2017-09

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『近江国・彦根』への旅/その4・彦根城表門へ

彦根城中濠へと達した伊蔵、中濠沿いの松並木(いろは松)の道を進む。前方に中濠に架かる橋があり横幅の長大な建物が見えて来る。『佐和口多聞櫓(さわぐちたもんやぐら)』である。
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佐和口多聞櫓は佐和口門と言われる彦根城への入口の一つの両側に建てられた長屋状の建築物である。上の画像は佐和口門を正面に見て右側の建物でこちらは昭和35年に復元されたもので鉄筋コンクリート造である。佐和口の左側の建物は創建当時そのままの姿で残っている建築物で重要文化財となっている。
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これが彦根城佐和口門。昔は櫓門があったらしいが今は残っていない。現在はこの入口で左右二つに別れてしまっている佐和口多聞櫓は佐和口櫓門が存在した当時はこの門の上で繋がっていた姿をしていたという。伊蔵は佐和口門、巨大な多聞櫓の間を歩いた。道はこの門で屈曲状になっており先へと続いている。

さらに進むと彦根城の内濠が正面に見えて来る。左手には元禄時代に建てられたという重要文化財である『馬屋』が長々と続いていた。城内に当時のままの馬屋が残っているのはここ彦根城のみという事で大変貴重な建築物らしい。伊蔵が訪れたこの日はこの『馬屋』が特別公開されていた。
DSCF8662.jpg
『馬屋』の建物の前や内濠沿いに続く道には『井伊直弼と開国150年祭』のイベントの幟がいくつも設置されていた。幟には彦根のマスコットキャラクターである『ひこにゃん』もプリントされている。伊蔵は彦根城の表門へと続く内濠沿いの道をさらに歩く。表門といっても今は門は残されてはいない。内濠を跨ぐ木造の橋『表門橋』が架かっているのみである。
DSCF8734.jpg
内濠を跨ぐ木造の『表門橋』のたもとには彦根城の石碑が置かれていた。石碑には、

『琵琶湖八景 月明 彦根の古城』

と、刻まれている。漆黒の夜空に青白く輝く月。その月光が琵琶湖の湖面を白くゆらゆらと照らし、まるで琵琶湖に浮かぶ島のような彦根山の山上の古城を幻想的に浮かび上がらせるその情景を伊蔵は想像した。う~む・・・これは実際に見たとしたらさぞかし美しかろう・・と思いつつも琵琶湖八景という事は、この彦根城の他に七景あるわけで一体それは何処なのだろうか??という疑問が沸き上がって来てしまった(笑)
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『表門橋』から内濠の石垣を見ると他の城郭にはほとんど見られない珍しい遺構を見る事が出来る。濠の水面からいきなり高い石垣が切り立っているのが普通の城だが、ここ彦根城では高い石垣の外側にもう一つ小さな石垣が設けられ二重になっている。その間には土手がありまるで鉢巻きの様にグルリと石垣を取り巻いているのを観察する事が出来る。
DSCF8663.jpg
これは城郭用語で『犬走り』という。この土手状の部分、敵が濠を越えて攻めて来た場合の一種の“緩衝地帯”で城の防御機能の役割を果たしているのだ。また一説には地盤の緩さを補強する為の手法であるともいわれている。この手法を用いた城は少なく江戸城と会津若松城の石垣の一部にわずかに見られるのみだという。

伊蔵は『表門橋』を渡りいよいよ彦根城の中心部へと足を踏み入れたのだった。
<つづく>



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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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