2017-06

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東京下町見物(その8・老舗蕎麦屋訪問)

昨年の夏にも伊蔵は東京を訪れた事がある。
浅草界隈を廻って来たのだがこの秋葉原周辺も合わせて訪れた。
その時にこの神田の靖国通りに面した道路において、あるお店を発見したのだが当時はその店には来店しなかった。旅から帰って来てから「いつかは訪れてみたい」と強く思う様になっていた。そして一年越しで今回、来店が叶ったわけである。

その店の名は『神田まつや』。老舗のお蕎麦屋さんの事である。
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先程も記した様に、このお店は昨年この周辺を歩いていて偶然に発見したお店だったのだ。この神田靖国通り沿いは様々なビルが両側に林立しているのだが、この店だけは時代に取り残されたといってもいい程、唐突に現れる古い木造二階建ての建物でこの敷地のみだけがタイムスリップでも起きたような不思議な空間として伊蔵には見えて、かなり気になっていた店なのである。
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昨年の旅から帰って来てからこの『神田まつや』という店について情報を調べあげた。すると東京の蕎麦好きを自称する人々の中でこの蕎麦屋さんの存在を知らない人はいないといわれる程、有名な老舗の蕎麦屋さんだという事が分かった。また蕎麦の特集記事を扱った雑誌等を調べて見ても必ずこの『神田まつや』は紹介されており、蕎麦好きの伊蔵はますますこのお蕎麦屋さんの事が気になってしまったという訳なのだ。
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秋葉原見物を終えた伊蔵は秋葉原方面から神田昌平橋を南へと向かい、神田淡路町2丁目から神田須田町1丁目にある『神田まつや』の店先に立った。
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『神田まつや』は1884年(明治17年)福島家の初代市蔵翁がこの地に創業。120年の歴史を誇る老舗の蕎麦屋である。ニ代目を経て関東大震災後に小高家の初代政吉氏がこれを継承。代々小高家の方々がこのお店を継いで現在に至る。老舗の蕎麦屋らしい風格と歴史ある佇まいの店は、関東大震災後に建て直されたもの。太平洋戦争の東京大空襲時にも戦災を免れ、昔のままの姿(商家造り)を今に留めており、平成13年には東京都選定歴史的建造物に指定されている。

この神田周辺は東京大空襲での戦災被害が比較的少なかったという事で、昭和30年頃までのこの通りは瓦葺きの建物が多く軒を列ねていたという。それ以後は『神田まつや』の周りに次々とビルが建設され、今のようなビルとビルとの谷間に取り残された佇まいとなった。しかし今でも大通りを一歩中に入ると現代風の建物と古い建物が混在しているのを観察出来る。昔の東京の香りがこの町にはひっそりと息づいているのだ。

店の正面の左右に出入り口があるのだが、『右は入り口、左は出口』というように決まっている。伊蔵は右側の戸を開け、店内へと足を踏み入れた。

『いらっしゃいぃ~~~ぃん』

という語尾を伸ばして上げるという独特の呼び声が店内に響き渡る。なかなか文字ではこの呼び声は表し難いのでご了承頂きたい(笑)実際にこのお店に足を運んで呼び声を耳にして頂きたいと思う。

狭そうな間口とは反対に店内はかなり奥行きがあり広かったが(全66席)午後4時に近い時間なのに満席に近い状態だった。しかしたまたま席が空き、すぐに座る事が出来た。平日等は店外にも行列が出来てしまうという話なので運が良かった。
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店内の奥には蕎麦打ち場があり、食事を楽しみながら職人さんが蕎麦打ちしているのを眺める事が出来る。壁には大きな壁掛け古時計、古くて巨大なトチノキ製の「こね鉢」が掲げられなかなかの歴史風情を感ずる事が出来て落ち着く。店内は薄暗い印象だがとても涼しくお客さんも江戸っ子らしい活気というものがあり、こんな早い時間だというのに日本酒やビールを片手に蕎麦を食していて何だかとても感じがいい。
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『さて何を注文するかな?』伊蔵はお品書きを手にあれこれと考え始めた。
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お品書きを見てみると蕎麦だけで無くいろいろな品がある事がわかった。折角なので蕎麦が食べたいと思ったのと、先程まで外を歩きとても暑かった事もあり、

●大ざる・・・・・800円也
●ビール(アサヒ・中)・・・・・600円也

を注文する事にした。店員さんのキビキビとしていながらも家庭的で優しい応対で非常に好感が持てた。しばらく注文の品を待っていると店員さんがビールとコップそれともう一つ小皿を持って伊蔵のテーブルの上に置いた。
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小皿の縁に貼付けられた茶色い物体は『味噌』であった。
お酒類を頼むと必然的にこの『味噌』が付いて来るらしい。つまり蕎麦が打ち上がるのを待つ間、お酒を飲み味噌を舐めながら待つという粋な計らいなのである。この粋な雰囲気に伊蔵の心はいやがおうにも昂揚してしまった(笑)
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ビールと味噌を舐めながらいい気分に浸っているとやがて注文した『大ざる』がやって来た。普通の『もり』『かけ』等の蕎麦、ざるそばもあったのだが、少々量が少ない気がしたので伊蔵は『大ざる』を注文したのだ。
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『神田まつや』の蕎麦の特徴は北海道・長野・福島などの国内の蕎麦の産地より良質なものを厳選し、甘皮の部分を残したまま石臼で挽いた“挽きぐるみ”蕎麦粉を使用し、つなぎには玉子と小麦粉を使用しているところ。それを江戸前の手打ちで仕上げている。また汁の方はダシ(本節からとる)の味が非常に良く出ており少し濃い目の汁となっている。素材へのこだわりと江戸下町の味を大切に守っているという丁寧な造り。

この丁寧な造りの下町の味には根強いファンが多く、蕎麦好きの人は勿論、サラリーマンやOL、各界の著名人まで訪れるという。平日でも800食分の蕎麦が打たれるというから驚きだ。
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また、食通として有名だった作家・池波正太郎先生のご贔屓のお店としても知られている。池波先生は『鬼平犯科帳』や『剣客商売』等の作品でよく知られている有名作家である。池波先生は山の上ホテルに滞在し執筆するとき等は毎日のようにこの『神田まつや』へと足を運び、とりわさで酒を楽しんで蕎麦を手繰ったらしい。

『うまいといえば「まつや」で出すものは何でもうまい。それでいて蕎麦屋の本筋を外していない』

と池波先生自身の著書でも書いておられる。また池波先生からまつやの主人に送られた手紙も残っているということだ。

余談が長くなった・・。さて伊蔵のもとに運ばれて来た『大ざる』。濃い目の汁にネギと山葵を投入し、適当な量を箸で手繰り一気に音を立てて頂いた。麺にしっかりとしたコシと弾力があり噛みごたえがあった。また濃い目の汁は鰹のダシの匂いがしっかり香り、麺と一緒に口の中で咀嚼すると蕎麦の味と絡み合ってとても美味しかった。

この後に出された『蕎麦湯』も堪能させて頂いた。
あまり白く濁っておらず綺麗な蕎麦湯であった。大きな柄杓のような器に蕎麦湯が入れられていて、なかなか小さな器に照準を合わせる事が出来ず、伊蔵は大げさ蕎麦湯をテーブル上にこぼしてしまうという失態をしてしまった(笑)しかし蕎麦湯もまた美味しかったので何度も飲んでしまった。
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蕎麦を食べ終わってからもこの店内の雰囲気が気に入って伊蔵はしばしの時間を『神田まつや』で過ごした。お勘定を支払うときの店員さんの笑顔も良かった。忘れられない思い出になりそうだ。伊蔵は出口である左側(店内から見ると右側)の戸から外に出た。
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すでに神田靖国通りには夕闇が迫っていた。伊蔵は宿への道を歩いていった。この辺りの蕎麦屋を廻りたくて近くに宿をとったのである。
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まだまだこの近辺には有名な蕎麦屋や老舗の店が沢山存在する。そして伊蔵は『神田まつや』での蕎麦の思い出を背にしながら本日の行動を終えたのである。次の蕎麦屋の話は次回に話す事にしよう。<つづく>

◆神田まつや
営業時間 11:00~20:00 (土・祝日 11:00~19:00)
定休日  日曜日
千代田区須田町1-13
電話 03-3251-1556
交通アクセス
JR神田駅東口 徒歩5分
地下鉄丸の内線淡路町駅A3出口 徒歩1分
地下鉄都営新宿線小川町駅A3出口 徒歩1分
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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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