2017-08

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近江国・長浜への旅(その12・国友町へ)

滋賀県長浜市国友町。この場所が室町末期から江戸時代初期にかけて堺・根来と並び“鉄砲”の生産地であった事はすでに述べた。種子島に鉄砲が伝来してから足利将軍家、織田信長、豊臣秀吉とこの小さな集落は保護を受け、徳川家康はこの地を『天領(幕府直轄地)』とした。国友鉄砲鍛冶は幕府の“御用鍛冶”となるまでになったのである。最盛期には70余軒の鍛冶屋と500人を越す職人が居たという。
P50508631.jpg

国友町は長浜市街の中心部からは東北方向、姉川の流れのすぐ近くにある小さな集落である。伊蔵は最初この国友まで歩いて行こうかと考えていたのだが、この悪天候では歩く気になれずとりあえずJR長浜駅前のロータリーまで歩き、そこでタクシーを捉まえ国友へと向ったのだった。
DSCF5506.jpg

国友の集落の中に『国友鉄砲の里資料館』という施設がある事は長浜の旅をするにあたり、伊蔵は予め調べて知っていた。施設の立地場所が市街地から離れている事と交通の便が悪い事もあって大挙して観光客が訪れる事は無く、よっぽどの歴史好きか銃器マニアしか訪れないかもしれない・・・。

タクシーに乗り込んだ伊蔵は運転手さんに、
『国友にある鉄砲資料館へお願いします。』と行き先を告げた。

タクシーは駅前のロータリーを回って市街地を通過して一旦国道8号線へと出て北上した。国道沿いには様々な店が立ち並んでいたが少し裏へ入ると一面田んぼという風景であった。本当にこの様な場所の近くに鉄砲の一大生産地があったのだろうか・・とちょっと首をひねってしまいそうな心境に伊蔵は陥りそうだった。しばらく国道を北上していたタクシーは左に大きくカーブする辺りで進路を東側(右折)に変え田んぼの中の一本道を進み始めた。

さらに左折し北へ進路を変えると前方に田んぼの海の中にポツンと浮かぶ島の様なひとつの集落が見え始めた。『あれが国友の集落ですか?』タクシー運転手に聞いてみると、

『ええそうですよ。』

伊蔵の目には田舎によく見る様なただの集落にしか見え無かった。タクシーは静かに『国友』の集落の中へ進んで行ったのだった。<つづく>
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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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