2017-10

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三千盛・秋の感謝祭/その1・市之倉さかづき美術館

2011年11月27日の日曜日、春に引き続き多治見市笠原町にある酒蔵『三千盛』の秋の感謝祭に出掛けて来た。このイベントに行こうと誘ってきたのは例によって日本酒好きな友人“桔梗屋さん”である。でもまぁ前回の春の感謝祭の際にも『秋のイベントも是非!』なんて言っていたので今回のお誘いは必然的なものであった。

参加メンバーは春に引き続き桔梗屋さん、アキラ氏そして前回は参加できなかったエスパー氏も今回初参加。伊蔵を加えて四名での行動となった。例によって伊蔵は前日の26日に多治見入りして一泊し、多治見市内を徘徊する計画(笑)。27日当日にメンバー達と合流する事になっていた。今回は酒蔵へ向かう前に多治見市市之倉町の『市之倉さかづき美術館』にも立ち寄る事になっているのでこちらも楽しみである。
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11月27日当日多治見市内の宿で伊蔵は朝7時に起床。お盆にこの町を訪れた時はとても暑かったがさすがにこの時期は肌寒い。宿の一階フロアの喫茶店で朝食をゆっくりとる。メンバー達とは9時45分にJR多治見駅で合流の約束になっているのでその時間までひんやりと冷えた多治見市内を散歩してみることにする。
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だがそうはいったものの多治見市内はお盆に訪れた際にそのほとんどを歩いて回ってしまっていた為、これといって見るものも無かった。ただ今夕にはメンバー達と市内のどこかで食事をするであろうから前もって市内のいくつかの飲食店をピックアップしていた為、歩き回りながら場所を確認はしておいた。
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◆うなぎ魚弘(うおひろ)/市内でも老舗の鰻屋のひとつ
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◆焼き鳥だいき/多治見で焼き鳥といえばココだという
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◆梵天丸/たまたま宿のそばに新規オープンしていた東北郷土料理を食べさせる店
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早朝の街中は歩く人もいなかった。が猫はいた(笑)。結局市内を30~40分程歩き回るとメンバーとの集合時間にちょうど間に合う時刻になった。

集合場所のJR多治見駅に行ってみると改札口辺りにエスパー氏と桔梗屋さんの姿を発見し合流。すぐにアキラ氏も改札口からやってきて時間通りにメンバー全員が集合出来た。早速駅南口のロータリーでタクシーをつかまえて最初の目的地『市之倉さかずき美術館』へと向かう。

多治見市市之倉町は美濃焼の陶産地の中でも精緻で高水準の盃や煎茶器を産した場所として知られており、明治期には全国盃生産の大部分をこの場所で作っていたという陶器の町である。現在でも数多くの窯元がこの町にはあり多くの観光客が訪れる。タクシーで山の中の道を約20分も走ると四方を山に囲まれた谷の底のような場所に市之倉の町が見えてきた。『市之倉さかづき美術館』はその町の中心部にある。
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伊蔵はこれといって特別に陶磁器に関して詳しい訳ではない。ただ陶磁器の中でも面白味のある造形や色彩の施されたものに少なからず興味は引かれる。またそうした良い仕事の陶磁器の上に盛りつけされた料理を食する際や注がれた酒を飲む場合には不思議と旨く感じるところがあるっといった極々普通の方々が思われる程度の知識しかない。まぁあとしいて言えば小さい頃から土いじりは好きな方であるといったところか(笑)
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タクシーを降り『市之倉さかづき美術館』の建物前へ我々メンバー四名は歩いていった。美術館の建物は切妻屋根に白漆喰の外壁のなかなか立派なものでまるで巨大な蔵が立ち並んでいるような外観。ここ『市之倉さかづき美術館』では幕末、明治~昭和にかけて作られた盃の数々の展示に加え、陶磁器、酒器にまつわる企画展示や地元市之倉に所縁のある人間国宝・巨匠8名の作品を常設展示している。また若手の陶芸作家が作った器などを手に入れる事も出来るミュージアムショップや作陶・絵付け体験なども勿論楽しめるようになっている。美術館横には薪の窯で焼く手作りのピザが食べられるお店も併設されている(これは一度食べてみたい)。
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この日美術館で行われていた企画展示は『中国古代銅鏡展』。主に隋・唐時代もしくはそれ以前の時代に中国で造られた銅鏡の展示であった。残念ながら館内は撮影が禁止なのでその意匠の素晴らしさと精緻な細工の仕上がりをここで紹介は出来ないがとにかく見事なものだった。ひょっとしたらこうした手の込んだ鋳造技術は現代では失われているかもしれず、当時の中国の技術力の高さにはやはり感服せざるを得ない。

メインの展示である盃もよくこれだけいろいろな種類があるものだなという位に沢山の盃が並べられていた。ただ単に盃とはいってもその時代時代によってその形や大きさ等が異なっているのが面白い。絵付けや細工等、遊び心が感じられる盃のコレクションもありかなりじっくりと見入ってしまった。これほどバリエーション豊富な盃が一堂に目にする事が出来るのも陶器の町『市之倉』ならではだろう。

また人間国宝・巨匠といわれる作家達の展示コーナーも圧巻であった。こういう作家の方々が造る陶磁器というものはやはり何かが違う。どこが普通の作家と違うのだといわれても困るのだが、器そのものから発する何か“凄み”のようなものがあり見る者にこれが強烈に訴えてくるのである。中には『なんじゃこれ??』って作品もあるのだがそれすら何かを訴えてくる。決して素人が真似して造れるものではない。

陶磁器というものは土をこね、形を整え上薬を塗り絵付けをして窯で焼き上がるまで良いものが出来るかどうか分からないところがある。土の成分やこね方、気温や上薬の配合、窯での焼き方や温度によってその出来は良くもなるし悪くもなる。結構偶然の産物によって傑作が生まれるという事も少なくない実に奥が深い世界なのだ。巨匠といわれる人は長年の修行と経験によってこうした配合については熟知してはいるのだろうが自分が思ったようにはなかなか作品は仕上がらなかったに違いなく、何度も試行錯誤しながらこの大作を造り上げた事は想像出来る。そうした事を考えるとこれら巨匠達の作品は是非一見の価値があると思う。

美術館脇のミュージアムショップにも行ってみた。若手作家の斬新な作品の数々が販売されておりこちらもなかなか。ここは撮影可能ではないのか?と思い撮影してたら見事に怒られちゃいました(悲)こうして『市之倉さかづき美術館』の見学は終わり、次に我々は美術館から歩いてもさほどかからない場所にある人間国宝・加藤卓男氏を生んだ窯元『幸兵衛窯(こうべいかま)』へと向かう事になった。

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◆市之倉さかづき美術館
・住所:岐阜県多治見市市之倉町6-30-1
・電話番号:0572-24-5911
・開館時間:午前10時~午後5時(入館は4時半まで)
・休館日:火曜日、年末年始
・入館料:一般400円、大、高校生200円、中学生以下無料
     団体20名以上は一律100円引

・共通入館料(市之倉さかづき美術館・幸兵衛窯)
 一般600円、大、高校生300円、中学生以下無料
 団体20名以上は一律100円引き
・ホームページ/http://www.sakazuki.or.jp/


明けましておめでとうございます

2012年賀
新年明けましておめでとうございます。
本年も『伊蔵通信』を宜しくお願い致します。

2012年 元旦
伊蔵

ぶらっと多治見・最終回/割烹居酒屋 浪花さんにて

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多治見の夜が更けてきた。
高校時代の仲間三名と顔をあわせるのは随分久しぶりの事である。これまでも度々会う機会を設けてはいるもののお互いの都合もあったりして頻繁に会う事は出来ず、今回の顔合わせも前回から数えて約二年ぶり位の事だ。高校時代の友人達とのこうした集まりがこの歳になるまで続けられるのは楽しい。
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彼らとの集合時間は午後7時となっていた。今夜の飲み会の会場は伊蔵が多治見市内で以前から訪れてみたいと考えていたお店でメンバーの内のひとりであるミスターB氏にお願いをして予約をとってもらったのだ。
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JR多治見駅から南へ少し歩いた陶都大橋のすぐ近くにあるそのお店の名は『割烹居酒屋 浪花』さん。店での集合時間に間に合うように伊蔵は宿を出て市内を歩いていった。十分に休息をとる時間があったので身体のコンディションは万全だ。程なく『割烹居酒屋 浪花』さんに辿り着きその暖簾をくぐった。お盆休み中の日曜日という事もあって店内にはお客さんは少なく空いている。

事前に調べてお店の雰囲気については頭に入っていたものの想像していたよりかなり広い店内。入ってすぐに厨房とその前に長いカウンター席、生け簀もあり様々な魚が泳いでいる。山間の街、多治見であってもこの店では新鮮な魚が味わえそうだ。カウンター席に向かい合うようにお座敷が並んでおり、こちらもかなりの人数で訪れたとしても十分に入れそうである。

伊蔵が今日の予約客だという事を店員さんに告げると奥のお座敷へと通された。すでにメンバー三名が座敷内に鎮座ましましておった(笑)。今晩のメンバーはミスターB氏、M氏にY氏の三名でおなじみの面々。みんな工業高校時代の同期生で剣道部員である。みんなお陰さんで五体満足で元気そう。

『やぁやぁドーモドーモ!』

とつきなみの挨拶をはじめに午後7時きっかりに宴は始まった訳であった。この日は結構沢山注文してしまったので記憶とデジカメの画像を頼りに順を追って料理の紹介をしていこうと思う。
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まずは小皿に今夜の突き出しが運ばれ、仲間との久々の再会を祝して乾杯。先にも記したがここ『割烹居酒屋 浪花』さんでは山間の街にあるにも関わらず新鮮な魚を頂くことが出来る。地元のお酒や季節料理、郷土料理の数々も楽しめる。また地元多治見市をアピールする為、様々な創作料理を展開しているのも特徴である(多治見焼き、多治見焼きそば等)。実際お品書きを見てみたがかなり豊富な数の料理が並んでいるため注文するのもどれにしようか迷ってしまったが、結局メンバー一人一人が好きなものを注文していくことになり、ホワイトボードに書かれた“本日のおすすめ”メニューから随時選択していく事になった。
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こちらは夏の旬である『鱧(はも)の湯引き』。丹念に骨切りし湯引きした後、氷水で身を締めた鱧を梅肉をちょいとつけて頂くもの。フワフワとした淡泊な鱧の身と酸味の利いた梅肉の相性は抜群に良い。
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次にお刺身を人数に合わせて盛り合わせにして頂いた。肉厚に切られた見た目にも綺麗なお刺身は流石に新鮮とあって口当たりもトロリ・・としており実にこりゃタマランといった感じ。思わず口元が緩み笑みがこぼれてしまう旨さ。
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Y氏がメニューの名前に妙な興味を示して注文していた海老の天麩羅。多分クルマエビだろうがアラブ、中近東辺りで穫れたものという事でそれにちなんでメニューの名前が付けられていた(アラビアンナイトのなんとかかんとかという名前だったかと思ったが忘れてしまった)。抹茶塩を付けて頂く海老天はプリプリと甘く美味しかった。
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こちらは先にも少し書いた『多治見焼き』。こちらの浪花さんの創作料理である。お皿にも分かりやすいように名前が(笑)。韓国のチヂミと日本のお好み焼きのあいのこのようなこの品。ピリリ!っとした辛さがビールのおつまみとして最高!
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こちらの『多治見焼き』のスゴいのは具材の数。実に40.9種類を使っているという。観測史上最高の気温を記録した多治見の40.9度にかけたものらしい。気になる0.9ってのはキュウリの漬物が付いてくる(なるほど)。その他は鰻、長芋、海老、烏賊、じゃこ、ニラ等がはいっているとの事。ついでに気合いも入っとる感じやね(笑)。実に美味しい一品であった。
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これも美味しかったものの一つ『とうもろこしの天麩羅』。すごくシンプルな料理だがとうもろこしの甘さがとてもタマランかった。確かY氏はこのあまりの旨さにお代わりしていたと思う(笑)。
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これまたシンプルな一品。『明宝ハム焼き』。焼きといっても少し炙って焦げ目がつく程度に仕上げてあるのがよろしい。明宝(めいほう)ハムと明方(みょうがた)ハムの違いについてM氏が語ってくれたのが印象的であった。この岐阜県の二つのハムの対立についてはかつて俗に“ハム戦争”と呼ばれウィキペディアで明宝ハムを検索するとヒットするので詳しく知りたい方は検索してみるとよいでしょう。
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飲み屋の定番『手羽先』も注文。骨までしゃぶり尽くしました(笑)
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この一品も浪花さんの多治見市の名物になるようにと創作した料理のひとつ『うながっぱロール』である。とうもろこしから作ったトルティーヤという薄い生地で鰻の切り身と水菜、キュウリが巻いてある。トルティーヤの生地には薄くわさびマヨネーズが塗られていてわずかなわさびの刺激と共にさっぱりと頂けるお寿司のようなそうでないような料理となっている。
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伊蔵にとってはいつもと同じだがお酒も進む進む(苦笑)。多治見の地酒“三千盛”も旨い。高校の同期の友達ともなかなか会う機会が少ないので美味しい料理と近況の話を肴に飲んでいると気分が良くなりついつい飲み過ぎてしまう。お酒が十分に身体に染み渡ってくると自然、注文の品もおのずと
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『豆腐納豆』とか。
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『烏賊の塩辛』やら。
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『チャンジャ』・・・なぜか発酵系のおつまみばかり。メンバーの皆様すみませぬ・・・。
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最後にミスターB氏が締めで『紫蘇の葉寿司』を注文していた。ひょっとしたら『胡麻の葉寿司』だったかもしれんが・・・記憶が定かではない。これをみんなで仲良く分けて食して今夜の飲み会は終了する事になった。結局午後7時から閉店までこの日は飲んでいた。浪花さん遅くまで大変お世話になりました。そして美味しい料理ご馳走様でした。

この後、ミスターB氏(彼はお酒を飲んでいない)とM氏は一緒にクルマで帰ったのだが、同じく帰るつもりであったY氏は列車で帰れなくなってしまい結局伊蔵と同じ宿で宿泊する羽目に。部屋がたまたま空いていたので事なきを得た。メンバーのみんなお疲れ様でした。また機会を作って飲みましょう。


ぶらっと多治見・その3

暑い・・・さすがに歩き疲れた。多治見市内を歩いていた伊蔵の疲労はこの暑さのせいもありピークに達しようとしていた。気が付くと多治見市役所のすぐそばであった。たまらず自動販売機を見つけ木陰でスポーツドリンクで水分補給。このまま水分摂取せずに歩いていたら熱中症にかかり脱水症状を併発してしまうだろう。
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十分に水分補給して休憩した後に向かったのは市役所のすぐ近くにある『本町オリベストリート』。多治見市内では最もよく知られた観光スポットである。この通りには元々明治初期から昭和初期にかけて全国に商品を出荷する陶磁器商が軒を連ねていたところで今でもその名残を通り沿いの建築物に見る事が可能だ。
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古い黒壁の商家や立派な土蔵等を利用した美濃焼のショップやギャラリー、小洒落た飲食店が沢山ある。この『本町オリベストリート』の名の由来は岐阜県出身の戦国武将で茶人としても知られる『古田織部(ふるたおりべ)』である。最近では山田芳裕の漫画『へうげもの』での主人公としても知られている人物。
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◆古田織部(ふるたおりべ)
天文13年(1544年)~慶長20年(1615年)。美濃国出身、安土桃山時代の戦国武将。古田家は元々美濃国の守護大名である土岐氏に仕えていたが、織田信長の美濃進出の頃に織田家に信長の死後は豊臣秀吉に仕えるようになった。織部は千利休の弟子の一人で“利休七哲”にも数えられる。利休が大成させた茶の湯を継承し茶器製作にとどまる事無く、建築・造園デザインなど幅広い才能を持った人物であった。彼の手掛けたそれらのものはこれまでにない大胆かつ自由な気風に富んでおり“織部好み”と呼ばれる一大流行をもたらした。それは時の権力者にも好まれてそうした人々との繋がりが多かったという。

織部焼は形にとらわれない大胆なものが多く様々な形や柄模様の器があり見ていると面白い。深い緑の色が特徴的な陶磁器である。古田織部の作風と精神は現代風に“オリベイズム”とも呼ばれている。
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こちらの大きな建物は本町オリベストリートにある蕎麦屋『井ざわ』。多治見ではかなり有名な蕎麦屋さんでこの建物も築130年余り経ている家屋を改装して使っている。通りから脇道に入った小道沿いにも隠れ家的な喫茶店や居酒屋、創作和食料理の店などがこの近辺には多い。
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これは多治見本町交番。通りの雰囲気に合わせてかなり格好の良い造り。う~むしかしこれは誰が見たとしてもぱっと見は交番に見えない(笑)。
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このように『本町オリベストリート』はとにかくレトロさとモダンさが混在したお洒落な通りなのだった。ただなぜかやはり人通りは少ないのであった。やっぱり日中は暑いから人は屋内の涼しい場所に避難しているようであった。多治見本町交番のお隣にある『たじみ創造館』へ伊蔵も暑さと強い日差しを避ける為に入ってみる事にした。

『たじみ創造館』は陶器の町多治見市のPRコーナーや多治見のマスコットキャラクターうながっぱのオフィシャルグッズの販売、美濃焼などの陶磁器の販売や陶芸に関わる機材の専門店、雑貨などのショップが入っている商業テナントである。中へ入ってみると思った通り外の暑さを避けた人々が涼しい施設内に沢山いた。
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陶磁器(織部焼か?・笑)で作られたうながっぱもいた(笑)。
ショップで数々の陶磁器や雑貨を見ながら涼みつつ休憩。十分に休んだ後、今夜多治見市内に予約してある宿のチェックインの時刻が迫ってきたので『たじみ創造館』を後にする事にする。
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本町オリベストリートを一路西方面へ向かい、土岐川のほとりへ。レトロ感漂う美しい橋灯が付けられた『多治見橋』を渡り川の北側へと向かった。多治見橋の北側のたもとには一軒の鰻屋がある。『老鰻亭 魚関(ろうまんてい うおぜき)』という鰻屋で1897年創業の老舗である。その鰻屋の駐車場の一角にひとつの小さな石碑が建っているのを見つけた。
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石碑の銘は『鰻塚(うなぎづか)』とある。平成15年に魚関の三代目主人の手によって建立された事が石碑の裏側を見ると確認出来た。
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毎日沢山の鰻を〆る事によって客商売が成り立ち、また長年に渡って店が繁盛してきた事に感謝してのいわゆる“鰻の供養塚”といったところだろうか。ご店主の鰻に対する愛情と感謝がにじみ出ているとにかく珍しい石碑である。
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魚関の脇から『ながせ商店街』、『多治見駅前商店街』を歩いて抜けJR多治見駅前の今夜の宿へと無事にチェックイン。今夜の高校時代の仲間達との飲み会までには十分に時間があるのでそれまでゆっくりと休む事にする。結局昼間は飯を食べる事なく水分補給したのみでずっと歩き続けてしまった(苦笑)。

ぶらっと多治見/その2

伊蔵の多治見の街歩きはさらに続く。暑い・・・だんだん歩くのが苦痛になって来た。軽く歩いているのだが汗が玉の様に吹き出してくる。と、前方に新たな商店街が姿を現した!
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それは『多治見銀座商店街』であった。銀座とあるからには多治見では一番大きな商店街なのかもしれない(立派なアーケードもあるし・・)
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調べてみるとこの商店街の歴史は長く市内では一番古い商店街であるらしい。店の中には70年以上続いている老舗もあるという。この辺りは昔花街の中心部にあたっており、遊郭や料理店が沢山あって賑わっていたそうな。確かこの辺りに映画館もあった事を不意に思い出した。伊蔵も映画を見に来た経験がある。映画館があった場所がどこだったかはこの日ついに思い出せなかった。現在は多治見市内には映画館は一軒も無くなってしまっている。
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さて歴史ある『多治見銀座商店街』のアーケードの中に足を踏み入れてみたのだが人っ子ひとりいない。伊蔵の貸切商店街状態である。衣料品店や模型店、喫茶店などお店自体は営業しているのだがアーケードを歩く人が皆無・・・。ちょっとこれはあまりにも寂しすぎる(悲)。
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反面これは外が暑いから人が出歩かないだけなのか?とも思われた。この凶悪的な暑さに適応した多治見市民の防衛本能なのではないか説は結構当たっているのかもしれないな・・などと勝手な考えを抱きつつどこまでも寂しいアーケードを歩いていく伊蔵であった。アーケードの中程に広場の様な場所が見えてきた。その広場の片隅にまたまた気になる石碑が建っていた。どれどれ・・・伊蔵は石碑の近くに近寄って見た。
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『多治見國長公遺址』

岐阜県史跡多治見国長邸跡と岐阜県教育委員会の杭も立てられていた。ほほ~多治見の姓を名乗った人物がいたのか・・・これは知らなかった。この場所はどうやらその人物の邸宅があったとされる場所のようであった。
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多治見という姓というと横溝正史の小説『八つ墓村』の登場人物のひとりである『多治見(田冶見)要蔵(たじみようぞう)』(伊蔵的には山崎努がハマり役だと思う)が真っ先に頭の中に浮かんでしまう伊蔵であった(苦笑)。ともかくここで多治見國長について調べてみよう。

◆多治見國長(たじみくになが)
正応2年(1289年)~正中元年(1324年)美濃源氏の流れを汲む鎌倉時代末期の武将。美濃国土岐郡多治見を本拠に活動していた彼は後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕計画に参加、1324年に京都に入るがその倒幕計画は事前に漏れ、鎌倉幕府の京都における出先機関“六波羅探題”の知るところとなり國長は夜襲を掛けられてしまう。國長は六波羅勢に対して奮戦したがあえなく自害して果てた・・・。この事件は日本史でいう“正中の変”として知られている。
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『太平記』の第一巻に登場するほどの人物だと分かった。鎌倉幕府倒幕活動の先駆け的役割を歴史上で成した人物という事になる。地元にこんな大人物がいたとは・・知らなかった事が恥ずかしい。伊蔵の地元では同じ美濃源氏でいえば圧倒的に“明智光秀”の方が有名なのである。多治見市ではこの國長は人気があり『多治見まつり』では主役の扱いを受けているとの事。う~む以後しっかりと覚えておこう。しかしこの地を本拠に活躍した多治見國長。自分の邸宅の前が寂れた商店街になっているという事は夢にも思っていまい・・・。

寂しげな『多治見銀座商店街』を抜けて近くをウロウロと歩き回っていると広い通り沿いに建ち並ぶ古い建物の間にぽっかりと黒い口を開けたようなかなり小さな路地を発見した。伊蔵が今いる広い通りと一本北側の通りをこの小さな路地が結んでいるらしい。伊蔵は吸い込まれる様にその路地の中へと入って行った。
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予想していた通りその路地沿いには間口の狭い小さなバーや飲食店、怪しげな名前のスナック等が点在するいわゆる飲み屋街であった。例によって現在も営業しているのかは昼間のこの現状を見る限り予想するのはかなり難しい。
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路地の幅員は2メートルも無い。一直線に南側の通りと北側の通りとを結んでいる。廃墟街のトンネルを思わせるこの路地裏の寂れ感は路地裏マニアや廃墟マニアにはたまらない佇まいであろう。路地裏や廃墟に魅力を感じるのはどうしてなんだろう。
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路地裏・廃墟マニアには人それぞれ魅力を感じるポイントは違うであろうが大まかな部分では一緒であろう。例えばそこにはたとえ一時期でも賑わいや繁栄という時がかつてはあり、それなりの歴史を刻みながらその繁栄期に通って来たであろう人々の面影や店で生活し働いていた人達の臭いがここにはいやおうなく染み着いている。

今では完全に忘れ去られてしまっている寂れたこの場所に現代の我々が訪れる時、当時の人々や繁盛していたお店の事に思いをはせつつノスタルジックな気持ちに浸り、過去の繁栄と現在の現状とのどうしようもない“違和感”をその場所(もしくは建築物自体)に発見した時、それを心地良いと感じてしまうというのがきっと大多数の路地裏・廃墟マニアの心情なのだろうと思う。
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こういった人々の記憶から忘れられた場所というのはどんな町に旅に出ても必ずどこかに見つかるものである。そういう場所を伊蔵はこれからも見つけては歩いてみたいと思っている。<つづく>

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プロフィール

伊蔵

Author:伊蔵
伊蔵と申します。
幻の焼酎から名を頂きました。
お酒・一人旅・自転車・麺類好き・歴史・読書・雑学・ネット・路地裏散策・廃道・街道・地図マニア。血液型:B型

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