2017-06

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港・横浜OFF会(その9・関内~伊勢佐木町散策)

草加君と昼食を共にとった後、別行動に移った伊蔵は『JR関内駅』方面へと向かった。

『関内(かんない)』とは一体何か?これは横浜開港後に外国人居留地が作られた場所であり、江戸幕府は意識的に『武士』と『外国人』との接触を避けたかった為、この地区の入口に「関門」と呼ばれる関所のようなものを設けた。この関門の内側の事を『関内』と言ったのだ。反対に「関門」の外は『関外(かんがい)』と呼ばれた。

『関内』に至る道には川や堀割りが作られて、橋が架けられていたがその全てに「関門」が設けられた。武士は『関内』には入る事が許されなかったという。明治維新後は日本の近代化が進み、関門の意味も次第に薄れてきた為、廃止になったが『関内』の呼び方は現在まで残っている。

とりあえず伊蔵は『横浜スタジアム』のすぐ西側のJR根岸線のガードに沿った道を『関内駅』へと足を進めた。程なく関内駅前に到着。
yokohama60.jpg

あとから調べてみて分かったのだが、この関内駅付近にサザンオールスターズの原由子氏の実家である天麩羅屋『天吉(てんきち)』がある。お店の主人は原由子氏のお兄さん。創業明治5年の老舗天麩羅屋らしい。江戸前の食材を使った天麩羅は格別でサザンファンのみならず、食通にも愛されているお店だという事だ。
tenkichi_02.jpg

関内駅西側には名古屋でいう『久屋大通』のような『大通り公園』といわれる通りがある。公園と一体化した通りで南区まで続いている。大通り公園の地下には横浜市営地下鉄が走っており、公園中央部に『伊勢佐木長者町』という駅がある。

しかし伊蔵の目的はこの大通り公園ではなく、横浜の庶民的雰囲気を残す商店街『伊勢佐木町通り』である。大通り公園を左手に見ながらさらに先に進む。それらしき通りの入口を左折して通りに足を踏み入れた。思っていたより道幅が狭い商店街であった。
DSCF4459.jpg

まず目に飛び込んで来たのが『横濱カレーミュージアム』だ。
『イセザキモール(伊勢佐木町1丁目・2丁目部分、3~7丁目は伊勢佐木商店街と呼ばれる)』の丁度入口付近に建つカレーのテーマパークである。その雰囲気はレトロモダン。全国から厳選された名店12店からなる。新横浜にある『ラーメン博物館』に良く似た施設と考えればいいであろう。
DSCF4460.jpg

イセザキモールにはゲームセンターやパチンコ屋、飲食店など普通の商店街にあるものは全てが揃っていた。気が付いたのは結構『古書店』が多いという事だった。古本の青空販売みたいな事も行われていたし、普通に店舗を構えているところもあった。
DSCF4461.jpg

何よりも全国各地にある商店街が寂れていく事が多い中、ここイセザキモールの商店街は訪れる人も多いらしく、非常に活気がある。伊勢佐木町は古くからの繁華街で明治時代から様々な商店がこの通り一帯に軒を列ねていたという。伊勢佐木の名もこの地の開発者、伊勢氏と佐々木氏の名を一つにして名前が付いたのだという。

またストリートミュージシャンによる『路上ライブ』も盛んに行われている場所としても『伊勢佐木町』は有名である。現在ではすっかり有名になってしまったフォークデュオ『ゆず』もこの伊勢佐木町にある横浜松坂屋の前で路上ライブを行っていた事で知られている。伊蔵が訪れたこの日もバンドが路上ライブを行っていた。
DSCF4462.jpg

もうひとつ伊勢佐木町の名を有名にした人物が『青江三奈(あおえみな)』さんである。ここ伊勢佐木町を歌った『伊勢佐木町ブルース』が1968年(昭和43年)に大ヒット。日本レコード大賞を受賞した。その独特な歌い方は現在でもよくモノマネされたりする程。青江三奈さんは残念ながら2000年(平成12年)に亡くなられたが、伊勢佐木町の名を全国に知らしめたこの功労者を記念して、ここイセザキモールの4丁目パーキング前に『ブルースの碑』が建立されている。

碑の後の看板は随時リニューアルされており、上の画像の看板で『四代目』になるという。さて伊蔵が今夜とってある宿のチェックインの時間がこの辺りで近付いて来た。伊蔵は伊勢佐木町から進路を北へと変えた。しばらく進むと『大岡川』のほとりに出た。
DSCF4463.jpg

『大岡川』に架かる橋から今夜の『OFF会』が開かれる桜木町方面を望んだ。ランドマークタワーと大岡川のゆったりした流れが見える・・。

(いよいよだ・・いよいよ皆と顔を合わせる事が実現する・・・)

と、あとわずか2時間あまり後に実現する『OFF会』に想いを馳せる伊蔵であった。宿には予定通り午後3時にチェックイン。通された部屋もシングルという事であったが十分な広さとベッドも広々。上々の部屋であった。十分休んでシャワーでも浴びてから出掛けても間に合うくらいなのでゆっくりする事にした伊蔵であった。<つづく>
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● COMMENT ●

お疲れさまです!

BARでも言いましたが、オフ会お疲れさまでした!
あと、大変お世話になりまして・・申し訳ありません;
くどいようですが、本当楽しかったです♪

オフ会前に色々散策されたんですね!
あたし以上に横浜を知ってる・・(笑)

オフ会のレポも楽しみにしてます★

こちらこそ楽しませて頂きました☆

鎖骨さん>>
こちらこそ『OFF会』お疲れさまでした。
随分楽しませて頂きまして有り難うございました(笑)

横浜という街は歩きまわるのに丁度良い規模の街で、見る所も沢山あって楽しかったです。行った場所について帰ってから調べる作業は伊蔵の趣味とするところなので、この作業も非常に楽しい。

初めてメンバーと顔を合わせるというこの『OFF会』という場は考えていた以上に面白かったし、思い出になりました!有り難うございました☆

また是非次回も行いたいですね!
引き続きレポをお楽しみ下さい。


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伊勢佐木町伊勢佐木町(いせざきちょう)は、横浜市中区 (横浜市)|中区にある地名及び、商店街である。伊勢佐木町1~7丁目からなる。伊勢佐木町通りに沿って北東-南西方向に約1.2km続く。北東端の関内駅近くで馬車道につながり、南西端は南区 (横浜市)|南区に接する。現在1

関所関所(せきしょ)とは、交通の要所に設置された、徴税や検問のための施設である。単に関(せき)とも。陸路(街道)上に設置された関所は「道路関」、海路に設置された関所は「海路関」とも呼ばれる。陸路では、峠や川|河岸に設置されることが多い。にて).wikilis{font

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幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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