2017-06

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港・横浜OFF会(その8・中華街)

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さて伊蔵と草加君が自らの腹を食べ物で満たす為に訪れた『横浜中華街』。本町通りから『朝陽門』をくぐり、中華街の中へと進入する事に。
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この『朝陽門』は中華街の東を守護する門で、五行思想でいうところの東方を護る『青龍』のレリーフが施されている。中華街の入り口的存在だ。しかしさすがに横浜を代表する観光地、狭い地域に人の数があまりに多過ぎる・・。
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その中華街の中でも一番人通りの激しい『中華街大通り』に伊蔵と草加君は足を踏み入れた。友人のtakeさんが紹介してくれたお店というのは、以前この中華街をtakeさんが訪れた際に偶然立ち寄ったという『フカヒレラーメン』の美味しい店。この中華街大通りにある『シウマイ(焼売)』で有名な『崎陽軒(きようけん)』近くにあるらしい。(崎陽軒ではシュウマイの表記をシウマイとしている)ただtakeさんがお店の名前を忘れてしまったらしく、とにかくフカヒレラーメンだけを頼りに探すしかない状態であった。
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『崎陽軒』は有名店だけにすぐに見つかったが例のフカヒレラーメンの店は不明であった。いくらウロウロしても分からなかった為、takeさんに電話をしてみた。

伊蔵『伊蔵ですが例の店どこ?』
take『それが店の名を忘れてしまってよぉ、分からんのよ・・・探してみてくれ!』

うひゃ~~結局分からず仕舞い(笑)草加君とその後も何度も路地に入ったりしてみたがそれらしい店は見つからなかった。そのうち腹の具合もかなり減ってきて『とにかくどこかで食べましょう』という事に・・。そこで飲食店がひしめくある細い路地へと向かった。
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そこで草加君と選んだ店が『滿珠園』さんというお店。「まんじゅえん」って読むのだろうか。店内は以外と広かったが少し薄暗かった(笑)椅子へと座った伊蔵と草加君は、かなり歩いたせいか結構疲れがドッと押し寄せて来た。メニューを見ながら思ったがかなりの数の料理バリエーションがあって迷った。伊蔵は『牛スジラーメン』と『ライス・大』、草加君は『炒飯/大盛り』を注文した。腹が減っていた事もあるが、折角中華街に来ておきながら二人ともオーソドックスな注文にちょっと苦笑ぎみであった。

最初に草加君の炒飯のスープが届き、次に伊蔵の注文した『牛スジラーメン』が運ばれてきた!
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『うおおお!』ブツ切りされた牛スジ肉がゴロンゴロン入っている!器の直径は大した事は無く普通のサイズだが深さがかなりあるようである。まずはスープを頂く。ベースは醤油であろうが複雑な味わいのスープであった。最初はちょっと薬臭い感じがしたが飲む毎にハマるような味わいがした。薬臭いのは多分、漢方薬が微妙に混ぜてあるのかもしれないと思われた。麺の方は細麺。牛スジ肉はとても柔らかく口の中ですぐにほぐれる程。良い味が付いている肉であった。この肉と一緒にライスを食べるのは満足であった。

そうこうしているうちに草加君が注文した『炒飯/大盛り』がどどど~ん!という感じで運ばれて来た!この量に明らかに草加君は狼狽していた・・。大皿の上に巨大な炒飯のドームが鎮座している感じであった。

『伊蔵さん・・少し食べてもいいですよ・・』

草加君にそうは言われたものの伊蔵の注文の品もかなりの量なので遠慮気味に頂く事にした。普通の炒飯だったがとてもパラパラしていて旨かった。それからしばらくの間、伊蔵と草加君は無言で自分たちの注文した品を平らげる為に奮闘したのだ!

一足先に伊蔵が平らげ終えたが、草加君はかなり苦しそうであった。あとひと山の炒飯を残し手に持つレンゲがストップしてしまったようだ・・。伊蔵は助けてあげたかったがもう胃袋に隙間というモノが無い・・・。しばらく間があった後、草加君は皿の上に残ったひと山の炒飯を一気に平らげた!それを見ていた伊蔵は心の中で

(大盛りに耐えてよく頑張った!感動したっ!)

と叫んだのだった(笑)食後の二人は過剰気味の満腹感から身動きがとれ無い状態に陥り、しばし店内で無言でくつろいでいた。これからの行き先などを草加君に聞いてみると彼は中華街の外れにある『えびす湯』という銭湯に行くという。無理もない、前日から高速バスで夜通し走って横浜に来ているのだから汗を流したいのであろう。伊蔵は伊勢佐木町(いせざきちょう)方面を歩いて回りたい為、中華街を出た所で草加君とは別行動になりそうだ。
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『滿珠園』さんを後にした伊蔵と草加君は『関帝廟(かんていびょう)』へと向かった。関帝廟とは『三国志』で有名な武将『関羽(かんう)』を祀る廟の事である。関羽は高潔な人で義にも厚く『簿記法』を発明したことから商売の神様としてここ中華街の人々からの信仰が厚い。(義に厚いという事も商売にとって一番大切な「信用」という点において商売人から神として祀られている所以であろう)
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そもそも中華街の歴史は開港されて以来、この地が外国人居留地として栄えた事に始まる。欧米人が多かったが商取引や貿易が盛んになるにつれ、中国人も多数この横浜にやって来た。そういった中国人の為に不馴れな日本食や洋食ではなく中国料理を食べられるように考え、外商に勤める料理人が独立し、主として中国人を対象に商売を行ってきたのだという。
主に広東や上海出身の華僑(かきょう)の人達が多い為、現在の中華街にある中華料理屋も広東料理を出す店が多いのだという事だ。
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しかしこの『関帝廟』、日本の質素で朴訥な寺院とは違って派手な色使いが目に鮮やかに飛び込んで来る。色の鮮やかさだけでなく、非常に細かい意匠や細工が素晴らしい。日本の寺院でこの関帝廟に似た派手さと工芸の細かさが似ている建築物は『日光東照宮』くらいであろう。
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参拝方法も日本のそれとは随分異なっているようだ。驚くのはここで参拝用に使用されている御線香は「毎日香」もビックリの巨大サイズでしかも太く、まるで花火のような御線香である。それにしてもこの関帝廟の彫刻は見ているだけで飽き無い。というか何かしらオメデタイ雰囲気になってしまう伊蔵であった(笑)
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関帝廟で中国文化の洗礼を受けた伊蔵と草加君は境内前の『関帝廟通り』を西に向かって歩き、『地久門』という門をくぐった所で別行動をとることに。『OFF会』の集合場所はJR桜木町駅の改札口付近の本屋『ブックガーデン桜木町』の前に午後4時半なので、それまでしばしのお別れという事になる。草加君と別れた伊蔵は『福健路』を通って『横浜スタジアム』のすぐ近くをかすめて一路『伊勢佐木町』へと向かったのだった。<つづく>

★余談だが・・・★
この横浜行きから帰って来て分かった事だが、フカヒレラーメンで有名なtakeさんの紹介してくれたお店の名前は『まるた小屋』という名前であった。調べてみて分かった事だがあれだけウロウロしたのに案外近くにあったという事が判明。訪れる事が出来なくて非常に残念であった・・・。次回は是非訪れてみたい!

●まるた小屋ホームページ
http://www.maruta-goya.net/
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華僑華僑(かきょう)は、「中華人民共和国|中国・台湾・香港・マカオ以外の国家・地域に移住しながらも、中国の国籍を持つ漢民族」を指す呼称である。留学生は含まない。中華人民共和国政府の定義では、同国外に居住する同国公民だけを指すが、ここでは前述の定義について

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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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