2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

m-k観光主催『越前・福井の旅』その11/福井一人歩き5

『福井城』を一通り見てまわった伊蔵は次に、城の西側にある『中央公園』へと向った。
DSCF5778.jpg

『中央公園』内には福井県所縁の人物の銅像が各所に建っている。いくつか紹介しよう。
DSCF5639.jpg

●『岡倉天心(おかくらてんしん)』(1863年~1913年)
明治期に活躍した美術家で父である岡倉勘右衛門は福井藩士。勘右衛門は貿易商を営んでいた為、天心自身は横浜で生まれた。英語は堪能だった。東京帝国大学卒業後、文部省で勤務。アメリカ人アーネスト・フェロノサとともに日本美術を調査、フェロノサとは欧米美術視察の際も同行する。これらの視察を活かし東京美術学校の設立に貢献。また日本美術院の創設者でもある。著作には日本の伝統文化を紹介した『茶の本』があり、この本は100年前ニューヨークで英訳されて出版された。
DSCF5640.jpg

●『由利公正(ゆりきみまさ)』(1829年~1909年)
幕末の福井藩士、明治後は政治家となった。幕末期、財政難に苦しんでいた福井藩を見事に立て直した事でも有名な人物。坂本龍馬とも交流があった。維新後、明治新政府に参画。財政再建や“五箇条の御誓文”の起草、国会開設にも力を注いだ。
DSCF5645.jpg

●『岡田啓介(おかだけいすけ)』(1868年~1952年)
福井藩士の子として生まれる。福井県出身で初の内閣総理大臣(第31代)として知られる。二・二六事件の際の総理大臣という方が有名かもしれない。陸軍皇道派青年将校らに官邸を襲撃されたが女中部屋の押入に隠れていた為に難を逃れる。太平洋戦争末期には戦争の早期終結に尽力した。

中央公園内の主な銅像を紹介してみた。公園隣の『福井神社』境内には幕末の福井藩主『松平春嶽(まつだいらしゅんがく)』の像もあるのだが、この旅の時には、伊蔵は残念ながらその存在に気がつかなかった為、撮影はしていない・・。春嶽についてはまた別の回で紹介しようと思う。中央公園は福井市民の憩いの場となっていて、園内には高校生やカップル、お年寄りの集団など様々な人々が居た。
DSCF5641.jpg

園内にある梅林を見てみると梅の花が開花していて梅の香りが匂い立っていた。今日は本当に暖かく、歩いていると暑いくらいだ。
DSCF5644.jpg

伊蔵は次の目的地『福井市立郷土歴史博物館』へと向った。<つづく>
スポンサーサイト

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://moriizou.blog39.fc2.com/tb.php/293-b9b7fad4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

m-k観光主催『越前・福井の旅』その12/福井一人歩き6 «  | BLOG TOP |  » m-k観光主催『越前・福井の旅』その10/福井一人歩き4

プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。