2017-11

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伊蔵の『飛騨高山』単独行・その8/高山御坊~城山へ

桜山八幡宮境内で伊蔵の携帯がブルブルと振動した。誰だ?と一瞬思ったが、いつも旅に出た時に限って掛けて来る人物は大抵決まっている。友人のtakeさんだ。

takeさん『伊蔵くん今どこだね?』
伊  蔵『すでに高山に着いていろいろ歩いとるがね』
takeさん『相変わらず放浪しとるかね(笑)』
伊  蔵『ほ~だがね』

などといつもと同じ様な話をした後、明日荘川の山小屋での集結を約束し電話を切った。
DSCF9058.jpg
伊蔵は桜山八幡宮の境内を南側から出てそのまま江名子川に掛かる『縄手橋』を渡った。江名子川沿いに小さな喫煙所が設けられていたのでちょっと一服する事に。観光地に限らず喫煙する者の肩身はどこへ出掛けても狭い。タバコをふかしつつ市内地図を開き道を確認する。次に伊蔵が向かおうとしているのは城山。つまり高山城趾である。地図で確認した現在地からだとこのまま真っ直ぐ道沿いにそのまま南へ迎えばいいようだ。

わざと細い路地へと入って市内南方向へ向かった。その路地はいくつも寺が集まって建っている様な感じの地区だった。
DSCF9059.jpg
普通の小さな路地かとばかり思っていたその道はどうやら大きな寺の参道だという事が次第に分かってきた。しばらく緩やかな坂道を登ると広い場所に出た。そこは『光曜山照蓮寺(こうようさん しょうれんじ)』という真宗大谷派(東本願寺)の大寺の裏手であった。
DSCF9061.jpg
『光曜山照蓮寺』は高山を領地とした金森氏などの後ろ楯もあって勢力を伸ばしていたが、江戸幕府の直轄領(天領)となるとその結びつきが無くなった事に加え、末寺との間にも軋轢が生じたのでその勢力は一気に衰退した。照蓮寺はそれを打開する為に本山である東本願寺に寺を献上した。以来、照蓮寺は本山の掛所(かけしょ)となり『高山御坊』と呼ばれる事となった。明治以降は『真宗大谷派 高山別院光曜山照蓮寺』と公称している。
DSCF9063.jpg
さすがに門徒数が多く、当時からこの地方で一大勢力を誇った寺だけに門や本堂も巨大で立派だ。ちょうど伊蔵がこの寺に訪れた日は『報恩講』の日(浄土真宗の開祖親鸞の祥月命日に営まれる法要)にあたっており、数多くの地元の門徒衆が集まってお祭りのようだった。境内に設置された特設テント内では温かい豚汁が無料で配られていた。伊蔵も施しを受けたかったが誰もテント内で頂いている様子がなかったので残念だが断念(笑)
DSCF9064.jpg
『高山御坊』照蓮寺の立派な門をくぐってなおも南へ向かって進むと前方に山が見えて来た。これが伊蔵が目指す城山であった。
DSCF9065.jpg
南へ向かう道沿いには老舗のお店を数々見かけた。これはそのひとつ。『丸五みそや』さん。物凄く年期の入った暖簾がいい雰囲気を醸し出していた。こういう老舗で作られた味噌はさぞかし美味しかろう。
DSCF9066.jpg
そのまままた南へ進むと山の麓にぶつかり道が左右に分かれていた。伊蔵は右側に続く坂道を登り高山城趾を目指して歩いて行った。<つづく>



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伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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