようである。ロシア人が経営する『芸者学校』なるものがロシアにはあるようで紹介されていた。日本人レポーターがロシア人女性に芸者の作法を学んでいる光景が面白かった。しかし多分にロシア人が勝手に想像した“日本芸者の作法”なのでどこかちょっと的外れな作法なのである(笑)しかし作法は的外れだがロシアの女性はとても背が高くて色が白く綺麗で真っ赤な着物がとても良く似合っていた。

この変な『芸者学校』の他にも和食のお店も数多くあるようだ。その中で紹介されていた店には笑ってしまった。高級和食店と銘打っているお店だったが従業員の全員がコスプレをしているという変な和食料理店だったのである(笑)コスプレは多岐に渡っていて日本の女子高生風というものからアニメの登場人物などといった感じで笑える。店内の状況もとても高級和食料理店というものではなく、日本の秋葉原のオタク文化が顕著に見られる様相を呈していた。こういう和食料理店がロシアではとても流行っているという。首都モスクワでは寿司屋をはじめとする日本料理店が500軒を突破している勢いとの事。

しかし緑色に着色した魚卵を鮨のネタとして載せて鮨を皿の上に蛇行させていくつも並べて『イモムシ寿司』と銘打って出すのは見ていて「なんだかなぁ~(笑)」と思ってしまうし、ロシアの焼そばの麺は日本蕎麦の麺がそのまま使われている知って伊蔵はぶっ飛んだ。

ソ連時代から日本は“極東のミステリアスな国”としてロシア人の興味は非常に高かったらしい。ひとつには日本製品の品質の高さというものがロシア人の心の奥底にあって日本文化の信仰となっているようだ。

こうした日本ブームは何もロシアに限った事ではなくインターネットの普及した特に先進国ではかなり流行っている。アメリカの自転車メーカーIRON HORSE(http://www.ironhorsebikes.com/freeride/index.shtml)からは『YAKUZA(ヤクザ)』という名のマウンテンバイクが販売されている。

YAKUZA.jpg
しかもこのYAKUZAシリーズにはランクがあるから面白い。

●KUMICHO(組長)
●SOUHONBUCHO(総本部長)
●OJIKI(オジキ)
●ANIKI(アニキ)
●WAKA GASHIRA(若頭)
●BAKUTO(博徒)
●CHINPIRA(チンピラ)

となっている(笑)自転車のしかもアメリカのメーカーの製品にこのような名称が付けられてしまう事も日本独自の文化の影響力というものなのだろう。

かつて外国人が日本人のモノマネをする代表格的人物といえば『三船敏郎』しかなく映画界では日本はかなりの影響力をもってはいたが昨今の日本ブームはその頃から比べると空前のものといえるだろう。日本という国の文化がなぜここまで世界の国に対してもてはやされるのだろうか。ひとつには日本文化の“独自性”があるのだろうと思う。

日本国は島国である。閉鎖的な土地柄から独自の文化を育む土壌に恵まれていた。大陸における中国やヨーロッパ世界のように異民族に征服される事も無く(日本は攻められた事はあっても征服されてはいない)異民族のよってこれまでの文化が否定される事もなかったし異なる文化同士の融合という事も無かった。しかし最初から日本独自の文化があったわけではなく飛鳥・奈良時代には大陸から文化・技術・宗教・学問など様々なものを積極的に吸収して国の為に役立てていた。その甲斐があって国が安定してからは長い年月をかけて日本独自の文化に変化・熟成されていったものが多い。

島国だけに他の文化の影響を受けにくく熟成には何の障害はなかった訳である。そのせいか日本人は海の向こうからやって来る強力な外圧や文化には最初は過剰ともいえる反応を示したりする。日本史上で例に挙げるならば長い鎖国状態にあった日本に突如として現れたペリーが来航してから以降の幕末期がその顕著な例だろう。

ただしかし過剰に反応はするが逆に素直な順応性を示すのも日本人の特徴だともいえる。学ぶ姿勢ともいえばいいだろうか。戦国時代の鉄砲伝来から数年で大量に国産化しそれを使用したり、幕末から明治維新、そしてそれ以降の急速な近代化、先の大戦後にはその手先の器用さと技術力で家電の多機能化や小型化・クルマ製造の面でいち早く復興し瞬く間に先進国の仲間入りをはたしたりと、ある意味日本も世界中から大元の文化や技術を学びパクって来たといえるのだがパクり方が旨いというかまんまパクったりしないところが謙虚な日本人らしい。海外の文化や技術をアレンジし旨く自分のモノに変えてしまう力が日本人にはあるようだ。

そうやって生まれた日本国内で熟成、ある意味洗練され日本独自の文化に姿を変えたものが今や海外に逆輸入されもてはやされているのである。その流行のスピードはインターネットの普及でとてつもなく速くなって来ている。それはどこか間違った日本感ではあるが日本が文化的に世界の注目を浴びているのは喜ばしい事なのかもしれないし、また当の日本人である我々も日本の独自の古来からの文化に自信を持って世界に胸を張るべきなのかもしれない。日本人より外国人の方が日本通だったりする事も多分にあるので我々も勉強の必要があるようだ。



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廃油で走る!

先日の日曜日に伊蔵は日本テレビの『ザ!鉄腕!DASH!』を久しぶりに視聴していた。その中で興味深い実験が行なわれていた。それは、

『トゥクトゥクVSバイク廃油でどこまでいけるか?』

というちょっとしたエコ企画であった。企画に参加したのはTOKIOの城島茂くんに山口達也くん。この企画ではガソリンを使用せず胡麻油や菜種油、大豆油などの植物性油の廃油のみを使用しそれをそのまま燃料としてどこまで走れるかというもの。行く先々の飲食店に立ち寄っては廃油を貰いそれを燃料に走って行くのである(笑)しかし果たして廃油をそのまま燃料タンクに投入して走行可能なのだろうか??という疑問が伊蔵の頭の中に浮かんだのだがこれがある方式を使う事によって可能らしい事が分かった。

『SVO(ストレート・ベジタブル・オイル)方式』というものがそれである。詳細は省くがこの方式を使えるのはディーゼルエンジンのみようだ。軽油のみでの運転、または廃油のみの運転も可能だし走行状況によって自動で切替える事も可能らしい。それにはディーゼルエンジンをベースに燃料フィルターや燃料の切り替え装置等を取り付けなくてはならない。ある程度廃油も濾してからでないとタンク内に入れられないという事も分かった。

今回の企画で使われていた車両は、
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インド製のバイク『ロイヤルエンフィールド』のディーゼルエンジン搭載(排気量350cc)の日本でも珍しいバイク(画像はディーゼル車ではない)。こちらのバイクには山口達也くんが乗り千葉方面から東京を目指すコースを『廃油」を燃料に走る。
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一方、城島茂くんは東南アジアの街で沢山走っているポピュラーなタクシーであるオート三輪『トゥクトゥク』を駆り大阪から奈良方面へ向かって『廃油』で走る。どちらの車両もすでに『SVO方式』を施してある。だがこの両車は必要以上に目立つ(笑)実際に山口達也くんは飲食店から胡麻油の廃油を頂戴しロイヤルエンフィールドのタンク内に投入していた。そしてキック一発!

『トトトトトト・・・・!』

驚いた事に胡麻油で普通にバイクが走るはないか!う~ん凄い(笑)一方、城島茂くんの方は大阪の住吉神社ちかくの洋食屋さんでコロッケを揚げた廃油を手に入れオート三輪『トゥクトゥク』の燃料タンクへ投入!エンジンをかけるとマフラーからは黒煙が吹き出したものの走行し始めた。城島くんいわくその排気臭は『コロッケ臭』がしたとのこと(笑)バイク、オート三輪ともども廃油を利用して走行は可能であるもののやはり燃費は悪いようだった。綺麗に精製した燃料じゃ無いので不純物も混じっているのだろう。走行状態を見ていても完全に燃焼しているとはいえず明らかに出力不足のように見えた。

城島くんはそのまま大阪市街を走行していたが『新世界』あたりで早くも燃料切れ(笑)ここで彼が廃油を得る為に飛び込んだ飲食店は新世界の串カツ屋『だるま』さんであったがだるまさんで使用している油は『牛脂』といって動物性の油。しかも常温で凝固してしまう為、燃料には適さなかった。そこで城島くんが次に向かった店はなんと!
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あの『酒の穴』さんであった(笑)

ここで『酒の穴』のマスターに相談した城島くんは菜種油と大豆油の廃油を入手。『酒の穴』さんで貰った廃油でオート三輪『トゥクトゥク』は見事に走っていた(笑)しかし“鉄腕”に『酒の穴』さんが登場するとは思ってもみなかったので驚いた。

両者この後も順調に走り山口達也くんは東京まで城島くんは奈良まで走り通した。道中様々な廃油を入れていた。胡麻油、菜種油、大豆油、落花生オイル、オリーブオイルなどなど・・その中で一番走行に適していたのは山口くんいわく大豆油のようだった。しかし落花生オイルには閉口したみたいだな(笑)気温が下がって来てタンク内でオイルが凝固してしまったからだ。タンクにお湯をかけたらオイルが溶けて走ってたけど(笑)

こういう実験的企画は面白いのでまたやって欲しいと思う。出来れば小排気量車で。






名古屋学/名古屋弁について

nagoyagaku.jpg
先日『名古屋学』(新潮文庫)という本を購入し読み終えた。結構面白くて瞬く間に読了してしまった(笑)

◆『名古屋学』(新潮文庫)
・岩中祥史 著(いわなか・よしふみ)
1950年(昭和25年)生まれ。名古屋の明和高校から東京大学文学部に入学。卒業後、出版社に勤務。現在、編集企画会社(株)エディットハウス代表取締役。

数ある『名古屋』をテーマにした書籍と同じような内容なのだが案外地元名古屋に住んでいて気が付かない事や名古屋以外の地域に住む人々の名古屋感というものがどういうものなのかという事が客観的に分かるので面白い。この『名古屋学』では以下の分類で名古屋について書かれていた。

●名古屋の『社会学』
●名古屋の『歴史・地理学』
●名古屋の『経済学』
●名古屋の『経営学』
●名古屋の『言語学』
●名古屋の『栄養学』

中日ドラゴンズと名古屋人の密接な関係や名古屋出身の戦国武将または芸能人について、派手な冠婚葬祭、無数に存在する喫茶店とその特徴について、食文化、名古屋弁(方言)についての解説など細かく書かれていた。中でも面白かったのが『名古屋弁』の部分。

近頃では『名古屋弁』などはあまり聞かれなくなったと地元の人間は思いがちだが気が付かないだけで結構話していたりするものらしい。たびたび伊蔵らが開催しているオフ会で県外の友人と話したりする時にそうした事に気が付くのである。伊蔵は普通に話しているつもりの言葉が友人には通じなかったりといった事が実際にたびたびあった。伊蔵が名古屋弁を話すのは名古屋生まれという事もあるが祖母の影響が多分にあるように思う。

名古屋以外の人々が想像する『名古屋弁』とは「みゃあみゃあ」と猫が鳴いている様に喋るという表現をされがちなのだがこれは間違いである(笑)この誤解は名古屋人の喋り方を誇張してモノマネをしていた『タモリ』のせいであるらしい。伊蔵も純粋な『名古屋弁』をマスターしている訳では無いが大体の事は理解しているつもりだ。ここである「例」を取り挙げて『名古屋弁』に変感してみたいと思う。

ここで取り挙げるのはロボットアニメの金字塔『機動戦士ガンダム』でのワンシーンでガンダムとの最終対決を控えた“赤い彗星”の異名を持つ『シャア大佐』とジオン軍最後のモビルアーマー『ジオング』の整備兵との会話である。ガンダムを知らない方でも標準語の台詞と名古屋弁に変換後の台詞を見比べるだけでも面白いと思うので一度読んでみて頂きたい。『 』内は標準の台詞、( )内は名古屋弁に変換後の台詞である。

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◆整備兵
『80パーセントぉ?冗談じゃありません!現状でジオングの性能は100パーセント出せます!』
(80パーセントぉ?とろくせぁあこと言っとっていかんて!今のまんまでジオングの性能は100パーセント出せるて!)

◆シャア大佐
『足は付いていないな・・・』
(足はあれせんなぁ・・・)

◆整備兵
『あんなの飾りです!偉い人にはそれが分からんのですよ!』
(あ~んなもん飾りに決まっとるがね!えりゃーさまにはそれが分からんのだわ!)

◆シャア大佐
『使い方はさっきの説明で分かるが・・・サイコミュが私に使えるかな?』
(つきゃ~かたはさっきの説明で分かるけどが・・・サイコミュがわしに使えるきゃ?)

◆整備兵
『大佐のニュータイプの能力は未知数です。保証出来るわけありません!』
(てぁ~さのニュータイプの能力はわっかれせんもんだで、ほんなもん保証できすきゃ~!)

◆シャア大佐
『はっきり言う・・・気に入らんな』
(はっきり言わっせるなぁ・・・嫌りゃ~だわ)

整備兵
『どうも。気休めかもしれませんが大佐ならうまくやれますよ!』
(ど~も。気休めかもしれへんけどてぁ~さならあんばよ~やれるんじゃにぁ~あ)

◆シャア大佐
『ありがとう。信じよう』
(ありがとねぇ~。信じるて)

ざっとだがこんな感じになると思う(笑)
他にも有名な『ガンダム名言』を例に挙げると、

◆“青い巨星”ランバ・ラル大尉
『ザクとは違うのだよ!ザクとは!』
(ザクとは違うんだて!ザクとは!)

◆ブライト中尉
『左舷弾幕薄いぞ!なにやってんの!』
(左舷弾幕薄いて!なにやっとりゃ~す!)

名古屋弁が理解可能な人には笑って頂けると思うのだが。
このように標準語を変換して笑えるのは何も『名古屋弁』に限った事では無くその地方地方で使われている方言を使えば面白いに違い無いだろう。方言ってのは実に面白いものだ。


 


伊蔵の『大坂・秋の陣』/その30・最終回/再び鶴橋へ

再び伊蔵は『鶴橋駅』へと戻って来た。近鉄特急停車駅という事と『鶴橋商店街』を見て回りたかったという二点の理由で戻って来ただけではあったが(笑)
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以前にも書いたが鶴橋駅周辺には朝鮮または韓国から移住して来た方が多く住み東成区、生野区、天王寺区の三つの区にまたがる一大マーケットが広がっている。
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その市場は狭い地域にまるで迷路のように広がっている。屋台や焼肉屋、韓国料理専門店、民族衣装や衣料品、雑貨等を扱う店など何から何まで一通り揃っている。特に飲食店の数は限り無く多いので鶴橋駅にはいつもこれらのお店から発生する独特の“香り”に満ちている。鶴橋駅のこの賑わいは環境省の『かおりの風景百選』のひとつに選ばれている。
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おおお!伊蔵の好きな“チヂミ”も売られているぞ!鉄板で薄く広げて焼きたてを販売している。こうして見ると一概に“チヂミ”といってもいろいろな種類があるようだ。伊蔵はニラをたっぷり使用したパリパリとした中にもモチモチと仕上がったチヂミが最も好きである。ビールのおつまみにとても合う品だろう。何よりも材料さえ揃えば誰でも簡単に作れる手軽さがイイ!
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鮮魚を扱う商店も多く見かけた。アワビや鮟鱇などの高級食材の姿も見える。
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鮮魚の他にも海産物加工品なども売られている。この他やっぱり多いのがキムチなどの発酵漬物系、韓国岩海苔、唐辛子や高麗人参などを販売している店だ。異国のムードがこれでもかという程の勢いで漂って来る。
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伊蔵はtakeさんへのお土産として伊蔵も大好物の粉唐辛子と岩海苔を買って行く事に。カプサイシン好きの彼はきっと喜んでくれるであろう(笑)
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『鶴橋商店街』の漂う匂いにすっかり伊蔵はやられてしまったらしく腹が減って来てしまった(笑)幸いここには幾らでも飲食店がある。う~んしかし何を食べようか・・・。伊蔵はしばらく商店街を歩き回りとあるお店に入る事にした。
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商店街のはずれのガード下にある焼肉と冷麺の店『かどや』さん。せっかく鶴橋という場所に来ているのでこの土地のものが是非食べてみたかったのだ。
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しかも伊蔵は日本のいわゆる『冷し中華』は食べた事があるが本場朝鮮半島の『冷麺』というものはこれまで食した経験が無いのである。せっかくなのでここ鶴橋で食べておきたいと思ったのだ。昼食を摂るにはすでに遅めの時間ではあったがかえって『かどや』さんの店内が空いていて良かった。

『いらっしゃい』

柔らかな口調と物腰の優しいおかみさんが伊蔵を出迎えてくれた。奥のテーブル席ではお店で働いているバイト学生だろうか四名程がお店の“まかない食”で昼食の真最中のようであった。休憩中に悪いと思いつつも伊蔵は窓際のテーブル席へと腰掛けた。

『かどや』さんはこの鶴橋のお店の中でもかなりの老舗らしい。特に焼肉に使われるタレなどは創業当時から継ぎ足し受け継がれたものとの事で多くのファンがいるとの事。さて伊蔵が注文した品は何かというと、

●『手打ち冷麺定食(ミニピビンパ付)』・・・1,300円也。

“手打ち”と響きに何となく弱い伊蔵(笑)
今だに食べた経験のない『冷麺』の味。しかもおまけでピビンパも付いてくるという。これは楽しみだ。しばし注文の品が出て来るのを伊蔵は待った。
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そしてその待望の『手打ち冷麺』が姿を現わした。ほほぅ・・伊蔵が想像していた冷麺というのは見た目の彩りというものがモノクロ的というか暗いイメージが多分にあったのだがこれはとても綺麗だし美味しそうに見える。紅生姜と薄くスライスされた玉子にネギにチャーシュー、リンゴ、キムチとなかなか盛り沢山のトッピングに胡麻少々が振り掛けられている。スープもたっぷりで美味しそうな色をしている。麺の色も伊蔵が冷麺で想像していたのは『灰色の麺』(この灰色の麺は蕎麦粉を主原料としているためらしい。つなぎとしてデンプンや小麦粉を加える)であったが少々透き通ってはいるもののこれは普通のラーメンに近い色をしている。
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こちらはセットで付いて来た『ミニピビンパ』。日本では『ビビンバ』と言った方が馴染みある響きに聞こえる。簡単にいうとこれは韓国風山菜混ぜ御飯だ。まぜまぜして頂くと旨い!

さて初めて頂いた『冷麺』の味だが正直微妙であった。スープはあくまでサッパリしていて酸味があり決して不味くはないのだが“パンチ”というものが無い。いやいや『冷麺』のスープにパンチ力を求めるのは間違っているだろう。悲しいかなこのもの足りなさというのはとどのつまり伊蔵はやっぱり『日本人』であるという事なのであろう。全般的に味の濃厚な日本のラーメンのスープにどっぷり馴れ親しんでしまっているという事なのだ。

この本場の『冷麺』はトッピング、スープ、麺のそれぞれ全てが徹頭徹尾サッパリと仕上がってしまっており『具・スープ・麺』が一体となりその味の相乗効果によって旨味が増すという日本のラーメンの味の特徴というものは全くと言っていい程この『冷麺』には無い。このサッパリ感が好きだという人は好きな味なのだろうが伊蔵には残念ながらもの足りなく感じてしまった。決して不味いとは言っていませんよ念の為。しかし正直『ニラチヂミ定食』にしておけば良かったと後悔してしまった。

味に対してもの足りなさを感じたものの残さず完食した伊蔵は御馳走様の挨拶をし『かどや』さんの店を出たのだった。『かどや』さんの焼肉は美味しそうだったが店で独りで焼肉するほど悲しいものはないので食べなかったが(笑)
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『かどや』さんでの食事の後、伊蔵はまた商店街を歩いて近鉄『鶴橋駅』の構内へと戻った。15時36分発の名古屋行き特急の切符を購入し今回の伊蔵の『大坂の旅』は終了したのだった。名古屋には17時51分に到着予定だ。

takeさんに突発的に大阪行きを薦められた今回の旅ではあったがすっかり大阪の街、大阪人の人の良さにハマってしまった伊蔵であった。機会があればまた是非足を向けたいと思う。今回の旅レポも随分長くなってしまっただけでなく報告が年を越してしまい読者の皆さんには面目次第もないです。最後まで読んで下さリ有り難うございました。<完>







伊蔵の『大坂・秋の陣』/その29・司馬遼太郎記念館・後編

司馬先生の邸宅と庭の奥に『記念館』の建物がある。その記念館の手前の庭の一部に休憩スペースのようなものが設けられていた。『記念館ポケットパーク』というらしい。
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そのスペースには植物プランターがいくつかとベンチそれに吸い殻入れが据付けてあり休憩出来る様になっていた。伊蔵はそのベンチに腰掛けタバコに火をつけて一服。森の様な緑の庭を眺めながらの一服は旨かった。
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休憩スペースの片隅には司馬先生の『花供養碑』が置かれていた。


『ふりむけば 又咲いている 花三千 仏三千』
 昭和六十一年春 司馬遼太郎

と刻まれている。さぁそろそろ『記念館』の方へ行ってみよう。
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『司馬遼太郎記念館』の建物の形状は簡単に言えば“三日月型”または“半円型”をしている。
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記念館入口へはその円弧に沿ったアプローチを進んで行く事になる。
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入口へのアプローチはガラスの回廊で囲まれていて南面から溢れんばかりの日光が降り注いでいる。庭にはよく手入れが行き届いた芝生の緑といくつも植えられた樹木が目に入り反対に記念館の外壁に目を移すとコンクリートの打ちっぱなしの無機質かつ非常にシンプルなデザインが飛び込んで来る。
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伊蔵が訪れたこの日は企画展として『二十一世紀に生きる君たちへ』展が開かれていた。記念館の入口を入ると広いロビーがあり左手には小さいながらも喫茶スペースもある。司馬先生の作品やグッズを販売する売店なんかもあったりする。しかし何よりこの記念館で最も圧巻なのが『大書架』と呼ばれる書棚だ。
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地下一階部分から地上二階まで吹抜けとなっている壁一面に書棚が取り付けられていて約二万冊の蔵書が展示されている。司馬先生の自宅に収められている資料本や自著作分の蔵書を合わせると実に六万冊を越えるというからこれまた驚きだ。これらの蔵書を手に取って見る事は叶わなかったが(展示のみ)どれもこれも伊蔵の興味を惹く書物ばかりで読めないのは非常に残念だった(笑)

またこれらの蔵書の展示と合わせて司馬先生愛用の品々の展示もある。例えば直筆の原稿や色鉛筆(先生はダーマトグラフを使用していた)による推敲の跡がわかる原稿、直筆の色紙や絵や先生のトレードマークの眼鏡やバンダナの数々、名刺や万年筆など実に興味深い展示物を見る事が出来た。特に原稿に対する推敲の跡は面白く何度も何度も訂正しては加筆している事が観察出来る。
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生の原稿の段階でもこれほどの加筆と訂正が入るのだが出版社から上がって来たいわゆる初校の“ゲラ刷り”の校正段階でもまた多くの加筆・訂正が入る。そして二校、三校と進む内に文章の余計な部分が削ぎ落とされたり逆に膨らみを持った文章に変化したりと段階を経るにしたがって文章の完成度が高められて行くのである。今回の企画展である『二十一世紀に生きる君たちへ』展のタイトルになっている著作の生原稿の推敲、ゲラ刷り校正の各段階の原稿展示も見る事が出来て、同じ印刷という分野の仕事に携わっている伊蔵にとってこういう偉大な作家の仕事の作業行程を直に見れるという事はとても興味深く、楽しい事であった。

嫌が上にも作家という人達の文章という物に対する“こだわりと頑固さ”と“プロ根性”を見せ付けられて好きなものばかりを長々と書き連ねている伊蔵は恥ずかしくなるばかりであった。もう少し伊蔵も見習わなくてはならないと思わざるを得なかった。

『大書架』の展示室にはテーブルがあり記念館に訪れた人達が感想を書き込む事が出来るノートが何冊か乗っていた。伊蔵も記念館を初めて訪れて考えさせられる事が多かったのでノートを紐解き感想を書き連ねる事にした(笑)ノートに書かれた訪問者の感想を読んでみると遠方からわざわざ訪れた方を始め司馬先生のファンは老若男女実に多岐に及んでいて改めて先生の著作の人気ぶりが伺えて驚く。

新聞記者上がりから日本を代表する歴史作家となった司馬遼太郎氏だが文才は天性のものがあったらしい(産経新聞社の記者時代に氏は『金閣寺放火事件』の取材し記事も書いている)展示物の中には2007年5月に天王寺の上宮学園で発見された校友会雑誌『上宮』30号(昭和11年12月刊)に当時13歳であった司馬先生の書いた作文もあったのだがとても13歳の文章とは思えない表現力に驚きを隠せなかった。この作文の発見は新聞やニュースにもなったので伊蔵も知ってはいたがちょうど記念館でお目にかかれるとは思ってもいなかったのでとても嬉しかった。

記念館内には小さなホールもあり司馬先生に関する十五分程の映像を視聴する事も出来た。映像視聴の他にも定期的に講演会や演奏会などのイベントも開催されているという。

記念館を時間を掛けてゆっくりと見て回った伊蔵は大満足でお腹いっぱいという感じであった。先程ロビーで見かけた喫茶スペースで少し休憩をしていく事にした。大きなテーブルが置かれていてガラス越しに見える外の庭園を見ながら珈琲を飲む。司馬先生の作品も読む事が出来るようにブックコーナーも用意されていてゆっくりと寛ぐ事が出来る様になっている。まさに伊蔵にとっては至福のスペースであった(笑)
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伊蔵は記念館の外へ出て今一度司馬先生の書斎を見に立ち寄った。なぜだか分らないがもう一度その書斎を見てから帰りたかったからだ。
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いつか来て見たいと思いつつ今回初めて訪れた『司馬遼太郎記念館』。伊蔵が先生のファンである事も手伝ってか予想以上に面白く満足出来た。最後に記念館の周りを一周してから伊蔵は近鉄『八戸ノ里駅』への道程を歩いたのだった。
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伊蔵は近鉄『八戸ノ里駅』へと戻ると一旦『鶴橋駅』まで戻る事にした。最後に鶴橋の商店街を歩き回ってから大阪の旅の〆にしたかったからである。<つづく>



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◆『司馬遼太郎記念館』
・所在地/〒577-0803 大阪府東大阪市下小阪三丁目11番18号
・電話番号/06-6726-3860
・開館時間/午前10時~午後5時(入館受付は午後4時30分まで)
・休館日/毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日が休館)
・入館料/大人500円、中高生300円、小学生200円
・アクセス/近鉄奈良線『河内小阪駅』下車、徒歩12分
      近鉄奈良線『八戸ノ里駅』下車、徒歩8分
・ホームページ/http://www.shibazaidan.or.jp/index.html




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プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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