2009-09

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信州長野・上田の旅/その3・『刀屋』で蕎麦を味わう(2)

上田市の数ある蕎麦屋の中でも有名店である『刀屋』さんの店内奥のテーブル席に一人座り伊蔵は注文した『真田そば』が出て来るのを店内の様子を観察しながら待っていた。待っている間にも次々にお客さんが押し寄せてあっという間に店内は人で一杯になってしまった。いつもながら早めに出て来て良かったなと思う。『刀屋』さんで働く店員さんは女将さんをはじめ皆テキパキと動き見ていて気分がイイ。やがて・・・
伊蔵の目の前に待望の『真田そば』(900円也)が運ばれて来た!
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う~む・・噂通りに大盛りに盛ってある。いや違う!この『刀屋』さんではこれがあくまで“普通盛り”に相当するのである。普通の蕎麦屋で出される量に比べこれは明らかに量が多い(笑)しかし普段から普通の蕎麦屋で出される蕎麦量はちょっと少なく腹が膨れないと感じている伊蔵にとってはこの『刀屋』さんの普通盛りの蕎麦の量は丁度良く感じられた。1961年(昭和36年)創業以来一貫して『普通盛りで一般店の大盛りの量を安くお客さんに提供する』というのがこの『刀屋』さんの信条なのだそうである。

さてこの『真田そば』の紹介に移ろう。
盆の上に乗るのは丸い器の上に盛られたざるそば。『刀屋』さんの蕎麦の麺は田舎ならではといった感じの良い意味で荒削りな蕎麦で打ち方もかなり太目。コシも強いので口の中に入れてしっかり噛んで味わえるワイルドな雰囲気が漂う蕎麦である。普通の蕎麦つゆの入った徳利の他に、淡く色の掛かったかつおだし汁が入った碗がひとつ、それに加えて大根おろしと長葱、山葵が乗せられた小皿がひとつ。
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それにもう一つ丸い器が用意されていた。この丸い器の中に入っているものは花かつおの下地の上に円形に押しつぶした形の味噌が乗っており、さらにその上に小さな“なめこ”が六つ乗っかっている。このなめこが六つ乗っかている様は真田家の家紋である『六文銭』をイメージしているらしい。なるほど!

『真田そば、初めてお召し上がりになられますか?』

おお!店員のおねえさんがご丁寧にもこの『真田そば』の正しい食し方をアドバイスしてくれるらしい。伊蔵は神妙にその説明に耳を傾けたのであった。おねえさんの説明によればまず、花かつおと味噌となめこが入った碗にかつおだし汁を注ぎ込んで味噌となめこを溶かし、それに自分の好みに合わせて蕎麦つゆを加えて味を調整、薬味を加え蕎麦を付けて食べるというものであった。ほほ~ぅ了解致しました(笑)

味噌風味の蕎麦つゆに蕎麦を付けて伊蔵は食べた事がいまだかつてなかった。一体どんな味がするのだろう。まぁ取りあえずおねえさんから受けたアドバイス通りに味噌となめこの“真田六文銭”をかつおだし汁で溶かし蕎麦つゆを混ぜて伊蔵なりに調合を済ませた。そして普通盛りというにはあまりにも山盛りな蕎麦を崩さない様に手繰り“味噌風味蕎麦つゆ”に付け、伊蔵は味覚の未体験ゾーンへ・・・。

思っていた程には味噌の味がたっていなくてくどく無くサラリと頂く事が出来る。それでいて味噌を溶かす事によって普通の蕎麦つゆにはない独特なコク・甘さの様なものがそこには生まれ実に不思議な感覚の味であった。何だか薄い胡麻だれに蕎麦を付けて食べている様な?そんな味だったがこれはこれで美味しく頂ける。よく蕎麦屋で出される酒肴としての“蕎麦味噌”は知っていたがこの様にして食べるのは初めてであった。なかなか渋く美味しい蕎麦であった。しかし蕎麦の量が量だけに蕎麦つゆを必要以上に消費してしまい調整に苦労した(笑)

『真田そば』の普通盛りを全て平らげた。これを平らげるとさすがに腹が膨れたが、やっぱり蕎麦屋に来て食後の蕎麦湯は外せない。熱い蕎麦湯を残りの蕎麦つゆに混ぜてズズッ・・と一服やっていると店内には続々とお客さんが詰めかけて来て伊蔵の座っていた狭いテーブル席にもカップルがやって来て相席になってしまいゆっくりと蕎麦湯を味わっている余裕も無くなってしまった(悲)引き上げるとするか・・
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女将さんに会計を済ませ御礼を言って『刀屋』さんから外に出ると外には入店待ちの人の列が出来ていた。伊蔵は『真田そば』で満載になった腹を抱えて再び上田市内を彷徨う事にしたのだった。『刀屋』さん美味しくそして山盛りのお蕎麦ご馳走様でした!<つづく>

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◆『刀屋そば店』
・店主/二代目:高桑 功さん
・住所/長野県上田市中央2-13-23
・電話番号/0268-22-2948
・営業時間/午前11時~午後6時
・定休日/日曜日
●1階テーブル席19席●1階小上がり3席●2階座敷2部屋16席
※大盛りを注文時はそれなりの腹準備をしてから出掛けましょう。
●ぐるなびURL
http://rp.gnavi.co.jp/sb/3004709/
●そばの散歩道/にっぽん蕎麦紀行より
http://www.nichimen.or.jp/kikou/01/02.html


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信州長野・上田の旅/その2・『刀屋』で蕎麦を味わう(1)

上田市に降り立って早々に伊蔵が向かおうとする蕎麦屋さんの屋号は『刀屋』さんという一見蕎麦屋らしからぬ名称のお店。この上田市の蕎麦屋ではかなりの有名店でお昼時ともなれば行列が出来るとの事。午前11時が開店の時間なのでいつもの事ながらその前には上田市に到着し開店前に並ぼうと伊蔵は考えていた。JR上田駅からゆっくりと歩いても10分程しか掛からない距離に『刀屋』さんはあった。
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青い瓦屋根に古ぼけてイイ味を出している看板、店頭には日射し避けのヨシズが立て掛けられている。どこにでもある様なお蕎麦屋さんだ。この一見何の片鉄も無い蕎麦屋が有名な理由は二つある。一つは普通の蕎麦屋さんではお目にかかれない程の“大盛り蕎麦”が安く食べられる事。そしてもう一つはこの『刀屋』さんの蕎麦の味を時代・歴史小説作家の故・池波正太郎先生が愛し、足しげく通った店であったという事である。『刀屋』という珍しい屋号はこのお店のご主人のご先祖が日本刀やその鍔(つば)を造る鍛冶職人であった事に由来しているという。
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大盛りの蕎麦を出す店は上田にもう一軒『草笛』さんという有名な蕎麦屋さんがあるのだが、伊蔵は前からこの『刀屋』さんに訪れてみたかったのでこちらに決めたのだった。この『刀屋』さんの事は池波先生自身が書き残したのエッセイ『むかしの味』(新潮文庫)という文庫本で初めて知った。池波先生は小説家でもあり、またかなりの食通として知られている。池波先生は小説執筆の為の取材で日本各地を訪れてはその土地土地の美味しい物を味わいそれについて数多くエッセイとして書き残しておられる。
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池波先生がこの上田の町に何度も足を運んだのは長編小説『真田太平記』の取材の為であった。エッセイ『むかしの味』によるとその取材で上田を訪れた池波先生は上田市役所の観光課の方に初めてこの『刀屋』さんを紹介されたらしい。それ以来この蕎麦屋が好きになってしまった池波先生は上田市に来ると『刀屋』さんに通い蕎麦を食べる事が多かったようだ。

伊蔵が池波先生の愛した蕎麦屋に実際足を運ぶのは東京の神田にある老舗蕎麦屋『まつや』さんに続きこの『刀屋』さんで二軒目になる。池波先生の時代小説はほとんど読んでないのに(笑)食べ物に関するエッセイは面白いので結構読んでいるだが・・・。

今日も入店“一番槍”だな・・と悠々と『刀屋』さんの店頭に向かうとなんと!先客が一人いるではないか!日射し避けのヨシズの内側に置かれた客待ちの長椅子に中年の女性が本を読みながら開店を待っていたである。

くぅ~~やられた・・・。まぁ仕方が無いという事で女性の横に静々と座る伊蔵であった。伊蔵の前に座る女性は『刀屋』さんの常連らしく、店頭に顔を出して来た女将さんと親しく談笑していた。開店15分位前になるとチラホラとお客さんが店の前をうろつき始め列に並び始める。お店の中からはホンノリと鰹の出汁の良い香りが漂ってきていてまるで列に並ぶ我々の食欲をそそっているかのようだった。
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やがて店員さんに促され店内へ。『刀屋』さん開店と同時に入店出来た。入口を入ると左手に厨房、右手奥には池波先生がよく利用したという小上がりの座敷席があり、中央はテーブル席が並んでいた。昔懐かしい落ち着いた蕎麦屋といった雰囲気がとてもいい。伊蔵は一番奥のテーブル席へと通された。一応早速お品書きに目を通す。
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お品書きは店内に掲げられた額にも書かれている。蕎麦も各種あるがうどんも頂ける様だ。もりとざるがメインだがその盛り方には『小』『中』『普』『大』の四段階に分かれている。『刀屋』さんではお客さんを見て盛り方を判断する事がしばしばあるらしいとの情報を得ていた。

例え『大』を注文したとしても一言『うちの大盛りを御存じですか?』と店員さんに問い返される(実際店内で伊蔵はこれを聞いた・笑)池波先生はエッセイの中で“私などは、並のもりが精一杯だ”と書かれておられるが、この四段階のうち『並』がどれに当たるのかがよく分からない・・(多分『中』くらいかと思う・・いや小かもしれない)

とにかくこの『刀屋』さんの蕎麦の『大』は一つ頼んでグループで取り分けてちょうどよいくらいの量がひとつの器にてんこ盛り盛られて来るのである。これ以上蕎麦を盛り切れないくらいの量といっても過言ではない(刀屋・大盛りでググればヒットするはずです)。いくら蕎麦好きの伊蔵でもここまでは食べ切る事は出来ないし、お品書きを眺めていたものの旅に出る前から注文の品は伊蔵の中ですでに決まっていた。

『真田そば』

せっかく上田市に来たのだし真田の名を冠したこの蕎麦を頼んでみる事に。後で分かったのだがこちらも盛り方も選べるようだった。注文した時は盛り方については何も言わずに注文してしまった。『真田そば』とはいかなる蕎麦なのであろうか。真相は次回に。<つづく>

信州長野・上田の旅/その1・JR上田駅前にて

すこし前の旅の報告になってしまいます・・・
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2009年5月30日土曜日午前10時半頃、伊蔵は長野県は上田市のJR上田駅北口(お城口)の駅前ロータリーに立っていた。地元を早朝6時過ぎに出発してJR中央本線の多治見駅から始発の特急列車『ワイドビューしなの1号』に乗り換え木曽路沿いを北上、JR松本駅から篠ノ井線へ乗り入れJR篠ノ井駅で一旦降車、しなの鉄道へ乗り換えて上田までやって来たのであった。約4時間強の列車の旅であった。

今回の旅の目的は長野市内にある善光寺の御開帳を見てみる事にあった。御開帳は正確には『善光寺前立本尊御開帳(ぜんこうじまえだちほんぞんごかいちょう)』といわれ七年に一度行なわれる。善光寺の行事の中でもこの『御開帳』は最大のイベントとなっていて御開帳の期間中には多くの参拝客で長野市の人口は一挙に膨れ上がる。また今回の善光寺御開帳は全国の六ヶ所の善光寺(信州善光寺・甲斐善光寺・飯田元善光寺・岐阜善光寺・関善光寺・稲沢善光寺東海別院)が同じ年に御開帳を行なうという史上初のイベント年に当たっている。
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『御開帳』という行事は簡単にいうと善光寺の絶対秘仏の本尊である『一光三尊阿弥陀如来像』(この仏像は日本に仏教が伝来した折、朝鮮半島の百済(くだら)からもたらされた日本最古の仏像とされている。絶対秘仏であり何人もこの本尊を目にする事が出来ない)の姿を映した(レプリカ)とされる『前立本尊』を七年に一度だけ(開張の年を一年として数えるので実際には六年毎)目にする事が出来るというイベントである。伊蔵は善光寺御開帳を実際に目にするのは今回が初めての事であった。
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さてJR上田駅に到着した伊蔵。
早朝の天候は曇りだったがこの信州の地はカラリと晴れて気持ちが良かった。JR上田駅前のロータリーの中央にはひとつの騎馬武者像が置かれていた。『真田信繁(幸村)像』だ。ここ上田市は長野市の少し南方の上田盆地の千曲川と北国街道沿いに広がる町で真田家とはとても所縁が深い。
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元々真田家の本城はこの上田市からさらに東へ少し入り込んだ地にあったが(旧真田町・現在は上田市に吸収合併している)幸村の父である『真田昌幸(さなだまさゆき)』の頃、千曲川の河岸段丘上のこの地に城を築いた。真田家がこの上田城に本拠を移した事からその城下町として上田の町の発展の基礎となった。
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この上田城は武田家滅亡後の信濃を自分の意のままにしようと目論む徳川家康の大軍や、後年関ヶ原の戦に参戦予定で中山道を進軍して来た徳川秀忠の大軍を上田城に足止めさせ、ついに関ヶ原の戦に遅参せしめるなど二度に渡って徳川軍を退けた事でも特に有名な城である。また大阪の陣では昌幸の息子である幸村は徳川家康の本陣まで肉迫する等、徳川家にとって真田家は一地方豪族という身ながらもまさに鬼門といってよい存在であった。
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◆真田信繁(幸村)

真田家は関ヶ原の戦で東軍についた昌幸の嫡男信之(幸村は次男)の功績で江戸時代にも家は残り幕末まで続いた。町の発展に寄与した事と数々の戦いでの功績を讃えて上田市はこの真田家の中でも英雄視される『真田信繁(幸村)像』を建立したのであろう。
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JR上田駅前ロータリーから伊蔵は北へと延びる上田市のメインストリートを歩いて行った。この上田市では食べてみたい物があった。蕎麦である。旅に出る前に上田市にある蕎麦屋をいくつか検索し目星を付けておいた。今回はその中のひとつを訪ねてみたいと思う。結構老舗な有名店であり行列も出来るとの情報を得ていたので開店時間に十分に間に合う様に早めに上田市に着く様に調整して来たのだった。果たしてその蕎麦屋に“一番槍”で入店出来るだろうか・・・。<つづく>

信州のパワースポット『分杭峠』へ/その12・木曽福島にて蕎麦を食す

信州のパワースポット『分杭峠』で十分“気”のエネルギーを浴びたミスターB氏と伊蔵はそろそろこの峠を後にする事にした。帰り道も来た時と同じルートで引き返す。標高1424mの分杭峠から一気に下り、長谷の集落~高遠~伊那市へと抜けて権兵衛トンネルで峠を越え木曾谷の国道19号へと出た。
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ミスターB氏と相談の上、この国道沿いで遅めの昼食を頂こうという話になった。木曾谷で飯といえばやはり“蕎麦”という事になり立ち寄ったのが木曽福島の『くるまや国道店』。
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信州木曽路の木曽福島で“くるまや”という名は蕎麦屋の代名詞ともなっている有名店。くるまやの先祖は代々木曽福島の代官の屋敷に仕えて水車小屋を使って精米・製粉業を営んでいたという。“くるまや(車屋)”の屋号はこの辺りからきているようだ。本店はJR木曽福島駅からすぐの場所にあるが、こちらのお店は国道19号沿いにあるので『国道店』という名前が付けられている支店である。くるまや本店の方には伊蔵は遥か昔に訪れた事があった。今回は随分と久しぶりにここの蕎麦を食べる事になる。
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堂々とした店舗前にバイクを停めて暖簾をくぐる。入口を入った所にはこのくるまや国道店に訪れた有名人が残していった色紙が飾られていた。
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昼飯という名目だったもののすでに昼飯というには遅い時間だった為、すぐに店員さんに座敷へと通され座る事が出来たので良かった。
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座敷席に座れたのは良かったが、その窓から眺める景色は木曽福島警察署の殺風景なコンクリート製の建物で少々残念ではあった(笑)さすがに腹が減っていた我々は早速お品書きを開き注文。
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ミスターB氏はざるそば(せいろ2枚重)、伊蔵はもりそば(せいろ2枚重)どちらも1,050円也を注文した。“もり”と“ざる”の違いはほとんど無い。器の形状の違いとざるそばの方には刻み海苔が振り掛けてあるくらいである。だがその違いについては蕎麦文化の歴史を調べてみるとちゃんとした説明付けがあるようだ。

◆『もりそば』と『ざるそば』の違い
http://www.masa-web.com/name/food/021.html

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しばらくすると注文の品が運ばれて来た。ミスターB氏の注文したざるそばは丸くて黒いせいろに刻み海苔が振り掛けられた蕎麦。伊蔵の注文したもりそばの方は四角く赤いせいろに蕎麦のみが盛られている。どちらも随分年期の入ったせいろで屋号である“くるまや”の文字が筆文字で書かれている。
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盛られた蕎麦は田舎独特のワイルドに太目に切られた素朴な麺で腹が減っている今の我々には嬉しい。蕎麦汁に刻み葱と山葵、辛味大根を溶かして早速蕎麦を手繰ってズズっと頂く。辛味大根のピリリとした辛みが利いてとてもさっぱりした味がイイ。今日のような暑い日にはこういうさっぱりとした蕎麦はとても嬉しい。麺も先程書いた様に太目なので口に入れてからしっかりと噛まないと喉に流し込む事は出来ないので素朴な蕎麦の味を長い時間かけて楽しむ事が出来る。我々はあっという間にせいろ2枚の蕎麦を平らげてしまった。御馳走様でした!『くるまや国道店』を後に我々はまた国道19号をひたすらに南下した。
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最後に『道の駅 大桑』にて休憩。日曜の夕方とあって道の駅の駐車場は大変混雑していた。
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観光バスをはじめマイカーやバイクも沢山駐車していて道の駅の各施設内もお土産物を求める行楽客で一杯だった。
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この道の駅大桑でしばしの休憩の後、ミスターB氏はわざわざ伊蔵を自宅まで送り届けてくれ、今回の『分杭峠』へのタンデム日帰りツーリングは終了したのであった。ミスターB氏にこの場を借りて御礼を申し上げたい。お疲れ様でした!この日の夜は疲れていただけなのか、はたまた分杭峠の“気”のエネルギーを浴びた為なのかは分らないがいつもに比べてぐっすりと熟睡出来た伊蔵であった。<完>

※伊蔵の慢性的な肩こりは『分杭峠』に行ってから数日は確かに楽になったように感じられました。(あくまで感じられただけですが・・・)

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◆くるまや国道店
・住所/〒397-0003 長野県木曽郡木曽町新開福4950
・電話番号/0264-22-3183
・営業時間/10:30~18:00
・定休日/月曜
・ホームページ/http://www.soba9608.com/

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◆道の駅 大桑
・住所/〒339-5504 長野県木曽郡大桑村野尻160-27
・電話番号/0264-55-2900
・営業時間/11:30~19:30




信州のパワースポット『分杭峠』へ/その11・もう一つの『気場』へ

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分杭峠の“沢”でのゼロ磁場の水の採取を終えたミスターB氏と伊蔵は元来た林道をひき返しもう一つの『気場』とされる峠の駐車場の下辺りにある山の斜面に行ってみる事にした。
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駐車場の脇には一台のワンボックスカーが駐車していて“ゼロ磁場の秘水”の販売と宣伝を行っていた。そのワンボックスカーのすぐそばに駐車場から下へと降りて行く遊歩道が設置されていて『気場』へと続いているのだった。
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遊歩道には手摺も設置されていて足の不自由やお年寄りの方でも安全に降りて行く事が出来る。この『分杭峠』がパワースポットとして大々的に人に知られる前までは多分手摺も無いただの山道だったに違い無い。
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今は深い森に囲まれ環境が良いこの場所も、これから先どんどん人が集まる様になれば“安全の為”、“村おこしの為”と称してどんどんと整備が進められ、現在とは様相が変わってしまうだろう事は大体予測出来る。それが果たして良い事なのか悪い事なのかは分からない。
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ゆっくりと遊歩道を降りて行くとその『気場』が前方に見えて来た。かなりの急斜面(角度にして40度くらいはある)に沢山の人が雛人形の様に並んで佇んでいるのが見える。皆この山の斜面に座って大地からのエネルギーである“気”を感じながら深呼吸したり瞑想したりあるいは涼んでいるのだった。
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その場所は木が覆い茂っていて強い日射しを遮ってくれている為、たとえ目に見え無い未知の“気”のエネルギーを体感的に感じる事は出来なくとも座っているだけで極々自然な心地良さは感じる事は出来る。
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遊歩道近くのベンチはすでに人で埋まっていた為、ミスターB氏と伊蔵はかなり苦労して急斜面を上へと登り木で出来た土砂止めの上に腰を落ち着けた。まるで時間が止まったかの様な静けさが辺りに漂う。耳に聞えてくるものは小鳥のさえずりや森の木々が風に揺られる音、ここへ集まって来た人々が手にするデジカメのシャッター音のみ。

デジカメといえばミスターB氏が以前に奥さんとこの場所に訪れた際、この場所の特異な環境の影響なのかは定かではないがそれまで正常に作動していたはずのデジカメのシャッターが突然下りなくなったり仕舞いには電源が切れなくなるという異常な動作をしたのだという。この地域の磁気的な関係もありこのような事は結構あるらしい(今回は誤作動は起こらなかった)。実際訪れている人の何人かは手に手に『方位磁石』を持ってそうした磁気的な“狂い”の生じる場所探しのような事をしているのを見かけた。
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伊蔵は個人的にこの分杭峠に来て仕事からくる慢性的な『肩こり』と『腰痛』が未知のエネルギー“気”のチカラによっていくらかでも緩和されればという気持ちでやって来たのだった。この場所に来て効果のあった人では“喘息の発作がなくなった”とか“腰痛・肩こりがなくなった”とか“車椅子なしで歩ける様になった”とか様々な不思議な体験談がある。

しかしこれを全面的に“気”のエネルギーを浴びた結果だとは科学的根拠は無いので断言は出来ない。『病は気から』ともいうし本人の気の持ちよう、ただ単に“気持ちだけの問題だった”という事だってありうる。病気がちまたは部屋に閉じこもりきりだった人が外に出てこういう空気の綺麗な場所に来ればそれだけで鬱いだ気持ちもリフレッシュ出来るし明るい気持ちにもなるはずだ。
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ミスターB氏と伊蔵は山の急斜面に結構長い時間座っていた。涼しいし普通に心地良かったから(笑)。“気のエネルギー”は感じられなかったが心地良さを感じられたんだからそれで良しとしよう。肩こりも治ったような“気”がした(笑)しかし腰痛は手強かったようでこの文章を書いている今でもどこかオカシイ。こればかりは整体に行って身体の歪み自体を治してもらうしか手段がないようだ。<つづく>

◆ゼロ磁場を紹介したニュース/YouTubeより
http://www.youtube.com/watch?v=aTPwXkzBqdk



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プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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