2017-08

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郡上八幡へ(その2・郡上の歴史について)

伊蔵の住んでいる場所から『郡上八幡』を目指す場合、いくつかのルートがある。一番時間を掛けずに行くのなら「東海北陸自動車道」を使用するのが一番早い。次に国道156号をひたすら北上するコースが最もポピュラーなコースであろう。

しかし伊蔵がお勧めのコースはこのいずれのコースも当てはまらない。それは関市を南北に流れる『津保川(つぼがわ)』を北上するというコース。渋滞も無く、景色も変化に富み飽きる事がないお勧めのコースだ。この道をひたすらに北上し、『堀越峠』を越えて郡上の町へ降りるのもいいが、今回はその手前の『大峠』を越えて一旦国道156号へ出るコースをとった。
DSCF4277.jpg

この大峠に至る道は小さな集落以外何もない山の中を走る事になる。峠の直前でつづら折りの急な坂道になり、峠を下ると美並村の国道156号へ繋がるという道だ。現在この峠にはトンネル建設工事が進められている。とりあえず郡上の町の手前の『ドライブイン大滝苑』で休憩。少し遅めの昼食を摂る事にした。この『ドライブイン大滝苑』は郡上の町の玄関口としての役割の他、大滝鍾乳洞・縄文洞などの鍾乳洞への入り口の目印的存在ともなっているかなり規模の大きなドライブインである。

昼食後、郡上の町の中へ。町の規模は小さく道も狭い。天候が悪いにも関わらず町の中には歩いて観光している人々が多く見受けられた。取りあえずクルマを駐車出来る場所を探したが、町の中心部の駐車場はどこも満車であった。仕方なく吉田川を渡り町の北側、郡上八幡城下の観光駐車場までクルマを走らせ駐車した。
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その後徒歩で町の中心部にある『郡上八幡旧庁舎記念館』へと向かった。この建物は前回紹介した吉田川に架かる『新橋』のすぐたもとに建っている。1936年(昭和11年)建造の木造洋風の建築物で1994年(平成6年)まで実際に町役場として使用されていたが、役所の役目を終えた後、国の登録文化財に指定されて現在では郡上の観光案内所・物産の展示販売・軽食等を楽しめる施設として活用されている。

こういう木造洋風建築は観光地としてきちんと保存されている場所以外ではあまりお目にかかる事が本当に無くなってしまったが、伊蔵の通っていた小学校は入学当時木造の校舎であった。屋根は切妻屋根(いわゆる普通の三角屋根)でモルタル瓦葺き、壁は木板張りで腐食防止や耐久性を高める為にアスファルトが塗られて黒い板張りといった趣きの校舎であった。窓も現在のようなアルミサッシではなく木枠であった。校舎の入り口脇には『二宮金次郎像』が建っていた・・。残念ながらこの木造の校舎は壊されてしまったが、『二宮金次郎像』は今現在でも残っている。

話が逸れた。郡上の話を続ける事にしよう。
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この『郡上八幡旧庁舎記念館』の入り口付近に石碑が建っていた。

『郡上の八幡 出ていく時は 雨も降らぬに袖しぼる』

郡上節の中でも有名な『かわさき』の一節が石に刻まれている。
そもそもの郡上の江戸時代の歴史は美濃国の国人でこの地に2万7千石を与えられた『遠藤慶隆(えんどうよしたか)』が八幡藩を立藩したことに始まる。遠藤氏は戦国時代、美濃の斎藤氏、織田氏、豊臣時代、徳川氏の台頭など目まぐるしく天下の形勢が変化する中で苦労したが、うまく立ち回り旧領の郡上を安堵され無事に藩主としての地位を確立した人物である。

その後、八幡藩は井上氏が継ぎさらに金森氏へと受け継がれたが、金森氏二代藩主『金森頼錦(かなもりよりかね)』の時代(宝暦年間)、長きに渡る年貢の増税に反対する百姓一揆が発生(郡上一揆)した。農民は藩主に対して一揆を起すだけでなく、藩の悲惨な現状を江戸の幕府に対し老中の乗る駕篭に直訴『駕篭訴(かごそ)』を断行したりした為、八幡藩主金森頼錦は幕府から責任を問われる事となり、所領没収『改易(かいえき)』を申し渡されてしまう。民衆のパワーが中央を動かしたこの時代には珍しい出来事といえる。

その後、八幡藩藩主として『青山幸道(あおやまゆきみち)』が入る。青山氏は長年に渡る一揆で荒廃した農民との融和を積極的に進める為に『踊り』を奨励したという。これが『郡上踊り』の始まりだという。郡上はこのまま青山氏を藩主に明治維新を迎える。明治4年、明治政府の『廃藩置県』により八幡藩は廃され郡上郡に編入された。
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現在、『小京都』『名水の町』として、また『郡上踊り』などで有名な郡上八幡の町もその昔には凄まじい激動の歴史がある事がわかる。旅をするにあたり、こういう下調べや知識を頭に入れておくと、実際にその町に訪れた時の印象は大分違ったものになるのだ。<つづく>
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幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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