2017-10

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『信州松本』への旅・その5/国宝・松本城(1)

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外濠を渡り正面に姿を現わしたこの立派な門は松本城の東側に位置する『太鼓門』。文禄4年(1595)頃築かれたが明治時代に入って取り壊されそのままになっていたが、平成11年に復元された。この門の脇には太鼓櫓が設けられており櫓には太鼓や半鐘が置かれ時や火急の合図等を城下に知らせたり、登城の合図として打ち鳴らされていたという。上の画像は太鼓門の内のひとつで『二の門(高麗門)』という。二の門をくぐったところには敵の侵入を防ぐ為に設けられた“枡形”となっていてちょっとした広場になっている。
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枡形の向こう側にはさらに巨大な『一の門(櫓門)』が聳えている。復元された門とはいえ木材も立派なものが使われていて圧倒される。
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特に一の門の脇にどっしりと据えられた『玄蕃石』の巨大さは驚く。その重量は実に22.5トン!この石の名は門の築造者である『石川康長(いしかわやすなが/1554~1643)』の官位“玄蕃頭(げんばのかみ)”に由来する。石川康長の父は元徳川家康の家臣であった『石川数正(いしかわかずまさ/1533~1593)』だ。数正は天正13年に家康のもとから突如出奔し秀吉の家臣になり、その後関東の北条討伐の後に秀吉から信濃松本10万石を与えられた。数正の跡を継いで信濃松本藩主になったのが息子の康長である。
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『太鼓門』をくぐると内濠にぶつかり本丸への入口である正門『黒門』の姿が見えて来た。この黒門の入口に本丸の券売所がある。先にも書いたが松本城天守閣はいつも観光客で一杯で見学渋滞が起きる。この一点だけが今回も心配だった。
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券売所の脇には上の画像にあるような案内板が据えられていた。う~む・・今日も相変わらず混雑しているらしい。アキラ氏と伊蔵は松本城の観覧券を600円で購入(松本市立博物館共通観覧券)黒門の枡形を通って本丸内へと向ったのだった。<つづく>



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お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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