2008-12

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伊蔵の『飛騨高山』単独行・その5/弥生橋~桜山八幡宮へ

高山名物『宮川朝市』を堪能した伊蔵は高山市街北東部へ向かって歩く。高山市内でもこの地区に足を踏み入れるのは初めてだ。
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宮川の支流『江名子川』の小さな流れに掛かる『布引橋』という小橋を渡り古い町並の残る路地を進む。朝からはっきりしなかった天候もすっかり晴れたが少し肌寒い。
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高山市内で古い町並というと上一之町~上三之町辺りだが、そこは観光客の吹きだまり状態でゆっくりと建物を見て歩ける様な場所ではない。今伊蔵が歩いている大新町という地区は人通りこそ少ないもののしっかりと古い建物は残っており、ゆっくりと見て回る事が出来る。上の町家建築は『日下部民芸館』と『吉島家住宅』。国の重要文化財に指定されている。日下部家は天領時代(高山は幕府直轄地で代官所が置かれていた)幕府の御用商人として栄えた商家だったという。江戸時代の建物は火事で焼けてしまったので今現在見る事が出来るこの建物は明治12年に建てられたもので『民芸館』として開放されていて見学も可能。
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こちらは軒先にぶら下がっている『杉玉』からお察しの通り、造り酒屋で『日下部家』と同じく重文の『吉島家住宅』である。吉島家は代々酒造業、生糸、繭の売買、金融業と様々な事業を行なっていた豪商の家だったという。現在の建物は明治40年のもの。どちらの建築物もとても立派な木造建築物だ。

高山市も戦時中に米軍爆撃の被害を受けなかった数少ない都市のひとつ。しかし戦争末期に高山市の上空からまかれた米軍のモノクロ両面印刷の爆撃予告のビラ(このビラは高山市民の手によって保管、現存している)によると高山も遅いかれ早かれ爆撃を受ける運命にあったらしい。爆撃前に終戦になったのは幸いだった。もし爆撃を受けていたらば高山市は現在の様な国際的観光都市ではなかったかも知れない。
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伊蔵はなおも北へと歩いて行った。すると東西に通る大きな参道に出た。地図を見てみるとどうやら桜山八幡宮へと続く参道のようだ。伊蔵は八幡宮方面へと向かってみる事にした。
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伊蔵が進む参道の先に小高い山が見えてきた。麓には大きな鳥居も見える。どうやらこれが『桜山八幡宮』であるらしい。参道沿いにはいろいろなお店が建ち並んでいたが観光客が少なかった。しかし高山市内にこれほど大きな八幡宮があるとはこれまで知らなかった。今まで高山市内でも観光客が多く訪れる中心部ばかりに足を向けていたからだ。
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おお~随分立派な八幡宮・・・。
伊蔵は深い森の中へと続いている参道を奥へと歩いて行った。<つづく>


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新年明けましておめでとうございます

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毎年のごとく旅レポの途中ではございますが・・・

新年明けましておめでとうございます。
本年も『伊蔵通信』をどうぞ宜しくお願い申し上げますm(_ _)m
平成21年 元旦 伊蔵

このブログも四年目に突入しました。
今年はどんな旅に出掛けられるか、旅先でどんな人に出会えるのか。
そしてどんな美味しいものが食べられるのか。
今から楽しみです。今年は『本厄』だけど・・・(笑)


伊蔵の『飛騨高山』単独行・その4/宮川朝市

伊蔵は宮川朝市が開かれている対岸へと行く為に『鍛治橋』を渡っていた。この『鍛治橋』の中程の欄干には奇妙な像が立っている。
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この像は『手長・足長像』の二像。画像は『足長』の像の方(手長像は撮り忘れました)。像のモデルとなっているのは出雲神話に出て来る『足名椎命(アシナヅチノミコト)』『手名椎命(テナヅチノミコト)』だ。この二人は夫婦でありスサノオのヤマタノオロチ退治の神話の中で登場する。この神話については知ってはいたものの、この『鍛治橋』になぜこの像が置かれてのかはよく分からなかった。江戸時代末期、数々の高山屋台造りを手掛けた飛騨きっての名工『谷口与鹿(たにぐちよろく)』によって造られた物だという。
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さて『宮川朝市』だ。高山駅周辺に観光客の姿が少なかったのは、そのほとんどがこの『宮川朝市』か高山陣屋前の『陣屋前朝市』に出掛けている為だったと今更ながら分かった。
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『宮川朝市』は大盛況であった。宮川側には鍛治橋から上流の弥生橋まで白いテントが並び飛騨の様々な名産物、土産物などが売られていた。テントの列の対面に当たるお店も朝市目当ての観光客が集まる為に大繁盛だ。
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テント内ではおばあちゃん軍団が観光客に『寄ってってや~』『食べてってや~』と気さくに声を掛け相手をしている。テント内に並べられた商品を見てみると赤く美味しそうなリンゴにトウガラシ、赤かぶ、いかにも甘そうでそのまま齧りたいと思わせる高山ねぎ等々が揃っていた。試食も簡単に出来るのが嬉しい。これら地の野菜の他にも『飛騨牛の串焼き』を出す店も所々にあったりした。
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朝市の沿道に飛騨牛が焼かれる何とも言え無い香りが漂う。弥生橋のそばの酒屋さんからは店の若旦那らしき人物の呼び込みが響く。その声に釣られて伊蔵も店内へ(笑)この酒屋さんはお酒の品揃えが豊富で見て回るだけでも面白い。『天領』『久寿玉』などの飛騨の酒が並ぶ。思わず飲みたくなってしまうが旅先に着いたばかりなのでここはガマンだ。
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鍛治橋から宮川朝市を眺めながら弥生橋までやって来た。
そういえば二年前・・・この弥生橋下の宮川っぺりに野生の鳩を自由自在に操るオッサンがいたなぁという事を思い出した。そう思い宮川に目をやったが残念ながらこの日“鳩オジサン”はどこを探してもいなかった。<つづく>

伊蔵の『飛騨高山』単独行・その3/高山市内散策

『飛騨国分寺』の境内を出た“国分寺通り”を挟んだすぐ向かい側に飛騨牛で有名な『丸明』の飛騨高山店がある。
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この飛騨高山店では牛肉の販売店である精肉部の他に飲食店もあり飛騨牛を使った料理も楽しめる様になっている。飲食店の方はまだ開店していなかったが精肉部の販売店はすでにオープンしていた。今年『丸明』は前社長の不正競争防止法違反(商品の原産地や品質の虚偽表示のほか、商品の広告や取引に用いる書類などに商品の原産地、品質、製造方法などを誤認させる表示をしたり、表示した商品を譲渡・展示する行為などを禁じる法律)の罪で逮捕されるなどの負の面で全国的に有名になってしまった。

岐阜県と農林水産省は日本農林規格(JAS)法に基づく行政指導を行い『丸明』は9月17日まで小売店やレストランの営業を自粛した。事件以後、『丸明』では会社組織の見直しを行ない 一部の役員の独断で重要事項が決定される事が無いよう、各部門ごとに責任を置きその責任者の合議のもと情報の共有と商品の管理の徹底を行うように改めた。現在飛騨牛のブランドイメージの回復と失った信用を一日も早く回復する為に従業員一同努めている。
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そんな事件があった事が嘘の様に『丸明』飛騨高山店の精肉部販売店は観光客でごった返していた。ここ高山は飛騨牛の本場である事に加え、このお店が高山の観光スポットとしての側面が強い為、観光客が多く立ち寄るのだろう。販売店のすぐ脇には巨大なガラス張りのケースが設置されていて巨大な一頭の牛の像が飾られている。飛騨牛の祖『安福号』という但馬牛である。この一頭の牛のお蔭で飛騨牛がブランド化出来たという偉大な牛である。

丸明飛騨高山店を横目で見つつ伊蔵は引き続き高山市内を歩いた。高山行きに際して予めtakeさんから『高山ラーメン』の美味しい店を紹介されていた。行列必至のお店と聞いていたので場所を下見する必要があった。
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それがこの『つづみそば』さん。高山ラーメンの店としては大変な人気店という事で知られている。店の場所は確認した。開店時間は11時30分というのも確認。噂通りの人気店という事であれば少なくとも開店30分前には並ばねば伊蔵お得意の“一番槍”入店は叶わぬだろう。本日は別の店に訪れる予定がある為、一番槍決行は明日の開店時間前だ。

『高山ラーメン』は以前から何軒か立ち寄ってみたいと思っていたので旅の前に市内のラーメン屋を何軒かピックアップしておいた。有名店だとだいたい的が絞れて来るもの。そんな中で伊蔵が候補に挙げたのが先程の『つづみそば』の他に、●桔梗家●やよいそば●まさごそば●豆天狗などであった。中でも桔梗屋は『高山ラーメン』のお店として一番行きたいと考えていた。桔梗屋さんのお店の場所は奇しくも伊蔵が今晩宿泊するホテルのちょうど裏手の狭い歓楽街の中にある事が分かり出掛けるにはちょうど良かった。
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その『桔梗屋』さんは本当に狭い路地にひっそりとした感じで佇んでいた。周りは全て居酒屋かスナックなどの飲み屋ばかりに囲まれている。
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本当にこの小さなラーメン屋が人気の店なのか疑ってしまう程の立地であった。伊蔵は『桔梗屋』さんと今夜宿泊の宿の場所を確認した後、高山市内を流れる宮川に掛かる『鍛冶橋』のたもとまでやって来た。
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流石にこの『鍛冶橋』の辺りは観光都市高山といった感があり、朝から観光客が詰めかけていて混んでいた。『鍛冶橋』のたもとには小さなみたらし団子を売る店があり観光客に大好評だった。伊蔵は宮川に掛かるこの『鍛治橋』に少しずつ足を踏み入れた。
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宮川の対岸の川沿いが何やら騒がしい。白いテントがいくつも立ち並び観光客でごった返している。それは『宮川朝市』であった。この季節『宮川朝市』は早朝7時から正午まで開いている。二年程前にtakeさん、たいがぁ氏、アキラ氏とこの高山市内を見て回った時には時間が合わずにすでに朝市は終了しており見る事が叶わなかった。その朝市を今回初めて見る為に伊蔵は『鍛治橋』を早足で対岸へと向かったのだった。<つづく>


伊蔵の『飛騨高山』単独行・その2/高山駅着・飛騨国分寺へ

JR高山本線始発の普通列車高山行きの列車に揺られながら伊蔵は飛騨川沿いを順調に北上していた。外は早朝という事で肌寒かったが列車内はヒーターが効き過ぎ気味でとても暑かった(苦笑)。列車はゆっくりと各駅停車で進んでいたが列車に乗って来るのはわずかな乗客のみ。ほとんどガラガラの状態だ。下呂温泉に向かう老人に高校生が主な乗客。伊蔵のような旅人はいなかった。

窓外に流れ去る風景を眺めながら、また本を読みながら、はたまた寝ながら長い列車旅を伊蔵は過ごした。午前7時半頃列車は『JR下呂駅』へと到着。早朝の為か全国的に有名な温泉地であるこの駅でも乗客はさほど乗っては来なかった。列車は狭い山あいを縫う様に飛騨川沿いを北へと進む。北へ向かうにつれてどんどん気温下がって来るのが分かった。眼前の大きな山肌の樹木も赤く染まって来る。それはまるで東山魁夷の日本画を見ているかの様な紅葉の美しさであった。
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JR美濃太田駅を出発した列車は定刻通り2時間33分後の午前8時49分『JR高山駅』へと到着した。改札口を出るとさすがに空気が肌寒かった。伊蔵は駅のコインロッカーに荷物を預け身軽にしたところで高山の街を散策する為に歩き始めた。取りあえず伊蔵は『国分寺通り』を東へと歩き、『飛騨国分寺』へと向かった。
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飛騨国分寺は高野山真言宗の寺院で正式には『醫王山 飛騨国分寺』という。歴史はかなり古く飛騨で最も古い遺構である。聖武天皇の国分寺建立の詔が発せられ行基によって8世紀頃に建立された。約1250年以上の歴史がある。“国分寺”とは聖武天皇が国状不安を鎮撫する為に“国分尼寺”とともに全国に建立を命じた寺院の事である。ちなみに伊蔵は何度か高山へ訪れているがこの『飛騨国分寺』を訪ねるのは初めての事である。
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『飛騨国分寺』の山門の脇に庚申堂(こうしんどう)がある。そこには猿を象った人形がぶら下がっていた。この人形は『身代わり猿』と呼ばれていて背中に願い事を書いて吊るすと願いが叶うのだという。この『身代わり猿』に似たものとして親しまれているものに飛騨地方で昔から作られており、今ではすっかり飛騨のマスコットとして認知されている『さるぼぼ』があるのは皆さん御存じであろう。
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境内に入ると『三重塔』が聳えていた。天平年間創建当時の塔は七重塔であったらしい。今でもその当時の礎石のみが残る。現在残っているこの三重塔は江戸時代に再建されたもので岐阜県の文化財に指定されている。
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規模こそ小さくなってしまった塔だがその優雅な姿は国分寺のシンボルになっている。もう一つこの三重塔の他に国分寺のシンボルになっているのが樹齢1200年の『大銀杏』である。
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その『大銀杏』は幹の回りは約10メートル、樹高は約37メートルもあり三重塔とほぼ同じ高さを誇る。この『大銀杏』は乳イチョウの俗名があり、乳の出ない母親にこの樹膚を削り与えると乳がよく出るといわれているそうだ。
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うねるような樹表面の窪みにお地蔵さんが埋め込まれる様に祀られていた。非常に窮屈そうだったが(笑)
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この国分寺を建立した行基によって植えられたと伝えられるこの『大銀杏』は1200年を経た現在でも十分に生命力に溢れていた。
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『大銀杏』はまだ色付いてはいなかったがモミジは紅葉していた。観光客達は巨大な大銀杏や三重塔をバックに記念撮影などして見学していたが人数は少ないようだった。まだ午前9時をいくらか過ぎた位の時間だったからかもしれない。時間を経る毎に多くの観光客が訪れることだろう。
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これといってあまり見るものが少なかった『飛騨国分寺』を伊蔵は後にする事にした。さて次は市内のどこへ行こうか・・・あてのない伊蔵の高山市内散策は続く。<つづく>

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伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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