2017-09

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ふたり大阪・食い倒れBluse/その10・異界西成区へ

『ジャンジャン横丁』は数百メートルも進めば終わってしまう。目の前を塞ぐようにJR大阪環状線の高架が現れる。ちょうどこの辺りが浪速区と西成区との境界になっている。JRの高架下には狭い通路があり、暗い口を開けて向こう側へと誘っていた。この狭い通路の向こう側は大阪市内の中でも最も治安の悪い場所として知られている西成区である。お目当てのホルモン屋はこの西成区の太子一丁目という場所にあるらしい。
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とにかくtakeさんと伊蔵はジャンジャン横丁から西成区へと続く高架下の通路を歩いて行った。そこでは怪し気なおっちゃん達が露店を開いていてこれまた随分怪し気な商品(衣類をはじめ雑貨品、ビデオやDVDなど)を販売している。多分この場所で物を販売する事自体が違法なのであろうが、そんな事は浪速のおっちゃん達には関係が無いようだった。
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おっちゃん達が販売している物品はどれをとっても怪しい物ばかりで、一番『こりゃどうみてもおかしいやろ・・・』と思ったのが2009年6月13日、つまり本日公開の『ターミネーター4』のDVDがすでにこの高架下で販売されていた事だった(笑)。これにはtakeさんも伊蔵も空いた口が塞がらず失笑。浪速のおっちゃんの商人魂は実に凄まじい・・・。
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高架下の怪し気な露店を見ながら歩き抜けるともうそこは西成区。どことなく目の前の街並の“寂れ具合”が一見して増したような感じが・・・。正面に国道43号の大きな通りが東西に走っている。その通りの正面向こう側に新たな商店街の入口が見えた。取りあえず横断歩道を渡り商店街の入口へ。この辺りは治安が悪いと聞いていたが昼間の光景はなんら普通の街はずれの寂れた商店街の風景と変わりが無いように見えた。
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それは『飛田本通商店街動物園前一番街』という商店街の入口であった。この商店街をしばらく真っ直ぐに歩いて東に少し入った所がかつて飛田遊廓があった場所。遊廓が全盛の頃はこの商店街も随分人で賑わっただろうが今見る限りこの商店街は人通りもあまりなく、寂し気というよりも西成区にある商店街という先入観が先に立ってしまうからなのかこの静けさの中にある種の不気味さを感じてしまう。

takeさんと伊蔵が目指すホルモン屋はすぐには見つからず、しばらく二人で辺りをウロウロする羽目になった。住所は分かっていたので携帯を駆使しつつ場所を探した。どうやらこの商店街よりもう少し西寄り方向へ歩かねばならない事が分かり、商店街を入って一筋目の道を右折した。
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その道に入ると辺りは“ドヤ”(簡易宿所)が建ち並ぶ通りだった。いわゆる“ドヤ街”である。西成区内の通称“あいりん地区”の周辺にはその日その日を生きていくにもギリギリの生活を余儀なくされている日雇い労働者の方々が多い為、こうした低料金で宿泊可能な宿が集中して建っている場所が多い。数百円から高くても二千円もあれば宿泊出来てしまう。
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元々マンションだった建物を宿に改修したのか一見外から眺めると立派な宿に見える。しかし成りは立派に見える宿だが勿論食事は付かない。宿泊費が数百円という部屋は風呂・トイレ、冷暖房・テレビも無く、きっと畳三畳一間程の部屋で寝るだけのスペースしかあるまい。かなり安く宿泊出来るという事で最近では外国人バックパッカーにこうした宿は人気なのだという。

伊蔵もかつてJR京都駅付近に多数存在する数々の安宿に泊まった経験がある。木造の今にも崩れそうな古い木賃宿の一泊500円の部屋に泊まった。狭くて軋む階段を上がった二階の一番奥の部屋だった。薄暗い廊下沿いには非常に狭い間隔でいくつかの部屋が並んでいた。通された部屋はやはり三畳間。布団が置いてある以外何も無い部屋だった。明かりは小さな蛍光灯が一つオマケ程度に付いているのみ。食事・冷暖房・テレビ無し、トイレは共同。風呂も無い(風呂は宿近くの銭湯へ行くように薦められる)。

伊蔵がこの宿に泊まったのは折しも寒さ厳しき冬。京都盆地の冬の寒さは身に堪えた。部屋の中でも吐く息は白く、布団に包まっていてもガンガンに底冷えする。寒さをしのぐ為に持参していたステンレス製のスキットルに入った“スミノフ”というウォッカをストレートで喉に流し込んでは寒さを耐えていた。この当時の伊蔵はノイローゼ気味で酒の飲み方は今現在とは違いかなり悪かった・・・グラッグラに酔っては我を忘れてしまうくらいに飲むような常に自虐的な飲み方ばかりしていた時期である・・・。

ドヤ街を歩きながらそんな事を思い出した。takeさんと二人そんな中、西へと歩いていると突然、

『うぉ~~~い?!・・ふぁふぁはぁ~い・・』

と叫ぶ声が!ドヤ街の路地裏に作業服やジャージに身を包んだ労働者風のおっちゃん数人が路上に座り込んではたむろして、しかも酒に酔っているらしくへべれけになりながら歩いていた我々に野次を飛ばして来たのである。我々は一瞬身構えたものの無視しつつ歩き続けたのだった。やはりここは日本最大のスラム街である事を改めて思い知らされた一瞬であった。昼間はこの程度で済むもののこの周辺での女性の一人歩きは出来まい。いついかなる犯罪に巻き込まれるとも限らないからだ。

あいりん地区という狭い地域にひしめく日雇い労働者は三万人にもなるというがそれに対してあいりん労働公共安定所から一日に紹介される仕事の数はかなり少なく、とても全員に行き渡る事がないという。その為、仕事にありつく為には早い者勝ちであり早朝から安定所の前には労働者の行列が出来るという。当然その日の仕事にあぶれてしまい貯えの無い人達は食う物もなく泊まる場所も無い。

食べる物については慈善団体が頻繁に行われる炊き出しに頼ればなんとかなる。住む場所としてブルーシートで小屋を建てていればまだいい。小屋も無い人は必然的に路上でそのまま寝る形になる。この付近では真っ昼間から路上で倒れて寝ている人を頻繁に見かけるのである。
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またこの特殊な地区は他の場所に比べて物価が極端に低い。缶ジュースなどの自販機も50円で販売されていたり飲食店で出されているお品書きをみてもかなり低料金で食事が出来たりする。それでもお金を払って食事が出来ない人のために慈善団体が定期的に配給・炊き出し等を頻繁に行なっている。職を失い全国からこの地区へ流れてくる人も多い。その為、本来ならばこの地に流れて来たその人の住んでいた地方自治体が負担すべき生活保護費を大阪市が負担している形になってしまう為、これが大阪市の財政負担の増大の一因にもなっており問題視されている。

こうした無法ともいうべき特殊な地域ゆえに犯罪者が身を隠す格好の場所でもある。記憶にも新しい外国人英会話講師殺害事件のI容疑者もこの地区に流れて来て建設業の職を得ている。この地区周辺には暴力団事務所も多数存在し覚醒剤売買の取引きも頻繁に行なわれているらしい。また日頃の鬱憤がいつ労働者の“暴動”となるか分からない地区ゆえに(過去にも何度か暴動が実際あった)この地区を管轄する西成警察署の建物はある意味「要塞化」されている。

今の世の中いつ何時自分がこういう労働者と同じようになるか分からない。いや今の普通の生活を送る自分を含めた大多数の人々の生活と、この地でその日その日を必死に生きる彼ら日雇い労働者の人々との生活というのははひょっとしたら突き詰めて考えてみると実は同じなのかもしれないと思う事さえある。

◆長渕剛/カラス(You Tubeより)
http://www.youtube.com/watch?v=ZotzSr9f8I8

思わずこの曲のフレーズが伊蔵の頭に浮かんだ。現代に普通に生きる人々を都会に群れる「カラス」に例えている歌詞なのだが・・・。なんだかこの日本国内でも稀にみる特殊な地区が実は“日本の社会の縮図である”と多くの専門家や外人からいわれる所以がどことなく分かる様な気がした。<つづく>
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伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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