2017-07

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港・横浜OFF会(その13・馬車道散策)

大成功の内に終了した『横浜OFF会』の次の日、伊蔵は結構昨夜に焼酎を飲んだにも関らず、心配された二日酔いもなくちょっとだけ気怠い朝を迎えた。まだ午前7時を回ったところだったので二度寝する事に(笑)

午前8時に起床し、昨夜OFF会が終了した帰りにコンビニに寄って購入した朝飯を食べ、シャワーを浴びてから午前9時前に宿をチェックアウトした。草加君と桜木町駅の出口での待ち合わせは午前10時。1時間早いわけだが、これは伊蔵が昨日の散策で見れなかった所を朝の時間を利用して回ってみようと思ったからである。昨日の内にかなり見て回ったつもりだったが、夜の内に宿で横浜のガイドブックを改めて検証したところまだまだ回るべき所が沢山出て来たという訳。

『横浜』は幕末に開港して以来、日本で最も早い時期に外国文化がどんどん流入した街という事もあって『日本初の○○』というものが多い街として知られている。これについては後ほど話そう。
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宿を出た伊蔵は桜木町駅近くの歩道橋を渡り『馬車道』方面へと向かった。『馬車道(ばしゃみち)』とは赤レンガ倉庫のある港から万国橋を経て外国人居留地のあった『関内』まで続いている道の事で、その昔は外国人が港から居留地までこの道を馬車で往来していたといい、これがこの通りの名の由来になっている。
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まず伊蔵が見たかった建物が『神奈川県立歴史博物館』。元々は『横浜正金銀行本店』として明治37年に建てられた(日露戦争の頃だ)建築様式は『ネオ・バロック様式』を基調としている。バロック様式の代表的建築物としては、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂やフランスのルーブル宮やヴェルサイユ宮殿などが有名だ。
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この建物は横浜繁栄のシンボル的存在で国の重要文化財にも指定されている。夜間はライトアップされるらしく、とても綺麗で幻想的だという。夜に訪れてみたかった・・。
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上の画像の道が『馬車道』。何の変哲もない小さな通りだ。しかしこの小さな通りから日本の『文明開化』が始まった事を思うと感慨深いモノがある。先程も話したが外国文化がいち早く日本に流入した場所という事で『日本で初めて』という謂れのあるものがこの馬車道付近には数多くある。いくつか有名どころを挙げてみると、

●『あいすくりん(アイスクリーム)』が日本最初に販売される
1869年(明治2年)馬車道通り常盤町五丁目に於いて、町田房造氏が「氷水店」を開業

●『日刊新聞』が日本で初めて発行される
1870年(明治3年)「横浜活版社」より『横浜毎日新聞』が日本初の日本語の日刊新聞を発行

●日本最初の『ガス灯』点灯
1872年(明治5年)日本人実業家高島嘉右衛門の中区花咲町に「日本ガス社中」という会社を作り馬車道通り沿いに『ガス灯』を設置・点灯した。

その他、電気・電信・鉄道など現代では当たり前になっているもののほとんどが横浜が発祥の地だ。上記したものの中で伊蔵は『ガス灯』の発祥の地にある記念碑を見る事が出来た。
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この記念碑は横浜市市民文化会館(関内ホール)の玄関先にある。二本のガス灯が並んで建っており、間に記念碑が据えてあった。興味深かったのは、その当時の(時代は多少下っていると思われるが)この場所の写真が記念碑と一緒に掲げられていた事だ。
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この写真をよく観察して見ると馬車道沿いに電信柱が建っている事がわかるし、街路樹等も植っている。家々は瓦葺きの屋根が多いが、そんな屋根の向こうに見えているのは、まぎれもなく先程伊蔵が見てきた『神奈川県立歴史博物館(当時は横浜正金銀行本店)』相違ない。では今現在ではこの場所はどうなっているか、伊蔵なりに撮影してみたので御覧頂きたい。
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当たり前だが凄い変わり様(笑)一番の違いは高層の建物が増えてしまい、視界が狭くなった事だろう。昔の写真では『神奈川県立歴史博物館(当時は横浜正金銀行本店)』の建物が一番大きく映っているのだが、現代ではビルの影になってしまって少ししか見る事が出来ない。上の二枚の写真の時代の差はわずか約百年・・。随分様変わりしたものだ。

『ガス灯』発祥の地の記念碑は伊蔵はすぐに見つけられたのだが『あいすくりん』の記念碑が一向に見当たらないので馬車道界隈を必要以上に歩き回ってしまった。結局見つけられなかったのだが、このブログを書く為にいろいろ調べてみたところ、意外な事実が!
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『ガス灯』記念碑の前を少し西に進むと馬車道沿いに上の画像の『太陽と母子像』という像があるのだが、このすぐ脇に『アイスクリーム発祥』の記念碑があった事が判明・・・・。伊蔵はこの『太陽と母子像』は目にしていたのだが、一見アイスクリームとは関係の無いこの像に惑わされ発見する事が出来なかったのだ!今さらながら悔やまれる出来事であった。
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歩き回っていると『横浜公園』にぶつかった。この公園の歴史は古く明治9年に開園したのだという。園内西端には『横浜スタジアム』や北側には噴水や広場、池など緑も勿論多く都会の真ん中のオアシスとなっている。今日も朝から良い天気で、歩いているだけで汗ばむほどだった。青い空に公園の緑が映えてとても綺麗だった。
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おおお!そうこうしている間に草加君との待ち合わせの時間が迫って来ている!伊蔵は早足で桜木町駅方面へと向かった。桜木町付近で『野毛小路』という商店街に迷い込んだ。
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朝早い時間なので商店街は閑散としていたが、この港の下町『野毛(のげ)』には600軒もの飲食店がひしめいているらしい。夜ともなれば勤め帰りの人達で賑わうという。夜はきっと違った風景がこの商店街を彩っているのだろう。

待ち合わせ時間の午前10時を少し回ってしまった。草加君はもう待っていた。伊蔵は1時間歩き詰めだった為その場で珈琲を購入、喉を潤した。草加君はその間、本日会えるかもしれないメンバーのひとり『珍念さん(京都在住)』に携帯で連絡をとっていた。

草加君と伊蔵は話し合い、『とりあえず横浜駅まで出向こう』という事になった。『珍念さん』は横浜駅近くで行われる友人の結婚式に出席する為に関東にやって来る事になっていたからだ。草加君と伊蔵はそんな訳で横浜市営地下鉄のホームへと続く階段を降りていった。<つづく>
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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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