2017-08

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『遠州浜松』への旅/その6・浜松城へ・後編

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伊蔵は『浜松城天守閣』の東側に設けられた石段を登り城の内部へと進んだ。入場料は大人150円だ。内部は城というより資料館に近く普通の現代建築で少し残念。岐阜城や小牧城などの内部もこんな感じだ。

浜松城内では徳川家康の生い立ちと浜松城の歴史や甲斐の『武田信玄』との『三方ヶ原の戦い』についての紹介や武具の展示や城下町の紹介等が分かりやすく展示されていた。『三方ヶ原の戦い(1572年・元亀3年)』とは徳川家康の生涯において最大の負け戦としてよく知られている合戦である。

『桶狭間の戦い』で敗北した駿河の今川氏が衰退すると三河の徳川家康と甲斐の武田信玄は時を同じくして駿河に攻め入りこれを大井川を境にして領地を二分する事になった。家康にしてみると元々の自領であった三河の他に遠江(とうとうみ)と駿河の西半分を手に入れ勢力も広がった訳だが大井川という川を挟んで戦国最強と謳われた武田家と隣り合わせの形になったのである。いつ武田に攻め込められるかも分からないのでこれは落ち付かない。逆に信玄にしてみればやっと海に面した土地を手に入れた事で上洛への足掛かりを得た形となったのである。

やがて天下への野望に燃える武田信玄が上洛へ重い腰を上げた。
大軍を率いて遠江に攻め入って来たのだ。この時、家康は浜松城で篭城の構えをとっていたがそんな浜松城をまるで無視するかのように信玄は悠々と浜松城の北方を西上して行くのだった。これを見た家康は家臣が制止するも討って出る事にした。この頃の家康は若かったといわざるをえない。まんまと信玄の挑発に乗った家康は浜松城の北方の『三方ヶ原(みかたがはら)』で少ない軍勢で信玄と戦う事になった。結果は当然ながら徳川方の大惨敗。
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三方ヶ原の戦場から命からがら浜松城に戻った家康は恐怖の余り馬の鞍の上で脱糞していたという。城へ戻った彼はこの戦いでの惨敗を教訓として心に刻んでおくだけでなく、負け戦で逃げ帰って来た情けない自分の姿を絵に描かせ生涯この敗戦を忘れぬようにしたという。一方戦いに勝利した信玄はそのまま上洛するかに見えたがこの戦いの後すぐに病死してしまい彼の天下への野望はその途上で絶たれたのである。
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伊蔵は浜松城の天守閣からその戦いが行なわれたであろう北の方角を眺めて若き家康が何を想ってわざわざ無謀な戦いを信玄に挑んだのだろうかと考えた。若さ故に自分の領地を我がもの顔で通り過ぎる信玄をそのまま見逃す事が出来なかったのかもしれないし、同盟を結んでいた尾張の織田信長への同盟者としての役割と責任や気兼ね、恐れもあったのかもしれない。

戦国最強の軍団甲斐の『武田家』と自分を今川家の人質生活から解放してくれた恩人である同盟者の尾張の新興勢力『織田家』との間に挟まれた形の若き家康の苦悩・・・。

『男なら危険をかえりみず死ぬと分かっていても行動しなければ時がある。負けると分かっていても戦わなければならない事がある。』

と言ったのは、かの『キャプテン・ハーロック』だが当時の徳川家康もあるいは同じ気持ちだったのではあるまいか・・・と何となく思ってしまった伊蔵であった(笑)
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天守閣そのものの規模は小さいながらも浜松城にはスケールの大きな歴史というものが刻み込まれていた。徳川家康の出世は武田信玄に対して屈辱的な大敗北を喫した事に端を発していたのだ。それを生涯の教訓としながらその後も数々の困難な人生を地道に気長にコツコツと努力して晩年になってついに彼は天下を手中にしたのだった。まさに“我慢と努力の人”と言えよう。<つづく>



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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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