2017-10

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岐阜市へ/その1

4月4日土曜日、久しぶりに近場の岐阜市に出掛けた。
伊蔵は岐阜県に住んではいるものの岐阜市には日常滅多に出掛ける事が無い。今回訪れるのも随分と久しぶりの事。岐阜県という県はかなり広いのだ。岐阜市は岐阜県の南部中央部、濃尾平野の北端の長良川沿いに広がる街である。
DSCF1298*
その昔は“井ノ口(いのくち)”と呼ばれていたが、戦国期、美濃を支配していた斉藤氏を尾張の織田信長が苦労の末破り、稲葉山城(現在の岐阜城)に根拠地を移した時、地名を“岐阜”と改めたといわれる。現在の岐阜市の市章も『井』の字をシンボル化したものでありこの昔の地名からきたものである。信長の政策で町には楽一楽座が設けられ大変人で賑わったという。また城下山麓には信長の日常の生活の為に建てられた華麗な居館が存在し、当時日本にやって来ていたポルトガル人宣教師達もこの居館に足を運んだという。この記録は宣教師ルイス・フロイスの著作『日本史』に詳しく記載されている。

近代では繊維問屋街が立ち並ぶ街として知られとても賑わった岐阜市だったが、最近は衰退の一途を辿っているといっても過言では無い。人口の減少もどんどん進んでいるという。街の様子も随分長い間古びた景観を呈していた。市電の廃止や市街中心部にあった百貨店も次々と閉店するなど、あまり活気というもの無い寂れた街、それが大方の岐阜市に対する伊蔵のイメージであった。

しかしながらJR岐阜駅周辺地区は再開発されるなど景観は綺麗になったらしい。大きなビルまで建ったという。こういった情報は耳には入っていたものの前述の悪いイメージが先行してしまい、わざわざ足を運んで訪れる事もせず現在に至ってしまった。綺麗になったといわれるその岐阜の街を見てみようと伊蔵は出掛けたのだった。
DSCF9455.jpg
岐阜までは名古屋鉄道(名鉄)を使い約1時間程で到着した。駅を降り立ち駅名を見ると駅名が変わっているではないか!名鉄岐阜駅と名称が変わっていた事すら伊蔵は知らなかった・・(以前までは『新岐阜駅』だった)。2005年に駅名は改称されていたようだ。
DSCF9459.jpg
以前は新岐阜百貨店があったはずだが綺麗に解体されて名鉄岐阜駅の駅舎が新築されていた。随分駅前の景観が綺麗に変わっていたので驚いた。以前は雑多でもっとゴミゴミとしたイメージだったのだが・・。伊蔵は名鉄岐阜駅から再開発目覚ましいJR岐阜駅方面へと歩いてみる事にした。<つづく>

(注)掲載画像が昼と夜がありますが4月4日土曜日のものと、追加レポという事で20日月曜日の夜に再び岐阜を訪れた為です。


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Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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