2017-09

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東京下町見学(その5・山本亭、そして柴又を後に)

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江戸川河川敷堤防から柴又の町を望むと眼下に『山本亭』がある。『寅さん記念館』を見学する為に敷地内を通って来た屋敷である。

この建造物はここ柴又ゆかりの『合資会社山本工場』というカメラ部品を製造していた企業の創立者である故山本栄之助氏が大正12年9月1日に起こった「関東大震災」後にこの柴又に移り住み以後四代にわたり邸宅として使用されていたものである。
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昭和63年に葛飾区が所有権を取得し平成3年から一般に公開された。木造瓦葺き二階建てのこの建造物は大正末期から昭和初期の建築様式によく見られた手法の『和洋折衷建築』であり随所にその特徴がみられる。純和風の広大な庭園と相まって見事な調和を保つもので東京都より歴史的建造物に選定されたばかりでなく、海外においても評価が高い。

1階は400平米、2階50平米あり、母屋の他に地下室、防空壕、土蔵、和洋折衷の長屋門も備えている。玄関の広い三和土(たたき)には人力車まで置いてあった。
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この当日はかなり気温が上がり、外はとても暑かったのだがこの『山本亭』内に一歩足を踏み込むと亭内の各部屋にいい風が吹き抜けてとても涼しかった。これは母屋の外周をグルリと取りまいている広い縁側と、縁側に沿って硝子戸が続いており壁というものが極端に少ない開放的な構造になっている事に起因する。
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つまりこの硝子戸や部屋内のふすま等を開け放つと全ての部屋に外気が吹き抜けるという事なのだ。また南面に位置する大庭園や北面に位置する中庭等に打ち水などを行えば気化熱によってまいた水が蒸発し涼しさが増すので外は暑くても部屋の中はクーラーが効いたように
ひんやり涼しくなるというわけである。

吉田兼好が著した随筆『徒然草(つれづれぐさ)』の第五十五段にこういう一文がある。

『家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり 深き水は、涼しげなし。浅くて流れたる、遥かに涼し。細かなる物を見るに、遣戸は、蔀の間よりも明し。天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、万の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし。』

つまり日本古来からの建築には高温多湿という日本の気候、つまり蒸し暑い夏を凌ぎやすくする為の構造的工夫が成されていたという事である。昔の日本人には冬に部屋全体の空気を暖めるといった文化は無かった。自分の近くに囲炉裏やこたつ、火鉢等を置いて暖をとる事が多かったのである。であるからこういう建築物で過ごす冬はとても寒い。逆に現代の建築物は気密性や堅牢性、断熱性には優れてはいるものの、建物としての寿命は遠く木造建築物には及ばない。木造建築が優れている所は日本の高温多湿の気候に対して『木』そのものが呼吸している、いわゆる自然の『調温調節機能』が働いている為、建物自体の寿命が伸びるという点が挙げられる。まさに「先人の知恵」ってやつだ。

『山本亭』唯一の洋間には『鳳凰の間』という名称が付けられており、昭和初期の独特なデザインが見てとれる。窓にはステンドグラス、床材には寄木細工された材を使用、大理石を使ったマントルピースなど、部屋自体は狭いのだが和室ばかりの部屋の中にあって一種の『異質』を感じる空間であった。

『山本亭』で日本建築の素晴らしさというものを堪能した伊蔵は、柴又帝釈天方面へと来た道を引き返して行った。時刻はそろそろ昼であり、帝釈天参道にあった『高木屋老舗』さんで名物の『草だんご』を食する為に向かったのである。
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『高木屋老舗』さんでは「焼だんご」と「草だんご」を注文して食した。草だんごの上に乗るアンコは甘過ぎない上品な味だ。このアンコの材料は北海道十勝産の上質の小豆を使用しているという。だんご自体は筑波山麓の「よもぎ」の柔らかい新芽とコシヒカリを混ぜ合わせており、非常にモチモチとした触感が嬉しい逸品であった。
「焼だんご」のタレはシットリとしてこちらも甘過ぎない。だんごの方も焼き過ぎ無いように気を使って焼いているらしく表面には若干焦げた部分があるものの中はシットリと柔らかいといった絶妙なものであった。
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『高木屋老舗』さんの店内はとても涼しく、歩いて体温の上がった伊蔵にとっては心地良い空間であった。またお店の人達と映画『男はつらいよ』との繋がりも深く、様々な写真が店内に貼られていた。そういう場で食するだんごもなかなかオツなものだった。昼時になり帝釈天参道も観光客でごった返して来たようだ。何組もの観光客がこの『高木屋老舗』さんに訪れていた。
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そして伊蔵はまた『柴又駅』へと帰って来た。初めて訪れた柴又の町は十分に伊蔵の心を癒してくれた。寅さんという人物が居たからこそこの町の存在も知る事が出来たわけだし、寅さんには感謝しなければなるまい。ありがとう寅さん、そして柴又の下町・・・。またいつの日かこの地に足をのばしたい。そう思いながら伊蔵は次の目的地へと向かったのだった。
<つづく>
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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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