2017-10

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信州長野・上田の旅/その7・上田城へ

『柳町』を後にした伊蔵は次に『上田城』を見る為に再び駅方面へ向かって歩いた。大通りをそのまま戻ってもつまらないと思い、つとめて路地裏を通って戻る事にした。そんな細い路地裏で見つけたカレー屋さんがあった。
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その名も『カレーハウス べんがる』さん。昭和39年創業のこのお店で出されるカレーの味も池波正太郎先生のお気に入りだったという。先生はお昼時にお店に現れカウンター席にいつも陣取ってカレーを食べていたらしい。昔ながらの洋食屋さんというお店の面影がとてもいい。
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『べんがる』さんでの一番の人気メニューはお店の名を冠した『ベンガルカリー』。お値段は1780円と少々値が張るがメインのカレーが出て来る前に酸味の効いたコールスロー、グラスに入った味噌汁、濃厚なポタージュスープが順に出され、カレーを食べ終わった後にミルクティーまで付いてくるというちょっとしたコースになっている。カレーソースは創業当時から継ぎ足して作っており、またカレー内に入っているビーフもソースにマッチする様に手の込んだ煮込み方をしているという。
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折角なので『べんがる』さんのカレーも味わってみたかったのだがお昼に『刀屋』さんで食べた“真田そば”でまだ腹が一杯だったのと時間的余裕が無かったので今回は残念ながらお預けだ。
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上田の町にはこんなラーメン屋もあった。『六文銭らーめん 真田幸村』・・(笑)いかにも上田らしい名である。ラーメン屋というよりも居酒屋のようでラーメンの他にも様々な一品メニューのお品書きが店頭に書き出されていた。このお店は明け方の4時まで営業しているらしい。
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上田城へ行くため上田市内の松尾町一丁目交差点から真っ直ぐ西へ向かう。しばらくすると長野県立上田高校が見えて来る。この学校が建っている場所は元々上田藩主の館があった場所で校門にはその館の表御門(1790年/寛政二年再建)がそのまま使われている。また東側には濠も遺されている。
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この上田藩主居館は関ヶ原の戦いの後、豊臣方についていた真田昌幸・幸村父子は九度山へ配流されたが、代わりに徳川方についていた昌幸の嫡男真田信之が上田を領地として入った(真田家はこの天下分け目の戦いで豊臣方、徳川方どちらが勝利しても家が存続するよう親兄弟に別れて戦っていた)。しかしこの時上田城は豊臣方の城だった為に破却されたままになっており、信之は新たに居館を作って藩政を執る事になった。その館がこの場所である。
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居館跡の濠沿いに進んで上田市役所前を通って真っ直ぐ行くと前方に緑の森が見えて来る。『上田城跡公園』だ。この城は尼ヶ淵という千曲川の河岸段丘上に築かれている。かつては城のすぐ南側に千曲川が流れていて天然の濠の役割をしていたが現在の千曲川はもっと南側に流れている。では早速『上田城』の敷地内へ入ってみる事にしよう。<つづく>


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伊蔵と申します。
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