2009-02

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伊蔵の『飛騨高山』単独行・その23/高山ラーメン『つづみそば』

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足早に伊蔵は『つづみそば』さんの店先に向かった。辿り着いたのは開店三十分前の午前11時。店頭にはまだ誰もいなかった。最低でも三十分前には並ばなければいけないと前日の行列を見て思っていたのでこれは正解だった。伊蔵の入店一番槍は確実となった。店先にはベンチが置かれていたので座って待つ事に。

伊蔵がベンチに座ってからすぐに若夫婦とその母親、夫婦の子供ひとりがやって来て伊蔵の後に座った。その後アッという間に次々に人が集まりはじめ凄い行列になってしまった。少し遅れたら一番槍は叶わなかっただろう・・つくづく早く来て良かったと思った。そして開店時間の午前11時30分を迎える頃には行列は10メートル余りに膨れ上がっていた。

『お待たせ致しました。お入り下さい。』

暖簾が掲げられ中から店員さんが声を掛けて来た。伊蔵は念願の『つづみそば』さん一番槍を果たしたのだった。店内はかなり広くて、さっき外に並んでいた行列も一気に中にへ入れそうだった。左側に大きなカウンターと厨房が。伊蔵は例によってカウンター最奥部へと座り『中華そば大盛』(750円也)を早速注文。

店員さんも大変だ。かなりの数のお客さんの注文を聞かねばならないし厨房の中の忙しさも見ているだけで大変そう。でも厨房内ではひとりひとりの作業役割が決まっているらしく流れる様な作業でひとつの中華そばが出来上がっていく。
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そしてやって来たやって来た!伊蔵の注文した『中華そば大盛』。う~ん美味しそう!黄金色の透き通ったスープに高山ラーメンの特徴でもある極細麺、メンマに柔らかそうなチャーシュー、わずかばかりにまぶされた刻みネギ・・・。凄くシンプルな中華そば。

ズルズルっと口の中に吸い込んでみる。さっぱりとした醤油の味が麺に絡んでまさに“中華そば”といった良い意味での飾り気のないやさしい味。これは美味しい。行列が出来るのも分かる感じがする。『つづみそば』さんの創業は昭和31年。以来そのシンプルな中華そばの味を守り続けているという。噂通りの美味しさにあっという間に完食!長居をするのも外に多数並んでいるであろう行列のお客さんに悪いので早々に引き上げる事に。

お店を出ると予想通り先程にも増して入店を待つお客さんの大行列が!これは凄過ぎる。一体お昼だけでどれくらいのお客さんが入るのだろう・・。ちょっと予想が出来ない。でも行列に並んでもこのシンプルで美味しい中華そばを味わってみたいというお客さん達の気持ちは実際に食べてみるとよく分かった。『つづみそば』さん御馳走様でした。<つづく>

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◆『つづみそば』
・住所/岐阜県高山市朝日町52
・電話番号/0577-32-0299
・営業時間/AM11:30~AM2:00 午後5:00~11:00
・定休日/火曜日(祝日の場合は営業)
・高山グルメ情報/http://www17.ocn.ne.jp/~hida39/tsudumi.html


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伊蔵の『飛騨高山』単独行・その22/高山昭和館にて(2)

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これは昔よく見かけた『タバコ屋』さん。タバコのガラスケースが懐かしい。タバコを購入するのはコンビニがほとんどとなってしまった伊蔵にとってこういうタバコ屋さんを訪ねる事が無くなってしまった。小さな小窓にこのタイル張りのガラスケースが備え付けられ、お婆ちゃんが店番をしている風景そのものも少なくなった。その多くが廃業してしまっているからだ。
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『おもちゃ屋』さんではソフトビニール製の人形の品揃えがとても豊富だった。仮面ライダーシリーズも主役のライダーをはじめショッカー怪人も沢山並んでいた。怪獣ものも大切に保存されている。画像はお馴染み“タイガーマスク”の人形。タイガーはじめ伊達直人、赤き死の仮面、ザ・グレートゼブラ(その正体はジャイアント馬場)の姿なども。
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『高山昭和館』には二階展示室もある。二階へと続く階段脇には今でも田舎の家屋の壁に貼られているのを見かける『アース』や『オロナイン』の看板が掲げられてた。二階部分には昔の小学校の教室が再現されていて懐かしい学校備品や道具の数々が置かれていた。全木製の机や椅子、黒板にチョーク、大きな三角定規にソロバン、各種筆箱に弁当箱の変遷など非常に懐かしく興味深いものが多く置かれている。
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ふらりと立ち寄っただけの『高山昭和館』だったがとても楽しめた。
おっと気が付くとそろそろ高山ラーメン『つづみそば』さんの開店時間が迫っている。伊蔵は『つづみそば』さんへと急いで向かったのだった。<つづく>

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◆『高山昭和館』
・住所/岐阜県高山市下一之町6番地
・電話番号/0577-33-7836
・開館時間/AM9:00~PM6:00・年中無休
・入場料/一般・大学生・高校生:500円 小中学生:300円
・高山昭和館紹介ページ/http://www3.ocn.ne.jp/~akinori/swhtml.html


伊蔵の『飛騨高山』単独行・その21/高山昭和館にて(1)

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『高山陣屋』の見学の後、伊蔵は宮川を中橋を渡って跨いで高山市内でも最も観光客が多く訪れる三町の古い町並が並ぶ通りへ行ってみた。狭い通りはやっぱり歩くのも困難な程に混雑していた・・。人混みを掻き分ける様に北へと向かい宮川通りの大通りに出てホッとする。寄り道といっても混雑する場所に行くのは疲れる。フラフラと宮川通りを東へちょっと進んでから左折して路地に入ってみる。すると面白い館と出くわした。
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それは『高山昭和館』という施設であった。昭和という時代の遺産をいろいろと集めて展示、保存しているといった感じの施設。店頭のガレージには伊蔵の好きな古いクルマが並んでいた。どれも戦後日本の高度成長期を代表するクルマ達だ。手前からダイハツのミゼット、マツダのキャロル、富士重工のスバル360。一番奥の赤いクルマはダイハツの三輪消防車。これはちょっと珍しい。
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入口付近のショーウインドウにはこれまた年代物の“原動機付き自転車”が!むむむ・・これは中に入ってみたくなって来た。入場料500円を入口の昔の駄菓子屋風の受付で払い伊蔵は『高山昭和館』の内部へ。建物は表から見た感じとは違い奥行きがあった。
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まず順路に現れるのは“昭和路地裏”と銘打たれた横丁があった。駅前の路地裏横丁をイメージしたもの。伊蔵が懐かしいというにはちょっと世代が古過ぎ気味の感があるのだがこの横丁の雰囲気は好きだ。懐かしい手描きの映画看板や居酒屋、場末の小さなバーなどが最元されている。この路地裏を抜けると今度は“昭和通り”と名付けられた古い商店街を再現した通りに出る。
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この昭和通りには自転車屋、電気屋、タバコ屋、診療所、写真屋、床屋などが建ち並んでいてなかなかの迫力。一店一店詳細に見て行くと懐かしさが込み上げて来る。
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これは小さな自転車屋さん。今ではなかなかこういう小さな自転車屋さんを見かける事が少なくなった。雑多に置かれた自転車の中には“頑丈一徹”な実用自転車や店先に貼られた新型自転車を見ればセミドロップハンドルに油圧ブレーキ、フレーム上に据え付けられた五段変速レバーにフラッシャー付きのスポーツ自転車(これが流行った当時はとても欲しかったのだが買ってもらえなかった)が紹介されていたりと何とも言え無いノスタルジックさを感じざるをえない(笑)“ローラースルーGOGO”があるかと思い探したが無く、ただ単に足で地面を蹴って進むそれに似たような物は展示されていた。

◆ローラースルーGOGOとは??
http://homepage3.nifty.com/hama3/gogo.htm


電気屋さんも非常に興味深かった。家電は特に時代時代の特徴というものが製品自体に現れるので見ているだけで面白い(残念ながら撮影し忘れてしまった)。テレビやラジカセやビデオデッキ、ウォークマンなどの商品だけでなく、洗濯機や炊飯ジャーなどの日用家電も多数展示されていた。洗濯機の脇に装着された二重ローラーをレバーを使って回し衣類を絞って脱水するタイプなどは祖母の家にあった記憶が甦りとても懐かしかった。またそれら家電製品の宣伝ポスターなども一緒に貼られているのがこれまた懐かしくも嬉しかった。<つづく>



伊蔵の『飛騨高山』単独行・その20/高山陣屋(2)

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引き続き『高山陣屋』の二回目。御役所から郡代の役宅方面へ向かう。しかし陣屋内の寒さは堪らない。外の気温が低いのも影響しているのか陽の当たらない陣屋内はとても冷えきっている。冷えた廊下を歩きつつ役宅内へ。
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この郡代役宅は文政13年(1830年)の絵図面をもとに平成3年に復元されたもの。中央から派遣される官僚の住居という事だけあって立派な建物だ。役宅内には大きな座敷の他にもいくつかの部屋に仕切られていた。しかし当たり前だが全てが和室の畳敷きなのであまり部屋の見た目に変化というものがない。変化は狭いか広いかの違いだけで、あとは説明板によってどのような役割で使用された部屋なのかを知るのみ。
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座敷の南側には庭園が設けられている。それほど立派な庭ではなく質素でなおかつ簡素なものだったが広さは相当なもの。冬場など雪が降れば真っ白になって質素でありながらもそれなりの眺めになるのだろう。この庭園に面したいくつかの座敷を見ながらさらに伊蔵は奥へと進む。
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役宅の最奥部には郡代のお世話をする用人達の部屋や女中達の部屋など主に下働きの人達の為の部屋があり、さらに奥には巨大な台所があった。郡代だけでなく役所で働く役人達の食事を賄う為なのか台所の広さはかなり広い。復元された竃や、発掘された茶碗やそのほかの器などの展示もあり当時の役人の日常の食生活を想像する事が出来る。
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台所脇にはこれまた大きな土間があり食材の保存や仕分けが出来るスペースになっていたようだった。う~むこれ程巨大な台所で生み出された食事とはどの様なものだったのだろう。地元の山の幸かはたまた日本海の幸か・・それともとても質素な食事だったのか。想像は膨らむ。台所を後にして再び御役所方面へ向かって歩く。
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これは御役所内でも一番の広さを誇る大広間。書院造りの三室からなるこの広間は公式の会議等に使用されたという。
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大広間の上段の間に当たる部分の床の間には『忠』と『孝』と大書きされた掛け軸が掲げられていてさすがに地方の司法や行政を担った江戸時代の御役所らしい。大広間を見た後に向ったのは“南の御白洲”と吟味所。民事の問題を扱った“北の御白洲”とは違い、こちらでは刑事事件を扱った御白洲だ。
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時代劇でお馴染みの“責め道具”の数々が展示されている。罪人を護送する為の“駕篭”やノコギリ状に作られた板の上に罪人を正座させ『抱き石(一個40キロもある)を膝の上に次々乗せ罪人の自白を強要する『責台』などを間近に見る事が可能だ。見るからに痛そう・・。この御白洲ではカツ丼なんてものは絶対に出て来ないだろう(笑)“南の御白洲”を見た後、伊蔵は『高山陣屋』での最後の見学場所である『御蔵』へと向かった。
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高山陣屋の敷地内の南側に位置する『御蔵』は元禄8年(1695年)高山城の三之丸から移築されたもので年貢米の貯蔵庫として使用されたもの。巨大な平屋建ての蔵で、使用された年代、規模ともに全国でも最古・最大の米蔵といわれている。全部で一番蔵から十二番蔵まであったようだが現在は五・六・七・八番蔵以外の蔵が残っている。それぞれが別棟ではなく巨大な一個の蔵の中が番号毎に仕切られている為、外から眺める『御蔵』の見た目の巨大さは相当なものだ。外壁は分厚い土壁で覆われ、屋根は瓦ではなく細長い板をいくつも重ねた『板葺き』である。
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『御蔵』の内部へは“九番蔵”から入った。九番蔵内部は年貢米の米俵(ダミー)が満載されていた。ひと蔵で2,000俵もの米俵の貯蔵が可能だといわれる。御蔵の各蔵内ではこの他にも高山城の復元模型や陣屋所蔵の各種文書や記録、地役人の具足や装束などの展示を見る事が出来る。

小一時間ばかりで『高山陣屋』の見学は終わった。陣屋の外に出て時刻を確かめると本日寄ろうと考えている高山ラーメンのお店『つづみそば』さんの開店時間まではまだ少し時間がある。そこで少し寄り道をしてから『つづみそば』さんへと向かう事に決めた。<つづく>

伊蔵の『飛騨高山』単独行・その19/高山陣屋(1)

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さて『高山陣屋』を巡ろう。伊蔵がこの高山陣屋を訪ねるのは何度目だろう。多分三度目かと思う。先にも書いたように飛騨高山は戦国武将『金森長近』がこの地に入ってから金森氏が代々治めてきた。その統治は6代106年間続いたがその後、飛騨高山は江戸幕府の直轄領(天領)となり幕府直轄の役所(郡代・代官所)が置かれる事となった。その役所が『高山陣屋』である。金森氏の下屋敷跡に建てられたという。
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元禄5年(1692年)に直轄領となった高山はこの高山陣屋を中心にして明治維新まで江戸から派遣された代官や郡代によって行政、財政、警察などの政務が行なわれ、維新後もこの建物はそのまま地方官庁として使われていた。全国に沢山あった郡代・代官所だが当時の状態で遺っているのはこの高山陣屋のみという事で国指定の史跡となっている。
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入場券を420円で購入し陣屋内に入ってみた。役所というよりどちらかといえばお寺っぽい(笑)。おおまかに高山陣屋はどんな建物から構成されているのかを紹介すると、治安や行政を行なう御役所、中央(江戸)から派遣されてきた郡代のための役宅(住居)、年貢米を貯蔵する巨大な御蔵の三つからなる。まずは高山陣屋の中心部である『御役所』から中に入ってみる。

入口で靴を脱ぎ、例によって用意されたビニール袋に靴を入れてから中に入る。建物内は外よりもとても冷え込んでいて大変寒かった。底冷えする寒さがこれまた役所っぽさと何となく合っているように思われた。役所内に入ってすぐにあるのが時代劇でお馴染みの『御白洲(おしらす)』。
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こちらの御白洲は“北の御白洲”と呼ばれていて金銭や土地に関するトラブルなど主に民事関係の取り調べを行なっていた場所らしい。
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『遠山の金さん』や『大岡越前』などの時代劇ドラマのイメージが強過ぎる為か御白洲の狭さと役所の間に格子窓があるのが意外だった。民事トラブルの当事者双方の申し立てや言い分をこの格子窓ごしに役人が聞いて記録し、吟味した後に追って当事者達に沙汰するというシステムなのだろう。こことは別に刑事関係の取調べを行なったとされる“南の御白洲”については後程紹介しよう。<つづく>

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伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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