2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東京下町見学(その12・神田明神/前編)

DSCF4227.jpg

DSCF4121.jpg

外堀通りから東京医科歯科大学へと続く階段を登って聖橋のたもとに至り本郷通りを北へと向かった伊蔵が次に目指した場所は『神田神社(神田明神)』である。
DSCF4122.jpg

『神田明神』(正式名称:神田神社)は天平2年(730年)の創建で約1300年の歴史を持つ東京の神社の中でも最も古い神社のひとつである。元々は千代田区大手町(現在の将軍塚周辺)にあったが、徳川家康が江戸幕府を開いた慶長8年(1603年)、江戸城の表鬼門の方角にあたる現在のこの地へ移された。以後江戸時代を通じて『江戸総鎮守』として幕府だけでなく江戸庶民に至るまで多くの人々の崇敬を受けた。
DSCF4123.jpg

神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸ノ内・旧神田市場・築地魚市場など108ヶ町会の総氏神としても知られており家庭円満・縁結び・商売繁盛・事業繁栄・厄除開運・医薬健康などのご利益があるとされている。御祭神は以下の通り。
DSCF4124.jpg

●一の宮・・大己貴命(おおなむちのみこと)大国主、いわゆる大黒様
●二の宮・・少彦名命(すくなひこなのみこと)えびす様
●三の宮・・平将門命(たいらのまさかどのみこと)
大己貴命・少彦名命は協力して日本の国づくりをし農耕や漁業をすすめて日本人の生活の基盤を築いた神様。
masakado7.jpg

平将門命は実在の人物で桓武天皇の子孫で『平氏』の姓を授けられた『高望王(たかもちおう)』の孫。平安時代の武将である。関東一円を手中に収めて自らを『親皇』と名乗った為、このことに危機をおぼえた朝廷から逆賊とされてしまい『藤原秀郷(ふじわらのひでさと)』によって討たれてしまった。ここ神田神社では平将門は朝廷の悪政に苦しむ庶民たちを自らの命を投げ出した英雄として祀られている。有名な『平将門伝説』については後ほど語ろう。
DSCF4125.jpg

この神田神社も都会の真ん中のビル群に囲まれた中に境内がある。灰色のビルの中で鮮やかな朱色基調の社殿はとても綺麗に映えていた。伊蔵がこの神田明神の存在を意識し始めたのは、博学の作家として知られる『荒俣宏(あらまたひろし)』氏の著作『帝都物語』を読んだ時に始まったといっていい。
DSCF4226.jpg

帝都東京の破壊を画策する謎の魔人『加藤保憲』とそれを阻止しようとする人々との話なのだが当時かなりハマって読んでいた本であった。当時は一般に「風水」「陰陽師」「式神」「奇門遁甲」「安倍晴明」などという言葉や人物はまだ知られておらず、それらの言葉を世間的に認知させるに至った『帝都物語』という本はそれほど話題になったし映画化もされたり、その他の関連番組のネタとしても放送されたりした。
DSCF4220.jpg

この物語の魔人『加藤保憲』は東洋魔術に精通しており、様々な魔術を使い人を惑わしたり利用しつつ、帝都東京の地下に眠る怨霊平将門を甦らせ東京の破壊を目論む。その為映画では平将門縁りの神田明神もロケ地に選ばれ撮影も行なわれた。
DSCF4224.jpg

本を読んで以来、伊蔵はいつかこの神田明神へと足を伸ばして見たかった。長い時間が経ってしまったが今回それが実現したというわけなのだ。<つづく>
スポンサーサイト

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://moriizou.blog39.fc2.com/tb.php/155-50efed39
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

東京下町見学(その13・神田明神/中編・将門伝説と怨霊信仰) «  | BLOG TOP |  » 東京下町見学(その11・御茶ノ水/後編)

プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。