2017-08

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小田原・箱根への旅/その13・箱根関所(2)

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さぁ早速『箱根関所』に入ってみよう。箱根関所は旧東海道の街道上に建てられている。江戸側と京都側にはそれぞれ二つの関所の出入口である立派な構えの門があり、江戸側の門を『江戸口御門』、京都側を『京口御門』という。伊蔵は『京口御門』側から関所内に入る事になった。
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幕府の役所というだけあってやはり重厚な造りで威圧感を感じる。いつの世でもそうだが国家機関の重要施設というものはどこかこういう得体の知れない威圧感を漂わせている。重厚感はその真っ黒な建物の塗装からも感じられる。関所の構造物は“渋墨塗”という塗装が施されており、これは柿渋に松の木を焼いた煤を混ぜたもので塗装されたもので建物の化粧という役割の他に虫除けの効果もあるという伝統的な技術なのだそうだ。
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この箱根関所の復元は江戸時代末期に行なわれた解体修理の古い記録の解読とそれを元にした発掘調査に基づいて行なわれた。現在そのほとんどの復元が終わっている感じであった。
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関所の敷地は関所での取調べを待つ為に設けられた“千人溜(せんにんだまり)”という待合い広場のような区画(江戸口、京口の両方に設けられている)と関所の主要な建物である番所と呼ばれる施設が建ち並ぶ区画に分かれている。関所施設の周囲には“関所破り”を防止する為に柵が設けられている。関所破りの罪は江戸時代の刑罰の中でもかなり重くて死罪(磔刑)と定められていたという。
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箱根関所にはこうした関所破りや規則に従わない者を懲らしめる為の“三ツ道具”と呼ばれる捕り物道具が立て掛けられている。左から『袖搦』(そでがらみ)、『突棒』(つくぼう)、『刺股』(さすまた)という。刺股は現在でも警察の機動隊等でほぼ同じ形で使用されている。
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このように関所の敷地の構造を見てみると現代でいうところの国境検問所・出入国管理事務所に非常によく似ている。江戸時代は勿論、幕府が日本という国の政治を動かしていたのだが、全国に散らばる藩の自治権については細々あまり口を出さずそれぞれの藩の宰領に任せていた事が多分にあった。当時は小さな国、つまり藩主を小国の王とした諸侯国(藩)の連合体であり、それをまとめあげていたのが江戸幕府だったわけである。藩から別の藩への旅は国から国への移動に等しかったのだからこうした関所が国境の検問所然とするのは当然の事なのだった。
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箱根関所を構成する建物である大番所や足軽番所では当時の関所での仕事の様子が人形を設置して分かりやすく解説されている。関所の役人は小田原藩士が勤めており一ヶ月交代の単身赴任であったという。この辺り現代のお役人やサラリーマンとなんら少しも変わらないというところが面白い。
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公儀の仕事に従事するだけに彼らには様々な細かい決まり事があったそうである。現代人と同じく堅苦しい仕事に息苦しさを感じストレスも溜った事だろう。そのような時には我々現代人と同じ様に、夜に箱根の宿場町に繰り出してはお酒など飲んで上司の悪口を肴に憂さでも晴らす事もあったのだろうかと思うと楽しくなって来る(笑)
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関所の主要な建物を見て回った後、伊蔵は関所の施設全てが一望に見渡す事の出来るすぐ脇の山の上に設置された『遠見番所』へ行ってみる事にした。足軽番所の建物の裏手から山の斜面に沿って石段を登ると山頂に小さな二階建ての山小屋の様なものがある。これが『遠見番所』で当時は足軽が昼夜分たず交代で東海道の街道沿いや芦ノ湖を監視していたという。『遠見番所』からの景色は素晴らしかった。眼下には箱根関所、その、向こうには芦ノ湖と雄大な箱根外輪山が眺める事が出来る。

当時は一体幾人の旅人がこの箱根関所を通過していったのだろう。当時はクルマも電車も無い。大部分の旅人は自分の足で歩いて旅をした。ちょっと裕福な人は馬や駕篭を使ったかもしれない。旅がレジャーと化した現在とは違い当時の旅は道中どんなトラブルに巻き込まれるか分からず、江戸時代という平和な時代だったとはいえ100%安全が保障された旅ではなかったに違い無い。それでも日常の生活を忘れて遠くに旅に出てみたいという欲求は当時の人にあったのは我々現代人と何ら変わらない。様々な旅の目的を持ってこの箱根関所を通過して行った当時の多くの旅人の気持ちに思いを馳せる事は、同じ旅人である伊蔵にとってとても楽しい事であった。<つづく>




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