2017-06

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伊蔵の『お伊勢参り』/その5・参拝

豊受大神宮(外宮)御正殿の鳥居をくぐり伊蔵は賽銭を投げ込み神社での一般的な神拝方法で参拝を行った。いわゆる「二拝・ニ拍手・一拝」という方法だ。しかしこの伊勢神宮での正式な神拝の作法は『八度拝・八開手(はちどはい やひらで)』とされる。これは日本古来のもので最も丁重な神拝作法といわれている。つまり拝を八度行い八回柏手を打つ作法である。

また『出雲大社』と『宇佐神宮』に限ってはこれまた特殊な作法がありこちらは『二拝・四拍手・一拝』となっている。これには意味があり、古来から信じられていた「怨霊信仰」や「言霊信仰」といった事で説明がつけられるとされるのだが長くなるのでここでは省かせて頂く。
DSCF7909.jpg
実際のところ御正殿前には参拝者が殺到しているので八度も礼をして八回柏手を打っている余裕というものが無い(笑)伊蔵はしばし神に祈りを捧げつつ早々に鳥居の外へと引き上げたのであった。
DSCF7910.jpg
『神』という存在は民衆ひとりひとりの願い事や物事に干渉し、いちいちそれらを細かくチェックして願望を叶えて下さるようなそんな小さな存在ではないと伊蔵は常々考えているので本気では祈らない罰当たりな人間だが、しかしながらこういう大神宮に参拝すると一瞬なりとも敬虔な気分にひたる事が出来、常日頃の自分の行いをゆっくりと振返り反省する事が出来るような気がする。行き過ぎた信仰は下手をすると自分の生き方全てを歪めてしまう事が多々ある事は過去の事件、出来事でもわかる事だが、忙しい日常にあたふたしながらもこういう自分を振返る時間をたとえ一瞬でも持つ事は人間にとって必要な事なのかもしれない(やり方は人それぞれあるだろうが)。
DSCF7914.jpg
『神』にどんな願い事をかけようとも叶う叶わないは“ようは自分次第”という事だ。『神』はそこまで人間一人一人の事には干渉しないもっと大きな存在なのだ。ただ人智を超えた大きな存在だけに我々人間どもの小さくて拙い願望の少なくとも「ヨリドコロ」にはなってくれている様な気がする。だからこそ今日も多くの参拝者がこの場所に訪れているのだろう。<つづく>



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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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