2017-07

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『信州松本』への旅・その11/国宝・松本城(7)

天守二階部分で数々の“赤羽鉄砲コレクション”を堪能したアキラ氏と伊蔵は引き続き松本城内を見学順路に沿って進んでいった。順路はまるで天守最上階を目指してグルグルと竜巻のような経路で登り詰めて行く様だった。
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上階へ進む場合には階段を使って昇るのだがどの階の階段も狭く、かつまたとんでもない急角度(城に設置されている階段とは防衛上の観点から一様にそうしたものだが)であり見学者渋滞が必然的に発生していて階段前ではノロノロ進んだり滞ってしまったりしていた。この辺り日本でも数少ない現存する天守閣という事で仕方が無い事なのだが・・。

しかしこれほど巨大な建築物が400年前からこの場所に建って残っているのは凄い。彦根城を見学した時もそうだがこれらの城を見る時、伊蔵はどのような材をどのように組んで建てられているのかが気になるのである。細かく観察すると城に関して素人であっても当時の匠の技というものが実に細やかでいかに仕事が丁寧であるという事が分かってくる。
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釘の錆による腐食から建築材を守る為、昔の建築物では釘はなるべく使用しないという事を彦根城見学のレポでも書いた。釘を使用せず木材と木材に複雑な“継ぎ手”を施し、それを合わせて固定するのだ。これを寸分の狂いの無い様に合わせる為には継ぎ手部分をよほど精密に造らねばならず熟練の技が必要になる。城内の梁などを細かく観察して行くと当時の匠が造った素晴らしい継ぎ手を各所に見る事が出来た。
 
◆継ぎ手一覧
http://www2u.biglobe.ne.jp/~tyouken/yougo/000/001.htm

昨今の木造建築では大地震対策として安易に筋交いを多用したり、梁や柱に鉄板を当てて何本もの太いボルトで建物をガチガチに絞め上げているのをよく見かける。しかしこれは地震が起こった時には倒壊は免れるだろうが、地震の揺れによって無理にボルトで絞め上げた部分に急激な負荷が掛かる事になり、かえって建物の寿命を縮めてしまう。ましてや木材というものは湿度によって伸縮するので絞め上げ過ぎると木造建築は悲鳴を上げてしまう。その点、木材のみを使って継ぎ手を施せば錆による木材の腐食の心配も無く、無理な負荷も掛けることなく固定出来、継いだ部分で適度に力も逃す事が出来るから建物が丈夫で長持ちするという訳である。
DSCF8915.jpg
松本城天守閣内部に入ってからかなり時間が経過したが見学は遅々として進まなかった。最上階である六階まではもう少しだ。順路の脇にある窓から外を覗いて見ると随分高く登った事が分かった。アキラ氏と伊蔵はやっと天守四階のフロアに辿り着いた。
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天守四階は『御座の間』と呼ばれている。つまり城主の御座所。この階は他の階と比べ天井が高く造られていて城主の御座所に相応しく御簾が掛けられた書院風の造りになっている。御簾に囲まれた中心部には城主が座る場所に座布団が敷かれており見学者の絶好の撮影スポットと化していた当然ながら行列が滞る。多くの見学者は自分が城主にでもなったかの様にドッカリとその薄っぺらい座布団に腰を降ろし胡座をかいてポーズをとりカメラに収まるのである(笑)なんだかなぁ・・・と伊蔵は阿藤快さんばりに呟きながら先を急いだ。
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さらに上階へと登ろうとするが見ての通りここも大渋滞(笑)見学者の多さに比べ明らかに階段が狭すぎる。次の回ではいよいよ松本城天守閣最上階の模様をレポしようと思います。<つづく>

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幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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