2017-08

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兵どもが夢のあと 関ヶ原攻め

最近ろくすっぽ運動をしていなかった伊蔵としては計画的に無謀な自転車による「関ヶ原攻め」を本日敢行した。実は2004年7月に一度、滋賀県の米原市まで自転車で走っている。そのときは一代前の自転車に乗り、琵琶湖まで片道5時間半かかった。高校生のときに走った時は4時間で琵琶湖に到着していた事を思うと身体の衰えというものを感じる。

今回の出発日の前日、身体慣らしの為に軽く2時間程自転車で走っておいた。当日遅い出発で午前11時15分に家を出発した。目標到達時間として関ヶ原まで3時間とみた。

手っ取り早いルート選択としては国道21号を西に向かえば一番速いのだが、国道は何かと危険を伴うので伊蔵はなるだけ避ける事にした。

犬山城の真下を走り木曽川に架かるライン大橋を渡る。県道芋島前渡鵜沼線という道路を西に向かった。この道を各務原の西の端まで走り、次に笠松町と岐南町の町界スレスレの道をさらに西へ向かう。出発して1時間で東海北陸自動車道のガード下に到達、1時間40分で国道22号名岐バイパスのラインまで到達した。まずまずのペースだ.
DSCF3434.jpg

笠松競馬場近くでひと休み。水分補給をする。アクエリアスの1リットルボトルを前日購入しておいたのだ。以前に滋賀まで走った時、ろくに水分補給をしないで走っていたら吐き気をもよおした事があり、その教訓として今回は1時間ごとに補給する事にしたわけだ。

笠松から先も国道を避けながら細い道を走ったりしていたら岐阜県庁の裏に出た。そろそろ長良川を越えなくてはならない。こういう大きな川を渡る場合は国道に戻らねばならない。橋がそこにしか架かっていないからだ。

出発から2時間後、長良川を渡る。

この辺りから前方にやっと養老山脈がうっすら見えてきた。が、まだまだ距離がありそうだ。今回のおおよその距離だが家から関ヶ原までは約50~60キロ弱ある。往復100キロは越える。先日、安土攻めの時に名古屋から米原まで新幹線を利用したのだが、所要時間はなんとわずか27分程である。それを考えると比べるのも馬鹿馬鹿しいのだが、新幹線の速さと便利さっていうのは有り難いものだ。

伊蔵は黙々とペダルを漕ぎ続け、揖斐川を越えて大垣市に突入した。この時点で何がツライかというとお尻の痛みが一番ツライ・・(笑)伊蔵の自転車にはサスが装着されておらず、サドルも硬い。フレームもアルミ製で軽くて丈夫なのはいいのだが、少々乗り心地が硬いのだ。応急処置としてサドルにはジェル入りのサドルカバーを装着している。にも関わらず痛みはやってくる・・。我慢しつつ走行した。

垂井町に入った。田園地帯をJR東海道線の線路が真っ直ぐ西に向かっており、それを横目に見ながら伊蔵も走る。前方に関ヶ原、南には養老山脈の高い嶺が連なっている。
DSCF3437.jpg

画像中央の山と山が切れている中央部が関ヶ原になる。この辺りはいつも琵琶湖方面からの強い風に吹かれて向かい風となる為、伊蔵にとってはとてもツライ地域。しかも関ヶ原までは緩やかな坂がずっと続き、スピードが出せないのだ。<つづく>

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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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