2017-08

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ぶらっと多治見/その2

伊蔵の多治見の街歩きはさらに続く。暑い・・・だんだん歩くのが苦痛になって来た。軽く歩いているのだが汗が玉の様に吹き出してくる。と、前方に新たな商店街が姿を現した!
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それは『多治見銀座商店街』であった。銀座とあるからには多治見では一番大きな商店街なのかもしれない(立派なアーケードもあるし・・)
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調べてみるとこの商店街の歴史は長く市内では一番古い商店街であるらしい。店の中には70年以上続いている老舗もあるという。この辺りは昔花街の中心部にあたっており、遊郭や料理店が沢山あって賑わっていたそうな。確かこの辺りに映画館もあった事を不意に思い出した。伊蔵も映画を見に来た経験がある。映画館があった場所がどこだったかはこの日ついに思い出せなかった。現在は多治見市内には映画館は一軒も無くなってしまっている。
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さて歴史ある『多治見銀座商店街』のアーケードの中に足を踏み入れてみたのだが人っ子ひとりいない。伊蔵の貸切商店街状態である。衣料品店や模型店、喫茶店などお店自体は営業しているのだがアーケードを歩く人が皆無・・・。ちょっとこれはあまりにも寂しすぎる(悲)。
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反面これは外が暑いから人が出歩かないだけなのか?とも思われた。この凶悪的な暑さに適応した多治見市民の防衛本能なのではないか説は結構当たっているのかもしれないな・・などと勝手な考えを抱きつつどこまでも寂しいアーケードを歩いていく伊蔵であった。アーケードの中程に広場の様な場所が見えてきた。その広場の片隅にまたまた気になる石碑が建っていた。どれどれ・・・伊蔵は石碑の近くに近寄って見た。
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『多治見國長公遺址』

岐阜県史跡多治見国長邸跡と岐阜県教育委員会の杭も立てられていた。ほほ~多治見の姓を名乗った人物がいたのか・・・これは知らなかった。この場所はどうやらその人物の邸宅があったとされる場所のようであった。
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多治見という姓というと横溝正史の小説『八つ墓村』の登場人物のひとりである『多治見(田冶見)要蔵(たじみようぞう)』(伊蔵的には山崎努がハマり役だと思う)が真っ先に頭の中に浮かんでしまう伊蔵であった(苦笑)。ともかくここで多治見國長について調べてみよう。

◆多治見國長(たじみくになが)
正応2年(1289年)~正中元年(1324年)美濃源氏の流れを汲む鎌倉時代末期の武将。美濃国土岐郡多治見を本拠に活動していた彼は後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕計画に参加、1324年に京都に入るがその倒幕計画は事前に漏れ、鎌倉幕府の京都における出先機関“六波羅探題”の知るところとなり國長は夜襲を掛けられてしまう。國長は六波羅勢に対して奮戦したがあえなく自害して果てた・・・。この事件は日本史でいう“正中の変”として知られている。
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『太平記』の第一巻に登場するほどの人物だと分かった。鎌倉幕府倒幕活動の先駆け的役割を歴史上で成した人物という事になる。地元にこんな大人物がいたとは・・知らなかった事が恥ずかしい。伊蔵の地元では同じ美濃源氏でいえば圧倒的に“明智光秀”の方が有名なのである。多治見市ではこの國長は人気があり『多治見まつり』では主役の扱いを受けているとの事。う~む以後しっかりと覚えておこう。しかしこの地を本拠に活躍した多治見國長。自分の邸宅の前が寂れた商店街になっているという事は夢にも思っていまい・・・。

寂しげな『多治見銀座商店街』を抜けて近くをウロウロと歩き回っていると広い通り沿いに建ち並ぶ古い建物の間にぽっかりと黒い口を開けたようなかなり小さな路地を発見した。伊蔵が今いる広い通りと一本北側の通りをこの小さな路地が結んでいるらしい。伊蔵は吸い込まれる様にその路地の中へと入って行った。
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予想していた通りその路地沿いには間口の狭い小さなバーや飲食店、怪しげな名前のスナック等が点在するいわゆる飲み屋街であった。例によって現在も営業しているのかは昼間のこの現状を見る限り予想するのはかなり難しい。
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路地の幅員は2メートルも無い。一直線に南側の通りと北側の通りとを結んでいる。廃墟街のトンネルを思わせるこの路地裏の寂れ感は路地裏マニアや廃墟マニアにはたまらない佇まいであろう。路地裏や廃墟に魅力を感じるのはどうしてなんだろう。
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路地裏・廃墟マニアには人それぞれ魅力を感じるポイントは違うであろうが大まかな部分では一緒であろう。例えばそこにはたとえ一時期でも賑わいや繁栄という時がかつてはあり、それなりの歴史を刻みながらその繁栄期に通って来たであろう人々の面影や店で生活し働いていた人達の臭いがここにはいやおうなく染み着いている。

今では完全に忘れ去られてしまっている寂れたこの場所に現代の我々が訪れる時、当時の人々や繁盛していたお店の事に思いをはせつつノスタルジックな気持ちに浸り、過去の繁栄と現在の現状とのどうしようもない“違和感”をその場所(もしくは建築物自体)に発見した時、それを心地良いと感じてしまうというのがきっと大多数の路地裏・廃墟マニアの心情なのだろうと思う。
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こういった人々の記憶から忘れられた場所というのはどんな町に旅に出ても必ずどこかに見つかるものである。そういう場所を伊蔵はこれからも見つけては歩いてみたいと思っている。<つづく>

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伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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