2017-10

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『円頓寺七夕まつり』を訪ねる/その2

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円頓寺商店街界隈は狭い路地あり、古い街並ありと伊蔵の好きな風景が沢山ある。狭い路地等があると思わず足を踏み入れたくなってしまう。
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かなり古い土蔵なども残っている。しかしこういった建物も年々壊されて無人の有料駐車場に姿を変えてしまっている場所が多いのも事実だ。
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『円頓寺商店街』が『圓頓寺(えんどんじ)』の門前町として発展した事はすでにお話した。『長久山圓頓寺』は日蓮宗の寺で承応三年(1654年)普敬院日言上人によって創建され、享保9年(1724年)、現在の地に移った。
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本堂は本堂は名古屋城天守閣使用の余材を拝領して建立されたという。本堂脇に尾張藩祖徳川義直の側室「おこんの方」より贈られた鬼子母神像を安置している事から女性と子供の神様とされている。狭い敷地にありながらなかなか立派なお寺で、かえって門から中へ入る事が出来なかった・・・。大須観音のようにオープンな感じのお寺では無い感じがした。
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商店街には『圓頓寺』以外にも大小の神社仏閣が点在している。こちらは『金比羅神社(こんぴらじんじゃ)』。商店街の脇道に沿うとても細長い敷地に建つ神社だ。大国主命を主祭神として須佐之男命、加具土命と共に祀られている。元々名古屋城内三の丸に祀られていたが安政六年(1859年)にこの地に移された。
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こちらも狭い路地に参道が奥へと延びる『多賀宮(たがぐう)』近江の多賀大社より分祀したもので伊耶那岐命、伊耶那美命を祀る。延命と縁結びの神様といわれる。この境内には『おもかる石』という不思議な石があり、石を一度持ち上げてから願い事をして再度石を持ち上げた時、重さが変われば願いが叶うという。
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しかしこの『多賀宮』の佇まいが何ともいえない・・・。この狭い空間は一体なんなのだ。最初に『多賀宮』が建てられたのか周りの住宅が後から無理矢理建てられたのかどちらかよく分からない(笑)大きな地震でも起きたらかなりマズイのではないかと思われる。上の建物がストンと落ちれば『多賀宮』の参道は閉ざされてしまうだろう。まさに『テトリス的風景』といえる。しかしこういう下町的な雑多な風景が楽しい。<つづく>
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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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