2017-09

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伊蔵の『飛騨高山』単独行・その18/高山2日目

伊蔵の高山の旅の二日目。ゆっくりと起床。今日は昼間に市内を廻った後、午後からJR高山駅前のバスセンターからバスに乗り込み、Kさん山小屋のある荘川へと向かいtakeさんら仲間達と合流する予定だ。午前9時半頃ホテルをチェックアウトした伊蔵はまず高山の郡代・代官所である『高山陣屋』へと向かった。この時間に高山陣屋へ向えば陣屋前では朝市が開かれているはずだ。
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高山陣屋の前の中橋周辺は昨夜のゴーストタウンぶりが嘘の様に観光客で溢れ返っていた。高山の“朝市”を目当てに各所から集まって来るのだろうがいったいどこにこれだけの観光客が隠れていたのか不思議な位だ。
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さて高山陣屋前では予想通り『陣屋前朝市』が盛況であった。『宮川朝市』と並んでこの陣屋前の朝市も高山の観光スポットとして有名だ。
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陣屋前の駐車場スペースを利用して催される『陣屋前朝市』。宮川朝市と同じ様にいくつも白いテントが立ち並び地元の名産品が並ぶ。観光客達は気さくに話し掛ける売り手のおばちゃんの声に引かれつつ様々な名産品を物色している様だった。そんな朝市の人集りから少し離れた駐車場の片隅に一体の銅像が立っていた。
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高下駄を履いた“道場破り然”とした出で立ちのこの人物の名は『山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)』(1836~1888)。幕末時は幕臣、明治維新後は新政府に出仕した人物。剣術、禅、書の達人とも知られていて特に書は数多く残されていて、たま~に『開運!なんでも鑑定団』でも取り挙げられたりする。とにかく幕末から明治初頭まで活躍した人なのだが裏方で活躍した為かあまりメジャーではない。詳しく知りたい方は調べてみると面白いだろう。

しかしこの人物について書いておきたいひとつのエピソードがある。
明治初頭に明治天皇の侍従となっていた鉄舟が当時銀座の木村屋で初めて考案され話題となっていた『あんぱん』を明治天皇に献上した逸話だ。陛下はいたくこの『あんぱん』を気に入られ引き続き上納させたという。銀座の『木村家』という大看板の書をしたためたのは山岡鉄舟であり今でもこの大看板は店の顔となっている(テレビでこの逸話を伊蔵は知った)

◆木村屋總本店/あんぱん読本
http://www.kimuraya-sohonten.co.jp/history1.html

山岡鉄舟は江戸の生まれだが父親が飛騨高山郡代となった為、幼少期をこの高山で過ごした事からこの銅像が高山陣屋前に置かれているようだった。

高山城址の麓で見かけた軍神『広瀬中佐』の像、そして高山陣屋前の『山岡鉄舟』の像にしろその後半生において歴史的に有名になった人物だけに、なぜこのような山深い土地に偉人の像があるのか不思議だった。しかしこれは自分の勉強不足。偉人は最初から偉人だった訳ではない。その人の前半生もちゃんと知っておかねばその人物の生き方を知る事は出来まい。<つづく>


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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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