2017-10

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伊蔵の江戸巡り/その4・築地市場・後編

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伊蔵がこの築地で訪れたかった場所というのは“牛丼”で知られる『吉野家』の築地店。吉野家は日本のみならず世界各地に牛丼チェーン店を展開しているがその数ある店舗の中でも最も古く歴史がある店がこの『築地店』なのである。
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牛丼の『吉野家』の創業は1899年(明治32年)。創業100年以上の歴史を持つ。創業者は『松田栄吉』氏。吉野家の“吉野”はこの松田氏の出身地である大阪の吉野町(現在は町名は残っていない)から名付けられた。元々の創業店は日本橋魚河岸にあったが大正12年の関東大震災で店が燃失。魚河岸の移転と一緒に築地に移転した。この事から築地市場と吉野家は同じ歴史を現在まで歩んでいる事がいえる。

またこの移転した築地店も昭和20年の東京大空襲で燃失してしまった。戦後は屋台で商売をしていたが二代目を継いだ栄吉の息子である『松田瑞穂』氏は昭和22年に築地店を復活させた。1958年(昭和33年)株式会社化。この当時吉野家はこの『築地店』一店舗のみ。二代目瑞穂氏はこの一店舗のみで“年商一億円”を目標に掲げた。この目標は見事に1965年(昭和40年)に達成され『早い、うまい、安い』をキャッチコピーにその後吉野家は全国に店舗展開していったが1980年(昭和55年)その無理がたたり倒産、会社更生手続きを申請。セゾングループの資本参加によって再建された。社名も『株式会社吉野家ディー・アンド・シー』に変更されさらにその後『株式会社吉野家ホールディングス』という名称になった。

この牛丼チェーン店の原点を伊蔵は見たかったのだがこの吉野家築地店は築地市場の場内にある事が分かり市場が休みの今日は自動的に築地店も定休日なのだった。残念!かなり小さい店らしいのだが一号店という事もあり普通の店とは違っていてカウンターの天板に使われているのは二百年物の松。床材も御影石が使われているという凝りよう。一大牛丼チェーン店になった今日でも原点を忘れず大切に思うという精神は素晴らしい。
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定休日では仕方がないので伊蔵は場外市場内の東西方向に伸びている通り『築地横丁』を歩いてみる事にした。細い路地にも沢山の店が建ち並んでいたがほとんどがお休みのようだった。
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観光客も少ない為か板前さんも路上で暇そうだ(笑)
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頑丈一徹、武骨な“実用自転車”もこういう市場ではよく見かけた。そろそろ築地場外市場を後にするか・・・。腹も減ったし。伊蔵は『晴海通り』の大きな通りに出た。そのまま通りを隅田川方面へと向かうと・・・
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おおお!吉野家ではないかっ!早速昼飯にしよう(笑)この吉野家は『築地東店』。原点の『築地店』には入る事が出来なかったが良しとしよう。伊蔵は少し早めの昼飯を『牛丼特盛・玉』ですませたのだった。<つづく>





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Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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