2017-08

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伊蔵の『飛騨高山』単独行・その10/高山城址(2)

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高山城址の『搦手口』から山中に入った伊蔵は狭い山道を登っていた。高山が江戸幕府の天領になってから徹底的に破壊され、廃城となった高山城・・。その城の痕跡はやはり全く無い。山の遊歩道を歩いているといった方が当たっている感じがする。山頂へと続く坂道は曲りくねりながら奥へと続いていた。

前方に若いカップルの姿が見えた。伊蔵と同じく山頂の本丸へと向かっているらしい。彼らは若さというものがありながら情けない事に山道を歩き、登る体力は無いらしく、山道の途中で立ち止まって肩で息をして休んでいた。容赦なく伊蔵は彼らを抜き去り山頂への山道を登って行った(笑)
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彼らを抜き去り健脚さを見せ付けたはずの伊蔵も山の中腹付近ではさすがに運動不足がたたってバテ始めた(笑)ふと後を振り返ると、はるか下の方に先程の若いカップルが小さく見えた(まだあんなとこにいるのか・・と思ったが)。息を切らしつつそれでも山道を登り続けるとやがて平らな場所に出た。
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どうやらこの場所がかつての高山城の本丸の場所であるらしい。城の痕跡がここには少しだけ石垣という形で残っていた。上の写真は本丸屋形のちょうど玄関付近に残る石垣。その石垣の脇の石段を数段登るとそこは本丸屋形の跡地、広場の様な場所だった。
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かつては壮麗な城が建っていたであろうその場所は今では樹木に囲まれ静寂さだけが支配するただの空地と化している。そこはどこまでも静かな空間で落ち着いた雰囲気に包まれていた。伊蔵はその本丸跡地に設置されていたベンチに座り、しばらくの間この静かな本丸の主となった。
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本丸跡地の中央部には『高山城本丸屋形復元想定図』が案内板に描かれていた。これを見てみると『高山城』は望楼式の三層の天守閣と本丸御殿が一体化した珍しい形をしているのが分かる。なるほど“本丸屋形”とはよく言ったものである。城というよりもこういう形ならば屋形と言った方が確かにしっくりくる。
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また案内板には元禄時代の高山城本丸屋形の平面図も紹介されていた(画像クリックで拡大)。本丸屋形は山頂の狭い土地一杯を使って建てられていたようだ。この場所にこの想定図のような建築物が建っていたとは想像しがたい程、今では悲しいくらい何も残っていない。訪れる観光客も当然ながらいない・・高山市の悲しい観光スポットなのだった。
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かつての飛騨高山藩の支配の象徴『高山城』。現在では何も残っていない城跡の城下には多くの観光客が訪れる国際観光都市高山の町並が広がっていた。歴史上には名を残した城だが観光客には忘れられた存在、それが現在の『高山城』なのだった。<つづく>


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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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