2017-10

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伊蔵の江戸巡り/その6・築地本願寺

勝鬨橋を後にした伊蔵は元来た晴海通りを銀座方面へ向かって歩いていた。この築地でもう一つ立ち寄って見てみたかった建築物があるからである。その建築物とは『築地本願寺』。
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とても日本の寺には見え無い(笑)この寺の正式名称は『浄土真宗本願寺派本願寺築地別院』という。以前から伊蔵はこの一種日本離れした異様な建築物を見たいと思っていた。実際に目にしてみるとやっぱり異様だった(笑)
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築地本願寺は1617年(元和三年)西本願寺の別院として第12代宗主『准如』によって建立された。当時は浅草横山町にあった事から『江戸浅草御坊』と呼ばれていたが1657年(明暦三年)のいわゆる“振袖火事”で焼失。その後幕府から与えられた土地が現在の築地本願寺の場所であるが当時この辺りは海であった。そこで佃島の門徒が中心になって海を埋め立て1679年(延宝七年)再建され『築地御坊』と呼ばれるようになった。

しかしこの建物も関東大震災で崩壊してしまった。この本堂の再建にあたったのは東京帝国大学工学部教授であった『伊東忠太』博士。インド・アジャンタ式(古代インド様式)と呼ばれるこの建築様式にこだわり巨費を投じたのは当時の浄土真宗本願寺派第22世法主『大谷光瑞(おおたにこうずい)』。
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この大谷光瑞という人物は教団活動の一環として考古学探険隊を組織してシルクロードやゴビ砂漠付近のいわゆる“西域”を探険・発掘調査したり、探険で収集した発掘品の展示をはじめ英才教育のための学院設立など様々な文化活動を行なったスケールの巨大な人物として知られている。しかしあまりにこうした趣味的事業にお金をかけ過ぎてしまった為に巨額な負債を抱える事となり本願寺法主の座を追われた。
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設計を担当した『伊東忠太』博士は明治・大正・昭和期の建築家、美術家として知られている。1893年(明治26年)大学院在学中に『法隆寺建築論』という論文を発表、法隆寺が日本最古の寺院建築である事を示し日本建築史を創始した。彼は日本の建築芸術の発展経路を明らかにする為、中国、中央アジア、満州、仏印を調査、多くの著述を残している。

そんな中、設計する事になった『築地本願寺』。従来の日本寺院建築に飽きていた彼はインド様式でこの本願寺を建てたのは必然的だったといってよい。またこの様式で寺院を建てる事を許可した『大谷光瑞』の頭の柔らかさには驚かされるがこの二人の目指そうとしていた部分が多分に似通っていた事がこの異様な建築物がこの世に現出する一因にもなっているのだろう。二人とも“スケールのでかい変わり者”だと思う(笑)
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『築地本願寺』の門前にある“狛犬”もやっぱり日本の寺で多く見かける様な狛犬では無くどこか異国の雰囲気を醸し出している。犬というよりも獅子といった感じである。しかもその身体には羽根を有している。う~んどこか“メソポタミア風”または“ペルシャ風?”の容貌に近い。いずれにしても中央アジア近辺の意匠によく似ている。
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巨大な石造りの四本の柱に守られた門をくぐると本堂へと通じる玄関が伊蔵の前に姿を現わした。巨大な玄関扉の上にはステンドグラスが嵌め込まれておりこれまた日本の寺院建築には見られないもの。本願寺では無く教会のようだ(笑)しかし玄関を入った場所にある本堂は昔ながらの寺院そのままの桃山様式となっていた。中央に浄土真宗の本尊である『阿弥陀如来』が安置されている。伊蔵が訪れたこの日、本堂では仏前結婚式のリハーサルが行なわれていた。
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築地本願寺ではその異質な外観ももちろん驚くが細かい部分にも目を向けると実に面白い意匠を見つける事が出来て楽しい。これは本堂前の地下へと通じる階段の欄干に乗っている牛の意匠。インドでは牛は神聖な動物とされている。
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こちらは鳥の意匠だ。これらの動物の意匠が飾られるのは全て仏教上の意味があるようだ。
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欄干にある動物達の意匠についての説明をここに記しておこう。

■妖怪趣味(Monstrous Creature Motif)
築地本願寺の設計者、伊東忠太は動物や妖怪のイメージをよく用いる。牛、馬、象、猿、獅子などがあちらこちらにさりげなく“棲んで”いる。これは仏教説話「三畜評樹」を取り入れており、「物事は全体を見渡すことが重要」という教え。これに従い堂内では高い順に鳥、猿、象という配置になっている。

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なるほどなるほど。建築という“表現の場”でこういう作為的な意匠を配しながら満足している設計者伊東忠太博士の顔が浮かんで来そうだ。金の事は気にしないで自分の好きな建築物を自由に造る事が出来た伊東忠太博士は幸せ者だろう。
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階段の一番下には象の意匠があった。実に良く出来ているのでこのまま持って還りたい衝動に駆られる(笑)まだまだこの築地本願寺には沢山の意匠があるのだが紹介はこの辺りにしておこう。
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やっぱり立ち寄ってみてよかった。こういう変わった建築物を見る事は面白い。実は名古屋にもこの『築地本願寺』の建築によく似た寺院がある。
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『西本願寺名古屋別院』がそれだ。同じ浄土真宗本願寺派の寺院。子供の頃から変わった建築物だと思っていたがルーツが築地本願寺だとは当時の伊蔵には分かるはずもない。
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寺院建築物中でもこの威厳さと特異さを持つ築地本願寺にかなうものはないだろう。“悪趣味”“グロテスク”と評される事もある建築だが日本の寺院建築の常識を打ち破り仏教の根本的な姿をこの世に建築というカタチで表現した良い意味での“変わり者”『伊東忠太博士』、『大谷光瑞』の二人に拍手を贈りたい。<つづく>




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幻の焼酎から名を頂きました。
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