2017-09

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伊蔵の『大坂・秋の陣』/その17・“新世界”を巡る・前編

『新世界』には沢山の通りがありそのそれぞれが賑やかな繁華街や商店街となっている。通天閣の足元から西北へ斜に向かう『通天閣本通商店街』、通天閣の南側には『新世界本通』、『通天閣南本通』、『中央通り』、『南陽通商店街(通称:ジャンジャン横丁』などがある。
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この“新世界”界隈は元々何も無かった地区だったが1903年(明治36年)にこの地区で開催された『第五回内国勧業博覧会』が“新世界”発展の基礎になった。この博覧会会場の跡地が開発されパリを模した放射状の三つの通りを配してその中心部にエッフェル塔と凱旋門を足した外観の『初代通天閣』が建てられた。通天閣南側はニューヨークのコニーアイランドに似た遊園地が造られ『ルナパーク』と名付けられ1912年(明治45年)に開業した。その後、新世界は大歓楽街として発展したが太平洋戦争で全て焼失してしまった。
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終戦後まもなく『ジャンジャン横丁』が復活し1956年(昭和31年)には現在伊蔵が目にしている二代目の『通天閣』が開業した。この『通天閣』は“天に通じる高い建物”という意味であり明治初期の儒学者『藤沢南岳』によって名付けられた。鉄骨構造で高さ地上100メートル(避雷針を含めると103メートル)幅24メートル、脚間24メートルを誇る名実ともに大阪のシンボルタワーとなっている。

この『通天閣』の足元に伊蔵は辿り着いた。足元近くに通天閣への入口があった。しかし待ち時間が20分らしく時間が勿体無い伊蔵は今回は登る事を断念する事に・・・。本当は通天閣に登り大阪の街の眺望や“ビリケンさん”にも会いたかったのだが致し方無い。
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初めて訪れた新世界の街は歩いているだけで面白かった。大阪に到着してすぐに訪れた道頓堀商店街界隈の“現代的に洗練された猥雑さ”とは少し違う雑多さがこの新世界の繁華街にはあるようだ。
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どこか昔懐かしい下町の繁華街といった方が合っている感じだ。この街の雰囲気は東京でいうところの『浅草』に近い。時代に取り残されている様な街並だがかえってこのレトロチックさが観光客集客に一役かっているようである。
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takeさんにもこの新世界には一度行ってみると良い!と予め薦められていた。takeさんは先日のスーパーカブによる大阪ツーリングでこの新世界に立寄り大いに楽しんだらしい。その時の報告を店で酒を飲みながら聞いていたのだ。takeさんがふと立ち寄ってみたというある“店”もこの新世界の繁華街のどこかにある。伊蔵はその店を探してみる事にした。<つづく>









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伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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