2017-08

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めぐりあい『宙(そら)』/その6・料理と器

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イサキの塩焼きを堪能した後に出されたのは『蟹肉、トロロ、ワカメの酢物』サッパリ系の料理だ。また盛られた器がイイ。こうした食事を頂く時の楽しみとして器を見るという楽しみもある。使用する器ひとつでも盛られた料理が見た目に旨く見えたり不味く見えたりするので、“器と料理”の組み合わせは非常に重要である。特に昔からこの東海地方は器を造るのに良質な地質に恵まれているので、様々な陶磁器の産地として有名な土地である。

伊蔵の地元では特に『美濃焼(みのやき)』が有名だ。美濃焼の一種『志野焼』は伊蔵地元でも昔から造られている有名な焼物で窯跡などの遺跡も多数発見されている。元々『瀬戸もの』で有名な瀬戸(愛知県瀬戸市)の陶工達が室町時代に戦火を逃れて美濃国に入り、焼物を造った事が始まりとされる。『志野焼』は永く瀬戸で造られていたという説があったが、陶芸家『荒川豊蔵(あらかわとよぞう)』(人間国宝・1897~1985)氏が岐阜県可児郡久々利村の山中の窯跡において、桃山時代の『志野焼』の陶片を発見し、『志野焼』は瀬戸ではなく美濃で造られていた事が明らかとなった。彼の功績を記念して『豊蔵資料館』も建てられている。同じくこの地方で活躍した陶芸家に『加藤唐九郎(かとうとうくろう)』(1897~1985)彼も桃山時代の陶芸研究と再現に務めた陶芸家として広く知られている。

この地方がこれほど陶磁器の一大産地となったのは、戦国時代末期における戦国大名の保護のもと千利休によって大成された『茶の湯』の隆盛と恵まれた地質、当時の庶民達の生活雑器として陶磁器が多く使われる事になったという背景がある。大名の中には茶の湯を楽しむだけで無く、自分好みの焼物を造ったり、茶の湯道具だけでなく作庭も自分流にプロデュースしてしまう『古田織部(ふるたおりべ)』や『織田有楽(おだうらく/信長の弟にあたる)』などの大名茶人もいた。

とにかくただ食べるだけ、飲むだけではつまらないので器にも目を向けて知識を入れておくと料理を楽しむ上で一種の和の食事の広がりを感ずる事が出来るように思う。
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酢物の後には小型のお釜で炊かれた『鰻の釜飯』が登場!!釜の蓋を開けて中を覗くとツヤツヤとしたタレに浸され焼かれた鰻が燦然と輝き、さらにその下には実に旨そうなお米が白くこれまた輝いていた。釜で炊かれたお米なので表面のお米が立っている!お客様係のM君がしゃもじで丹念にかき混ぜてくれた。
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うほほほ・・・こりゃ~旨そうだ(笑)釜にはオコゲも出来ていてこれがまた香ばしくて美味しい。釜で炊いた御飯はやはり美味しく、鰻の身もホクホクと柔らかい。これを一緒に口に頬張る贅沢は何ともいえない・・・。
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『鰻の釜飯』に一緒に付いて来たのは『潮汁(漁師汁)』。塩焼きや刺身にした魚の中骨などから出汁をとった味噌汁仕立てにしたものである。こちらもイイ出汁が出ていて海の香りがいっぱいだ。単純な味噌汁なのだがこれがまた旨い!本当に美味しい料理とは手の混んでいないものなのかもしれない。<つづく>
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幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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