2017-07

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伊蔵、登城す/その1・発掘調査見学会

今週ある新聞記事を伊蔵は見た。現在復元事業計画が進められている『名古屋城本丸御殿』の発掘調査見学会が週末にあるという記事であった。今週末、伊蔵は土日休みに当たっていたのでこれは行かねばなるまいと密かに考えていたのだ。
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『名古屋城本丸御殿』は1615年(慶長20年)に完成し尾張徳川家初代藩主・徳川義直(とくがわよしなお/家康の九男)の住居、尾張藩政庁として機能していた建築物の事である。本丸御殿としては少々小振りの建築物である為、義直が後に二の丸に住居を移してからは将軍上洛の際の宿舎として利用され、総面積3,000平方メートル、部屋数30を超える平家建ての建築物で室内にはきらびやかな障壁画や様々な調度品、美術工芸品で飾られていた。
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◆在りし日の本丸御殿・天守閣
完成から300年以上も大天守、小天守とともに本丸御殿は名古屋のシンボルとしてその姿を留めていたが1945年5月の名古屋空襲によって全てが灰燼に期してしまったのである。(障壁画や襖絵などは難を逃れたが)戦争というのはこれほどの文化的財産を一瞬にして灰にしてしまう。実に勿体無いし悲しむべき事だ。
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◆空襲によって燃える大天守
この時『金鯱』も溶けてしまった。金鯱の残骸から取り出された金は茶釜、名古屋市旗の冠頭に姿を変えて保存されている。
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◆本丸御殿跡から天守台を望む
手前の広場の様に見える場所に本丸御殿が建っていた。手前は小天守台、その向こうに見えるのが大天守台。
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◆北側上空から天守台を望む
戦後の1959年(昭和34年)天守閣は再建されたが本丸御殿は再建される事はなく跡地の整備工事のみにとどまった。もしこれらの建築物が戦災によって失われる事がなければ今頃『世界遺産』に登録されていたといっても決して過言ではない。
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◆本丸御殿/表玄関・車寄
本丸御殿再建は『NC400プロジェクト』と呼ばれ、『名古屋城本丸御殿積立基金』を設立し現在再建に向けての寄付金を募っている。再建にかかる総費用は150億円と言われており、その三分の一の50億円を寄付金で賄う計画だが、現在の寄付金総額は17億円をちょっと超える位しか集まっていない。復元工事は2008年(平成20年)着工し、2010年(平成22年)の名古屋開府400年の年を跨いで第一期工事(工期五年/玄関・表書院の復元)完成を目指す。総工期15年で全ての建物の復元するという名古屋の一大プロジェクトだ。

今回の『本丸御殿発掘見学会』では現地を前にして名古屋市学芸員に発掘調査報告と説明をして頂けるだけでなく、今まで関係者のみしか足を踏み入れる事が出来なかった本丸御殿跡地を実際に歩いて見学する事が可能だという。これは楽しみだ。<つづく>

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