2017-08

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安土・最終回

安土城を後にした伊蔵は町内を歩いた。
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安土城のマンホールの蓋が信長の旗印、「永楽銭」だとは初めて知りました(笑)安土山から一路進路を「繖山(きぬがさやま)」方面へ向かった。信長が上洛する前の時期、この地方は近江源氏の一族、佐々木六角氏が治めておりこの繖山に「観音寺城」が存在した。信長上洛の通り道となっていた為、織田軍に佐々木氏は滅ぼされた。

この繖山の麓に観光施設として「安土考古学博物館」「信長の館」がある。今回の旅の前に是非立ち寄ろうと伊蔵は思っていたのである。
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施設の形もどことなく信長好みの南蛮デザイン(笑)。まずは考古学博物館に入った。展示としては大きく別けて2つの展示がある。古代の安土、近世の安土といった感じ。琵琶湖のほとりという事もあって古くからこの地は集落があったらしく、多くの遺跡や出土品が見つかり、展示されている。近世の展示ではやはり安土城の展示だった。分かりやすくジオラマ展示や発掘の状況ビデオなどで説明してくれている。発掘のビデオはとても面白かった。ここで安土城の「金箔瓦」を初めて間近で見た。残念ながら博物館内は撮影が禁止だった為にここで画像UPは出来ませぬ。

つぎに「信長の館」に向かう。ここには安土城の上部2層部分が原寸大で見る事が出来る。
DSCF3368.jpg

館内が狭いため全体を撮影出来ない・・。一目見た伊蔵の印象は「なんて派手な城だ」って事です(笑)あと一つは上部2層部分は案外狭いんだなって事です。
DSCF3369.jpg

DSCF3379.jpg

この城の前で戦国コスプレで撮影も可能です。裃や鎧を貸して貰えるみたいです。城はとにかく派手さばかりが目立ってしまう感じであった。

最後に安土駅前にある「安土町立城郭資料館」に足を運んだ。ここでは安土城の構造を20分の1スケールで知る事が出来る。
DSCF3383.jpg

この特異な吹き抜け構造説には諸説あって本当に吹き抜けになっていたかはどうかは分からないそうです。西洋好きな信長が教会や礼拝堂等の構造をポルトガル宣教師から話を聞き、このような構造の城を建てたとすればこの説が現実だと思いたくなってくる。
DSCF3387.jpg

以上で伊蔵の安土行きの記録は終わりです。(やっと終わった・・)今回の旅はなかなか自分勝手にロマンを感じる事が出来て満足でした。またいろいろな場所をまわって見たいと思っています。                       <終>
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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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