2017-11

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伊蔵、上洛す(その9・鴨川を歩く/前編)

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伊蔵は『鴨川』べりまで戻って来た。鴨川に架かる『加茂大橋』のそばから河原の遊歩道に降りてみる。この遊歩道は下流までずっと続いていて鴨川を眺めながら歩いて行けるように整備されている。宿の予約をして来なかった伊蔵であったが、京都駅近く(七条)辺りでいつも泊めさせて頂いている宿に泊まろうと考えていた(そこは大抵空いているのだ)。

伊蔵が現在いる場所は京都の市街地から見ると北の端になるから『七条』まではこの『鴨川』べりの遊歩道を歩いて真っ直ぐ下る事になる。約4キロ強の道のり。一日中歩いて足が痛み始めていた(運動不足だ情けない・・)頑張って歩く事にする。
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この『鴨川』にはいくつもの橋が架かっている。御存じの通り京都の街はベースが『平安京』なので碁盤の目状に道路が通っている。必然的に『鴨川』に架かる橋もその道路(条)ごとに存在する事になる。三条、四条、五条、七条という具合だ。また今伊蔵が歩いている遊歩道は結構人出があり賑やかだ。これは市街地や繁華街のすぐ近くに綺麗な一級河川が近接している事が大きな原因である。

実際に犬を連れて散歩をしている人、大学の吹奏楽部の楽器の練習、カップル、ギターを弾いている人、ダンスの練習など様々な人達を見かけた。
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上の写真は『御池大橋』手前から『京都ホテル』を写したもの。この一際高層の『京都ホテル』を建てるにあたっては京都の街の景観を損ねるという事で様々な反対意見があったが結局は建設された。またこの『京都ホテル』の建っている場所は、その昔『長州藩邸』があった場所として知られている。この辺りでは幕末期の思想家『佐久間象山(さくましょうざん)』が尊王攘夷派の手によって暗殺されたり、長州藩の生まれで明治陸軍の創設の父といわれる『大村益次郎(おおむらますじろう)』が刺客に襲われたりした(遭難の碑がある)
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上の写真の橋は『三条大橋』。東海道・中山道の終点として知られている。この橋のたもとには『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』の主人公『弥次さん・喜多さん』の像もある。『加茂大橋』からずっと鴨川を下って来たが辺りは大分暗くなり始めて来たようだ。

ここまで遊歩道を下って来て気が付いた事がある。
それはいくつかくぐって来た橋の下にだけ『ホームレス』が家を建て住みついている事だ。京都という街は国際的な観光都市である為、条例もかなり厳しいはずなのだがなぜか撤去されていない。決まって橋の下のみに建てられていたのだが、これを観察して見たところ、かなりしっかり造り込まれた『住居』だった。撮影は流石に憚られたので伊蔵の記憶に残ったままをイラストにまとめて見た。(クリックで拡大します)
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この『住居』の大きさ・広さは大体の推測だが四畳半から五畳程度はあると思われる。外壁はもはやホームレス住居の定番と言っていい『ブルーシート』で丁寧に覆われている。そのブルーシートは風などでバタつかない様に四方や角の部分をガムテープでキッチリと止められている。壁自体は段ボールではなく多分ベニヤ板等の廃材を利用しているように見えた。そしてなぜかほとんどが『高床式』になっていた。これは夏場の風通しを良くする為と湿気を防ぐ為だと伊蔵は推測した。ただ高床式にしてあるだけではなく、柱と柱を『筋かい』で結んで強度的にも問題の無い造りになっている。

簡易的な台所まで備えている住居もあった。コンロまである。この季節はギンナンを拾って日銭を稼ぐ方もみえるらしく、『ぎんなんあります』というお品書き?まで架かっている住居もあった。

『窓』や『玄関扉』も付けられていたのにはちょっと驚きだった。住人はもともとその方面の職人だったのではないかと思われる。玄関扉の裏には古都京都らしく『鹿苑寺・金閣』のポスターが貼ってあり、ヨシズも掛けられていてなかなか風流な佇まいを醸し出していた。ちょっとここまでの完成度の『ホームレス住居』を伊蔵は見た事がない。ある種、少年時代に友達と造って遊んだ『秘密基地』的な雰囲気もありシンプルな狭小住宅という感じもして、ちょっと室内を覗きたいような衝動に駆られてしまった(笑)この『住居』の住人に伊蔵は声を大にして言いたい。

『あなたはもう「ホームレス」ではない!!』

これだけの住居に住んでいれば『レス』とは言えないであろう。これからやって来る冬。ことに京都の冬の冷え込みは厳しい。住人はどんな境遇、経験を経て来た人なのかは分らないが、働く場は無くとも貧しくとも元気で生きていってもらいたいと伊蔵は願わずにはいられなかった。<つづく>


★伊蔵のちょっとモノ申す★
これほどの快適な住居が廃材や廃棄物で造れてしまうという事は、職にちゃんとついてまっとうに普通に暮らしている大部分の人達がいかに、モノを大切に使っていないかという事の裏返しだと思えて仕方がなかった。壊れたモノをすぐに捨てずに直してとことんまで使うかつての『もったいない精神の復活』が現代人(とくに日本人)には必要だろう。修理するより新品を買った方が安くつきますよ的な商売は間違っている。消費者や生産者どちらにも考え方を見直す点があるように思える。
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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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